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Berry  作者: ねこじゃ・じぇねこ
オオカミと赤ずきん-トワイライト
2/196

2.ベリー売りの赤ずきん

「それでつまり、あなたは初対面の私のことを心配するあまり、脅かしてベリーロードへ戻そうとしたわけね」


 小鳥のさえずりのように美しい声が暗闇へと吸い込まれていく。

 眩しすぎる灯も、目が慣れてしまえば脅威ではなくなった。むしろ、人間の手で作られたランプという物体はとても珍しく、見ているだけで興味がそそられるものだ。

 その中で光り輝いている物体も同じ。ベリーと呼ばれるそれは、ドラゴンメイドが今も生きているという証。この大地が全ての生き物に贈る恵みの石である。

 ベリーは数多の精霊たちと同じくらい、この大地に当たり前に存在するもので、それ自体は珍しいわけじゃない。けれど、人間たちはベリーを活かして暮らしを便利にする天才揃いで、ケモノであるボクもまたお喋りカラスのアーノルドの影響で、彼らの技術にはかねがね興味があった。


 しかしこのように好奇心をくすぐってくるようなモノが近くにあったとしても、恐怖が伴えば台無しだ。ボクは心臓をバクバク言わせながら必死になって腹ばいになっていた。敵意のないことを耳と尻尾で表現し、上目遣いで様子を窺いながら答えた。


「うん、そういうこと。だからね、悪気はなかったんだ」


 謝罪の相手はボクがついさっき善意のあまり脅かしてしまったヒト族の女の子である。向けられるのは銃口。狩人の武器として大変有名なその道具については、人間文化についてさほど知っているわけでもないボクであっても理解できた。

 彼女が引き金を引けば、すぐにボクの狼生は終わりを迎える。そうでなくとも大変痛い思いをすることになると分かっていたので、グリズリーとうっかり鉢合わせてしまった時のように――いや或いはそれ以上にボクは慎重な態度を心掛けたのだった。


「あ、あのね、悪く思わないで欲しいのだけど、ここはグリズリーなんかもいて、あの、ケモノの皆はさ、人間の事を怖がっちゃうから、だから、その……えっと……」


 焦りが焦りを呼び、言葉もまとまらない。人間と言葉が通じることがボクの取り柄の一つなのにこれでは意味がなかった。うまい言い訳が見つからない以上、ボクに出来ることはただ一つ、上目遣いでまっすぐ彼女の目を見つめ感情に訴えるだけであった。


「お願いボクを信じて!」


 けれどこの女の子、どうやらボクが思っていたよりも心優しいお嬢さんというわけではないらしい。銃口はこちらに向けたまま、全く表情を変えないまま疑いの心までも包み隠さずにこちらに向けてきたのだ。


「信じてあげたいのは山々だけれど――」


 と、一瞬だけ期待させて彼女は銃をカチャリと言わせた。


「生憎、人間の言葉を操る人ならざる者を簡単に信用してはいけないよとお祖母ちゃんに言われているの。いたずら好きの精霊ならばまだしも、ケモノ――それも言葉を喋るオオカミだなんて。きっとスノーブリッジのマヒンガに違いないわ。そうでしょう? それもマヒンガの住まいを追われた荒くれマヒンガに違いない!」

「マヒンガ? 何それ?」


 知らない単語に翻弄されるボクの様子に、彼女は少しだけ眉を動かした。


「……知らないの? それとも知らないふりかしら?」

「し、知らない。知らないよ。マヒンガって何? ボクはオオカミだよ。れっきとしたオオカミ。たしかに言葉は喋れるし、スノーブリッジ出身ではあるけれど、マヒンガじゃないよ……たぶん」

「マヒンガじゃないよ、か」


 含みを持たせて繰り返し、彼女はしばし考え込んだ。ともすればボクの命もかかっているだろう大事な状況である。……にも拘わらず、ボクはそんな彼女の顔をまじまじと見つめてしまっていた。首を傾げ、頭の被り物と共に髪の毛が揺れる。その些細な動きに色気があって、ボクは見惚れてしまったのだ。


 やっぱり可愛い。頭に浮かぶのはそれだけだった。


 ヒト族の美の価値観なんてオオカミのボクには分からない。けれど、ボクの目から見て彼女は初めてみるタイプの美女だったのだ。オオカミ相手なら美狼だけれど、きっと人間だから美人というのだろう。それともヒト族だから美ヒトと言えばいいのだろうか……などと、色々考えていると、ようやく彼女は何かを納得して頷いた。


「なるほど。分かったわ。とりあえず疑うのはいったんやめましょう」

「良かった。許してくれるんだね?」


 ほっとしてそう言うと、彼女はキッとボクを睨みつけた。


「許してあげるかどうかはこれから決めます」

「えっ?」

「まずは脅かしたこと。次は私を舐めてかかったこと。善意だったというあなたの主張を信じるにしても、余計なお世話よ。私は敢えて道を外れてここを彷徨っていたのだもの。グリズリーがいることだって知っているわ。でも大丈夫。私にはベリー銃があるもの」

「ベリー銃?」

「これのことよ」


 あっけなくこちらに突き付けられて、ボクは思わず身を竦めた。


「ひえっ」

「怖いでしょう? でも本当の怖さは引き金が引かれた後。ここから飛び出すのは鉛玉じゃない。フレイムベリーの火力を受けたポイズンベリー弾が勢いよく飛び出して、ターゲットにこびりつく。うまく皮膚に当たれば、すぐに効果が発揮される。毒性の強さはポイズンベリーの種類や数によるけれど、私の銃は一般的なグリズリーを気絶させるくらいの威力が期待できるわ。そんなものがあなたに当たったりしたら――」

「や、やめてよぉ……」


 銃の説明なんて複雑すぎてよく理解できなかったものの、グリズリーが気絶するという恐ろしい力を持っていることだけが分かれば十分だった。

 それに、ポイズンベリーという存在はよく知っている。ここから遠く離れた雪山で暮していた幼い頃、大人たちがボクに教えてくれたのだ。ベリーのいくつかは食べることも出来るけれど、青系の色をした独特の刺激的な臭いのするこのベリーは決して食べてはいけないのだと。それはボクたちの言葉で〈毒蛇の血〉といって、食べればお腹を壊してしまう。それだけならばまだマシで、場合によっては命を落としてしまうのだと。


 実際に嗅がされたこともあるその匂いは、今でも記憶にこびりついて離れない。ああ、これが毒の臭気なのかと覚えたときの恐怖が、今まさに鮮明に蘇りつつあった。

 グリズリーが気絶するくらいならば、ボクはどうなってしまうのだろう。想像すると洒落にならないほど怖かった。


「よく分かった? 私は大丈夫。それにね、力あるケモノ――とくにクマの恐ろしさはよく理解しているわ。でもね、危険を冒してでもここに来たい理由があったの」

「理由って?」

「ベリーよ」


 その時、彼女の目つきが鋭いものに変わった。


「私はベリー売りなの。ドラゴンメイド公認のブロンズ級ベリー売り。旅をしながらちょっと珍しいベリーを集めて、それを各地で売る仕事をしているの。ベリー売りの赤ずきんとか呼ばれることもあるわ」

「ベリー売りの赤ずきん……」


 ボクは彼女を見上げた。おしゃれな被り物に軽く触れながら、彼女は得意げに笑っている。じゃあ、これが赤ずきんというものなのだろう。


「名前はラズよ」

「ラズ……」


 その名を口ずさみ、頭の中で何度も繰り返した。ラズという音が跳ねまわり、ボクの鼓動と連動する。その音は繰り返せば繰り返すほど心地よい響きを持っていて、ボクはすぐにその響きが大好きになっていた。


「あなたは名前ってあるの?」


 ラズに問われ、ボクは耳をピンと立てて答えた。


「ボクはブルー。オオカミのブルーだよ」

「そう、ちゃんとあるのね。ブルー。とても良い名前ね」


 良い名前。そう言って貰えて、ボクは思わず笑ってしまった。


「でしょう? アーノルドっていうワタリガラスの友達が考えてくれたんだよ。ボクの目の色が綺麗だからって」

「なるほどね。確かに印象的だもの。澄み切った青空のようね」


 ラズに褒められて、ボクは心がはち切れんばかりだった。ふわふわした感覚なのは、やっぱり嬉しいからだろうか。尻尾が勝手にぶんぶん動くものだから、お尻が痛くなる。

 と、そこでテンションが上がりかけているのに気づいて、急いで心を落ち着けた。尻尾を立てて、それを振るなんてみっともない。故郷の大人たち――とくに跡取りの兄さんと姉さんが知ったら怒るだろうに。

 それに、そもそも喜んでいい状況じゃない。この気になるヒトの女の子、ラズに許してもらえるかどうかが掛かっているのだから。


「あ、あの、それでボクはどうしたら許してもらえるの?」

「そうね」


 ラズは溜息交じりにそう言って、しゃがんでボクと目を合わせてきた。ベリー銃の銃口はこちらに向けていない。ただ呆れたような表情がそこにあるだけだった。首を傾げてその表情を窺っていると、不意に彼女は空虚な笑みを漏らして答えた。


「ベリーよ」


 短くそう言いきってから、立ち上がる。周囲の気配を窺う彼女は人間なのにケモノのように鋭い眼差しをしていた。


「この辺りのベリー畑に案内して欲しいの」

「ベリー畑?」

「ベリーがたくさん生える場所をベリー畑っていうのよ。そういう場所をあなた、知らない? 人間たちが普段はいらないような秘密のベリー畑。この辺りにはトーテムベリーと呼ばれる、とても貴重なベリーの結晶があるはずなの。さすがにそれを無断で削るわけにはいかないけれど、ひと目見てみたくて。それにね、近くにはベリー畑があって、公認ベリー売りならば採取することもできる。でも、その場所はベリーロードからだいぶ外れた場所にあるって聞いてきたの。ここで暮らしているあなたなら、心当たりがないかしら。もし知っていたら教えて欲しいの。そしたら許してあげる」

「ベリーがたくさん生えている場所……」


 すぐに思い浮かんだのは、暗闇の世界の中に存在する輝きの強い空間だった。さまざまな色が寄り添い合いながら闇を照らすその輝きは、太陽や月の輝きとは違って、ここに住むケモノたちを傷つけない。その光景があまりに幻想的で優しいから、ボクはときどきその場所を一時の眠りの場所に選んでいたのだ。

 あの輝きを産んでいるのがベリーなのだと教えてくれたのは、やはり友達のアーノルドだった。ドラゴンメイドの夢から生まれるその結晶は、夢の内容によって違う色に輝くのだと。その数は他の場所とは比べ物にならないほどだ。


 きっと、ああいう場所をベリー畑というのだろう。だが、そこであっているだろうか。ラズの言うようなトーテムベリーという大きな結晶についても思い当たるものはない。だが、暗闇にまぎれてあるのかもしれない。そんな淡い期待を胸に、ボクはラズに告げたのだった。


「探している場所かどうかは分からないけれど、ベリーがたくさん生えている場所なら知っているよ」


 様子を伺いつつそう言うと、ラズは興味を示してくれた。少しは役に立てるかもしれない。そう思うと、何だか無性に嬉しくなって、ついつい尻尾を振ってしまった。旅立つ前に厳格な兄姉がオオカミとしての誇りを忘れるなと言った日のことを思い出したが、一度振ってしまった尻尾は止まらなかった。


「ボクね、よくそういう場所でひと休みするの。トーテムベリーのことはちょっと心当たりがないけれど、暗闇を照らすベリーがたくさん生えているのは確かだよ」

「本当? 今からそこに案内してくれる?」

「もちろん!」


 堪らなくなってボクは飛び跳ねてしまった。尻尾がぶんぶん揺れていることを自覚しているが、もはやどうにもならない。だって嬉しくてたまらないのだもの。出会うことなく別れるものだと思っていた気になる女の子と、もう少し長く一緒に居られるなんて。


「ついて来て! こっち!」


 静けさを尊ぶこの暗闇の森を、ボクは大はしゃぎで駆け出した。

 何だろうこれは、訳が分からない。子どもの頃に皆で遊んだときのように楽しい気持ちが膨らんでいた。いつもならもっと慎重になれるのに、今はとにかくワクワクが止められない。ラズを案内する。ラズの役に立つ。ラズと一緒に森を歩く。そういったことが、まるで生きる悦びにでもなってしまったかのようだった。


 ベリーがボクたちを結んでくれた。

 これもドラゴンメイドの導きなのだろうか。そうだとすれば、とても嬉しい導きだ。

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