11.門番娘の許し
ブラックが叫んでいる。必死になって私を止めようとしている。
ほんの少し前まで、逆の立場だった。それなのに、私は非情なのかもしれない。だって、どんなにその声が悲痛なものだと感じても、全く気持ちは変わらなかったのだから。
マルにも、アーノルドにも、私の想いは伝わったのだろう。私の決定は誰にも妨げられない。その決まりの通り、マルは言いたいことがあっただろうに、その言葉をぐっと飲み込んで、私に背を向けたのだった。
見つめるのは夢の扉。閉め切られたままのその扉を見つめ、そっと呟いた。その言葉は地鳴りのせいで聞こえなかったが、彼女が言い終えて扉に手をかけた瞬間、ぴたりと揺れがやんだ。
重たい扉が開くと、その向こうからは眩い光が漏れ出してくる。目を奪われそうなくらいのその光に包まれながら、マルはくるりと振り返った。
「この先は、ドラゴンメイドに選ばれた人しか行けない場所。あたしもアーノルドも一緒に行くことが出来ないけれど、彼女に呼ばれた人だけは入ることが出来る。けれど、足を踏み入れたならば、戻っては来られない。ラズが入ったらすぐに、あたしはここを閉めなくてはいけないの。心の準備が整うまで待つことはできる。覚悟が出来たら、入って」
深刻な顔で告げるマルに頷くと、私はようやくブラックとブルーを振り返ることが出来た。
ブラックは相変わらず、ここに留まる事を選んだらしいナイトメアたちによって拘束されている。だが、その表情には怒りなどない。ただただ憔悴した様子で、私を見つめていた。
「行かないでくれ」
落胆する彼を、私の隣に立つハンチも見つめていた。
「頼む」
私は静かに首を振り、ブラックに声をかけた。
「兄さん。これで最後よ。クランと一緒にトワイライトに戻って、皆を守って」
返事はなかった。ただ嗚咽だけが聞こえてくる。ナイトメアたちに拘束され、肩を震わせる兄の姿を存分に見つめてから、私は次にブルーへと目を向けた。
ブルーは、動揺したまま私を見つめていた。その首には私との絆の証であった鑑札が光っている。青い目も、黒い毛並みも、これで見納めになるだろう。そう思うと途端に寂しくなったが、すぐに思い直した。
これでいい。
こうすれば、ブルーのことも守れるはずだから。
「ブルー」
私は彼に向かって告げた。
「今までありがとう。あなたと旅が出来て、楽しかったわ。これからは、私の家族のことをお願いね――」
その青い目を見開く彼の表情に耐え切れず、私はすぐに背を向けた。
扉の向こうがどうなっているのか、ここからはでは分からない。見えるのは、太陽光のような眩い光ばかりで、ドラゴンメイドらしき姿も見えなかった。
いつだっただろう。ライオネルが言っていた。ドラゴンメイドはマグマかもしれないって。
だとすれば、あの先で待っているのは死なのだろか。そうであったとしても、これまで選ばれた者達が扉の向こうへ至り、大地は救われてきたのだ。その歴史を信じるなら、これでいいはず。これで間違いはないはず。
緊張と恐怖をじわじわと実感しつつも、私は扉を守るマルとアーノルドを見つめた。
「マル……そしてアーノルド」
声をかけて、そっとマルの手を握り、そっと囁いた。
「ここまでありがとう」
歌うような声が聞こえてくる。呼ばれているような気がする。その声に導かれるように足を踏み出すと、さまざまな形のナイトメアたちがはしゃぐ子どものように扉の向こうへと飛び込み、そして消えていった。ハンチは私と歩みを合わせながら、扉に向かっていく。エニグマや、チックは扉の周囲に集まり、見送るように私たちや扉の向こうへ走るナイトメアたちを見つめていた。
精霊とはいえ、皆一緒だ。ひとりじゃないなら、寂しくもないだろう。
何が待っているかは行ってみればすぐにわかる。死だとしても、安らぎだとしても、もうここには二度と戻れないのだとしても、私を待っているのは苦しみではないはずだ。
私を選び、私を呼んでいるドラゴンメイドはどんな存在なのだろう。願いはどんな形で開花することになるのだろう。そして、私の消える大地は、平穏が戻ったあと、どんな未来が待っているのだろう。
歩みながら様々なことを考えているうちに、私は扉の境に来ていた。
踏み込む前に、再び振り返り、皆の顔を見つめた。誰もが各々の想いを込めて、見送っている。見送られている。もう会えないのだ。深まっていく寂しさから逃れるように、私は思い切って中へと飛び込んだ。
ハンチが共に続き、人肌のような温かな空気に包まれる。この先はどうなっているのだろう。その好奇心をくすぐるような呼び声が聞こえてきた。扉が閉められてしまう恐怖よりも、先へ進みたいという気持ちが勝った。ちょうどそのときの事だった。
「ラズ!」
泣き叫ぶような吠え声が聞こえ、私は思わず振り返りそうになった。
「待って! 置いて行かないで!」
ブルーの声だ。振り返ろうとしたその時、私の手をハンチが掴み、引っ張っていった。
他のナイトメアたちにも引っ張られる形で、光に包まれていく。そして辺りがほとんど見えなくなったところで、ようやく扉の閉まる音がした。
――ブルー。
何も見えない中で、私は心の中でその名を呟いた。
――ごめんね、ブルー。
ドラゴンハートを握り締めて詫びたその時、光が薄らいでいった。そして、ハンチと、大勢のナイトメアたちに囲まれながら、私は彼女を目撃した。
光の中に竜がいた。大きな瞼を開き、ベリーのような目でこちらを眺めている。
ドラゴンメイド。
想像していた何倍もの優しい眼差しと共に、彼女は歌うように鳴いた。




