7.ベリー売りとして
ドラゴンメイドの恵みであるベリーは、いつの時代だって争いの種となった。その美しさ、その味、その効能は、純粋に金になる場合もそうでない場合も等しく人々を狂わせてきたことを私は知っている。
ベリーの扱いを巡って開拓民と先住民が争った記録は山のようにあるし、開拓民同士、あるいは先住民同士であっても、ベリーを巡って醜い争いを繰り返してきた。それが現実だ。
今のようにドラゴンメイドが一つの国としてまとまった後であっても、やはりベリーは人々の欲望を刺激し、その人生を大きく狂わせたりもした。
ある学者は言った。真のナイトメア、真のコヨーテは、精霊でも人でもなくベリーなのではないかと。
ベリーにはそれだけの危険性がある。それを理解した上で、注意深く接する義務がベリー売りにはあるのだと。私の仕事はベリーを正しく理解した上で、間違いのない付き合い方を人々に広めることだった。ベリーを恐れ過ぎず、軽んじず、程よい距離感で接する人々が増えることを祈りながら、天職でもあったベリー売りを続けてきたのだ。
そんな私にとって、ベリーという存在がすべて消えてしまったという世界は――それによって今ある当たり前の全てが崩壊してしまった未来の姿は、とても受け入れられないものだ。
ましてやそれを、必死で呼び戻そうとしている兄が願っているなんて。
「もう、やめよう」
私は真っすぐブラックを見つめ、そう言った。
「完璧な世界なんて目指さなくていい。兄さんは兄さんのままでいて欲しい。それが私たち家族の願いよ。それ以上、お祖母ちゃんの血を穢すような真似をしないで。もう帰ろう。そして、母さんやお祖母ちゃんに顔を見せてあげて。姉さんだって、きっと喜ぶわ。ひとりで家の事を背負い込んで、ずっと皆の帰りを待っているのは姉さんなんだもの」
姉のことを思い出すと、少し憂鬱な気持ちになる。母の事も、祖母の事も、家の事も、すべて背負って私たちを送り出してくれた。そんな彼女もまた、たった一人の兄の帰宅を待っている。
それなのに、どうして分かってくれないのだろう。どうしたら、分かってもらえるのだろう。
「皆が兄さんに期待しているのは、大きなことを成し遂げるかどうかじゃない。ただ帰って来て欲しい。ね、兄さん。だから、せめて一度だけでも……」
と、一歩踏み出したその時、兄は容赦なく私の足元を撃った。
銃弾は当たらなかった。だが、わざと外したのだということが明確だった。次はさらに容赦なく当ててくるだろう。その敵意に怯んでしまった私に対し、ブラックはやっと答えた。
「ラズ、俺がお前に求めているのはそんな言葉じゃない」
深く息を吐き、彼は強い口調で告げる。
「俺が求めているのはただ一つ。俺の邪魔はせず、トワイライトに戻ると言え。俺一人が勇者だとお前が認めれば、あとはもう十分だ。約束してくれれば、お前も、お前の愛犬も傷つけたりしない」
「兄さん……」
身体が震えてしまった。
本当にもう、聞く耳を持ってくれないのだろうか。昔のような兄はどこにもいないのだろうか。どんな言葉も、どんな表情も、今の彼には届かないらしい。そのことがよく分かった。よく分からせる目を、彼はしていた。
ここまで来たのに。せっかく生きて会えたのに。言葉は通じるのに話が通じない。どんな説得も、彼を変えることはできないのだと思うと、これまでの自分の頑張りすら、意味のない、価値のないものに感じられてしまって、とても辛かった。
項垂れる私をブルーがそっと振り返る。視線を感じて顔を上げると、無垢なオオカミの顔と目があった。心配そうなブルーの表情を見ていると、折れそうになっていた気持ちが少しだけ救われる気がした。
そうだ。これまでの道のりは意味のないものでも、価値のないものでもない。ブルーに会って、一緒にベリーロードを歩めたのだから。
私は何を思って生きてきただろう。ブルーにどんな世界を見せたかっただろう。私とブルーが出会えた理由も、交流できた理由も、すべてベリーがあったためだ。
歴代の勇者たちはどうしてわが身を犠牲に出来たのか。そして、どうして同じ願いをドラゴンメイドに託し続けてきたのか。その理由は様々だろう。
けれど、決して彼らは願わなかったはずだ。
ベリーのない、完璧な世界などというものを。
小さく息を吐くと、私は震えを堪えてしっかりと兄の顔を見据えた。
「私は認めない」
はっきりと、そう伝えた。
「兄さんの願いを認めない。兄さんが勇者になることも認めない。ベリーのない世界なんて御免よ。だって、私は、ベリー売りだもの!」
叫ぶように言って、ベリー銃を抜いた。
フレイムベリーを食べてしまった時のように体が熱い。フォースベリーで肉体を強化している時のように心臓がばくばくと音を立てている。緊張と闘志で恐怖を誤魔化しつつ、私はその銃口を兄に向けた。
手が震え、身体がとても熱い。撃てるのか。狙いは外れないか。
「呆れたものだ」
ブラックは冷たい声でそう言った。
「それほど聞き分けが悪いとは。ラズ。認めないということがどういうことか、分かっているのか? ドラゴンメイドはお前を選ぶかもしれない。もしくは、お前が心より愛しているマヒンガを選ぶかもしれない。自分はともかく、愛する者が選ばれたとしても、お前はそれを認められるのか?」
心を揺さぶるような質問だった。しかし、私は首を振った。答えることはない。答える必要はない。ここで退けば願いは叶わないのだから。だが、兄の言う通りじゃないかという思考はそれでも割り込んできた。
もしも、私も兄も選ばれず、ブルーが選ばれたりしたら。
だが、そんな迷いを吹き飛ばしたのは、当のブルーだった。
「ボクは承知の上だよ! それでラズの願いを叶えられるのなら!」
胸が痛くなるほど迷いのないその言葉に、私はむしろ動揺を見せてしまった。
けれど、ブルーはそんな私に囁いてきた。
「ラズ。自信を持って。ボクは何処までも一緒だから」
彼の言葉に、私はまたしても背中を押してもらえた。
「私もブルーと同じよ」
ブラックに銃口を向け、今度は迷いなく言えた。
「だから、私は諦めない!」
引き金を引いたのは同時だった。




