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Berry  作者: ねこじゃ・じぇねこ
愛を求めるナイトメア-デイドリーム
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6.ボクがラズと歩む理由

 階段がとても長かった。それでも、歩き続ければ、いずれはその場所にたどり着く。

 そこには夢の扉があって、ボクたちがたどり着くのをブラックが待っているはずだ。マルは目を覚ましただろうか。ブラックは何を思いながら待っているのだろうか。

 そして、ラズはどんな気持ちでこの階段を下りているのだろう。あらゆる気持ちがボクの歩みを焦らせようとしてくる。それでも、アーノルドの忠告を思い出して、ボクはゆっくりと慎重に歩みを進めていた。


 だが、降りても、降りても、階段は続いていく。いつかはたどり着くと頭では分かっていても、あまりの長さに不安になってしまう程だった。

 延々と続く階段を降りながら、ボクは段々と怖くなってきた。まさか永遠に続くわけでもあるまい。そうは言っても、螺旋階段の先はいつまで経っても螺旋階段だし、無心でおり続けるラズにも心なしか焦りが見えてきたように思えた。


 そして似たような光景を見送っているうちに、ボクの脳裏には記憶が浮かんできた。

 優しい暗闇の中で、ボクは今目にしているような暖かい光を目撃した。その光の中には暗闇の世界には不釣り合いなヒトの女の子がいて、驚くくらい輝いていた。その時の衝撃を思い返せば、天地もひっくり返るくらいだった。


 あの時、ボクの世界はがらりと変わってしまった。オオカミとして生まれ育ち、何となく平原に憧れて群れを離れ、何となく平原を去って、何となくトワイライトの森にいついた。そして、何となくオオカミであることを受け入れて暮らしていた。

 あのままオオカミとして死んでいただろうに、ボクに用意されていた道のりはだいぶ違った。決めたのは他ならぬボクだ。多少の導きはあっただろうけれど。


 優しい暗闇の中で出会った優しい人との時間はそれだけ甘い香りがして、平凡なオオカミとしてあり続けるには堪えがたいほどの魅惑でもあったのだ。

 あれからボクは旅を続けた。ラズの飼い犬としてではあったけれど、たくさんの人間を知り、たくさんの世界を見つめ、そしてラズの隣にいられる喜びを深めていったのだ。


 けれど、この先で待っているものは、ひょっとしたら恐ろしい現実かもしれない。

 群れを離れて暮らす平凡な一匹オオカミのままであった方が、幸せだったと思うような未来がボクを待っているかもしれない。新しい幸せを知った分、新しい不幸を知ることになるかもしれない。

 それでも、ボクは導かれるままに進んでいた。進みたかった。


「ブルー」


 歩きながら、ラズがふとボクに話しかけてきた。


「怖くはない?」


 その問いに、ボクはほんの少しだけ覚悟を決めてから、答えた。


「怖くないよ。ラズと一緒なら」


 答えるボクと、ラズは振り返った。肩に乗っているアーノルドは、静かにボクたちを見つめていた。


「どうして?」


 ラズは真正面から訊ねてきた。


「どうして、ブルーはそこまでして付いて来てくれるの?」


 問いかける彼女の目を見つめ、ボクは答えを探した。足元より、エニグマたちも不思議そうに見上げてきている。視線を浴びながら、ボクは息を飲みながら、ラズに向かって答えたのだった。


「だってボク、ラズのことが好きだから」

「ええ、知っているわ」


 ラズは頷き、そっとしゃがんでボクと目を合わせてきた。


「私も、ブルーのことが好きよ」


 撫でられて、ボクの心は途端に弾んだ。こんな場所であっても、行き先には不安しかなくとも、ラズに撫でられると仰向けになってしまいそうなくらい嬉しくなる。しかし、ボクはじっとこらえ、笑顔でラズを見上げた。

 でも、ラズは笑顔じゃなかった。


「好きだから、私は躊躇ってしまうの。あなたはまだ引き返せるわ。もしもブラックを引き留めて、私が代わりに勇者になってしまったとして……」

「――ラズ」


 いやだ。


「もしも、ひとりになってしまったとしても――」

「やめて、ラズ」


 そんな話は聞きたくない。

 けれど、ラズはとても厳しかった。ボクの両頬をその手で包み、目を合わせて綺麗な声で、ボクの名前を呼んだのだ。


「ブルー」


 そして、樹木色の眼差しでボクに語り掛けてきた。


「ひとりになってしまったとしても、いい人に出会ったら、私の事は忘れてその人と一緒に生きるのよ」


 ラズはボクを抱きしめてきた。柔らかな感触と、ラズの香りに包まれながら、ボクは茫然とそれを受け入れていた。ボクの気持ちとラズの気持ち。お互いを思い合っていたとしても、ボクたちは違う心を持っている。

 出来る限りついて行きたくても、それが叶わない未来をラズは見ているのだ。


「トワイライトのベリー家でもいいし、それ以外でもいい。ブルーが一緒に居て楽しいと思える人がもしいたら、私に遠慮なんていらないからね」

「……ラズ」


 耐えきれず、ボクは彼女に答えた。


「マルは言っていたよね。ボクたちはこれからも一緒にベリーロードを歩いていくんだよ。未来がどうなるかは分からないし、ラズの覚悟もボクは知っているけれど」


 けれど、占いは占いだし、現実は現実だ。

 すべてが語られた通りになるわけではないし、誰もが願う通りになるわけでもない。

 理不尽なことが希望を引き裂くのが現実でもあるし、それでも諦めずに、自分なりに歩いていくのが生きることなのだって、いつだったかオオカミたちはそう言っていた。

 だから、ボクは諦めて、ラズに告げたのだった。


「でも、分かった。ラズが今言ったその言葉だけは、しっかり覚えておく」


 すると、ラズは少しだけ、ホッとしたように笑って、立ち上がった。

 温もりが離れて、急に心細くなった。見上げてみれば、何処か吹っ切れた表情で、ラズは階段下へと目を向ける。再び彼女が歩みだし、ボクもそれに続いていった。

 偶然だろうか。再び歩みだして間もなく、今度はあっという間に、階段は終わってしまった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] あああああ……! うっ……うっ……でも! 強くあれるのはきっと、そこにブルーくんがいるからだから! どこまでともに歩めるのか、来週も楽しみにしてます……。
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