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Berry  作者: ねこじゃ・じぇねこ
愛を求めるナイトメア-デイドリーム
174/196

3.トーテムベリーの秘密

 降りた先にまた壁画があった。

 ラズがベリーランプで照らすと、今度は複数の星のようなものが描かれていた。とてもシンプルなその絵が何を示しているのか、ボクにはよく分からなかった。

 だが、しばらく見つめてから、ラズは気づいた。


「これは、地図ね」

「その通りだ」


 アーノルドが翼を広げ、答える。


「これは相当昔に描かれた、トーテムベリーの場所を示した地図だ。大きな星が三つ。小さな星が七つある」

「今よりも少ないのね。欠けているのはフロッグプリンセスかしら」

「ああ、そうだ。これが描かれた頃の西の地はグリズリーの権力が強く、ワタリガラスとの関係もよくなかった。やがてクマ同士が対立し、シュシュと名乗る部族が独立するまでは、その地にトーテムベリーはなかったのだ」

「どうして増えたの?」


 ボクの問いにアーノルドは即答した。


「そこが人々にとって守るべき場所となったからだよ」


 そして、アーノルドはラズの肩から飛び立って壁画の前に止まった。ワタリガラスたちの為だろうか。そこには石で出来た止まり木がある。アーノルドはボクたちを見つめ、そして教えてくれた。


「逸る気持ちを落ち着かせながら聞いておくれ。今より昔、グリズリーたちの集落が今よりずっと栄えていた頃、ドラゴンメイドの目覚めは彼らの暮らすトワイライト周辺を守ってはくれなかった。何故なら、その周辺の支配者であったグリズリーたちの教えでは、ドラゴンメイドの目覚めは創造主が定めた理であり、いかに理不尽だろうと受け入れねばならぬとされていたからだ。そのため、彼らの支配地では災害によって多くの生き物が命を落とし、その屍と残された魂はドラゴンメイドの夢へと帰り、その一部がベリーとして生まれ変わったのだ」


 アーノルドの話を、エニグマやナイトメアたちも大人しく聞いていた。彼らに言葉が分かるのかどうか、それはボクにも分からないけれど、傍から見る限りでは熱心に聞いて居るように見えてしまう。

 そんな彼らの視線を受けながら、アーノルドは饒舌に語る。


「しかし、グリズリーたちの中にも、残酷な環境から脱却したいと願う者はいた。そして、グリズリーの支配に怯えていたバイソンたちと組み、ワタリガラスの一族を中心にドラゴンの目覚めを克服した者達と共に生きる道を選んだ者が現れた。それが、後にシュシュと呼ばれるクマ族たちで、タイトルページやグラスホッパーの始まりに繋がったのだ」


 そして、ワタリガラスを介してシュシュやバイソンたちの願いがドラゴンメイドに伝わったのち、ドラゴンメイドの導きは始まったのだという。


 それは珍しい時代でもあった。

 通常ならばワタリガラスの一族から選ばれる勇者が、カエル族から選ばれたのだ。

 カエル族の青年は覚悟を決めて各地を巡り、人々に目覚めによる災害の危機を伝えた。その最中、彼はトワイライトの森で美しいカエルの姫に出会ったという。

 勇者となった青年は、彼女の生きる未来のためにその身を犠牲にしてしまったが、姫は姫で勇者の消えた大地で生きるのは寂しかった。

 その苦痛は死へと繋がり、流した涙となって大地に染み込んでいった。そして、ドラゴンメイドに伝わったことで、彼女はようやく王子の魂と再会し、その心身はトーテムベリーとなり、トワイライト周辺の希望となったのだという。


 その話を聞いて、ボクはトワイライトでお話をしたラズの家族の顔を思い出した。

 あの周辺をカエルの姫は今も守っている。


「かくして、トワイライトもまたドラゴンメイドの目覚めの災害から守られる場所となった。トーテムベリーは人々の生き続けたいという希望であり、鍵でもある。各地で精霊たちに定められた生き物の代表が、それを削り、持ち続けなくてはいけない。失われた場合は、新たな代表が削って勇者に与える。それが伝統となっている」


 アーノルドの説明に、ラズはそっと訊ねる。


「削られたクリスタルフィッシュが輝きを失うのは、決められた代表ではないからってこと?」

「恐らくそういう事なのだろうね。決められた者以外が削った場合は、それは単に美しいだけの欠片となる。だが、正統な者が削り、保管してきたものは違う……という事なのだろう。ブラック君が持っているものは、ケネス博士の助手でもあるカレン君が削ったものだったね。彼女が削ったものだけが輝いていたという話はワタリガラスにも伝わっていたよ。移民の血筋で生まれながらのネコ化症候群だと聞いて居るが、その血の何処かに女神の血族のものが混じっていたのかもしれないと、影ながら噂されていたのだ」

「雪山のマヒンガたちも、精霊に選ばれていたってこと?」


 ボクはそっと首を傾げた。

 マダムバタフライは兄の立ち合いのもとで削られたと言っていなかったか。そうだとすれば、マヒンガもまたシュシュとは違って未来を求める一族だったということなのだろうか。

 疑問を抱えるボクに、アーノルドは頷いた。


「そうとも。だから、君がラズ君に懐いて歩みだしたと知った時は、さほど驚きはしなかった。君もまたお兄さんたちと同じように、勇者に未来を託してきた一族の血を引いているわけだ。ドラゴンメイドの導きで、引っ張られるように新しい道を歩むこともあるだろうとね」


 その言葉に、ボクは少しだけ安心した。

 ボクだってラズと共に未来を求めている者だ。その考えが、血の繋がった家族たちと大きく逸脱していたわけじゃないのだと思うと、なんだか少しだけ安心したのだ。

 おかしなものだ。ボクはボクがそうしたいのならそれでいいんだと常々思っていたはずなのに。きっと心の何処かで心細かったのかもしれない。


「トーテムベリーを守るべくして生まれた者たちは、大なり小なりトーテムベリーに関心を持って生きている。そして、それらを託される勇者の資格を持つ者に、言葉にならぬ親しみを抱くものとされているのだ。どうだい、ブルー君。君がラズ君と共に旅をしたいと思った動機に心当たりがあるのではないかな?」


 訊ねられて、ボクは口ごもった。

 言われてみれば、納得できるところはある。

 これが恋だろうかと思ったこともあったけれど、はっきりしないまま今まで付いて来てしまっていた。ラズと共に歩むのは大変だった。

 人間と同じように喋ることが出来ても、オオカミ族のように二足で歩けず、服を着られない、道具を使えないというだけで、ボクはラズと同じ権利を持つことが出来なかった。

 それでも、ボクはラズと歩むことをやめられなかった。辛く、悲しくなるような扱われ方をしたとしても、ラズと一緒に笑うことが出来ることが大きすぎて、人間の世界に失望することが出来なかったのだ。


 だから、ボクは歩んできた。

 その動機は、確かにドラゴンメイドの導きとしか思えなかった。


 ――でも。


 ボクはラズの顔を見上げてから、アーノルドに言った。


「きっかけはそうなのかもしれないね。でもね、アーノルド、今は違うんだ。はっきりとしているよ。ボクはね、ラズのことが大好きなんだ。ラズのことを家族だと思っている。大切な相棒だと思っている。オオカミ――ダイネの世界ではね、たったひとりの相棒と簡単に別れることはできないの。これは単なる決まりじゃなくて、ダイネがそういう生き物なんだ。だから、ボクはラズについてきた。ボク自身の決定で」


 口にしてみれば、ボクの視界は途端に開けた。

 真っ暗なデイドリームなのに、ベリーランプの灯りよりもさらに世界が輝いて見える。長年の謎や、もやもやした思いが言葉にしたことで解消されたようだった。

 ボクはラズのことが好きなのだ。家族愛、友情、恋愛。人間のみならずオオカミだって、愛を言葉や決まりで分類しようとする。けれど、ボクがラズに対して抱く愛は、それらの言葉のどれにも当てはまらない気がした。


 ラズの傍にいたい。何処に向かったとしても、真っ先に寄り添える場所にいたい。関係は何でもいい。飼い主と飼い犬として扱われたっていい。

 一緒にいられるなら、何でもいい。他者の作った決まりなんかにボクの愛が定められるものか。ボクはボクとして、ただただラズの隣にいたいだけなのだ。


「ふむ、なるほどね」


 アーノルドは頷き、止まり木から飛び立って再びラズの肩に止まった。


「ブルー君。君の気持ち、確かに聞いたよ。それならば、安心してこの先にも案内できそうだ。そろそろ次へ進もうか。君たちの知るべきことはまだまだ続く」


 ラズが静かに頷き、ボクをちらりと振り返ってから歩みだした。ボクは無言でその視線に応え、彼女について行った。


 デイドリームの空気は相変わらず生暖かい。歩めば歩むほど温もりが強くなってきているような気がする。その先で、ボクたちを待っているのは優しい眠りによる死なのだろうか。けれど、そうだとしても、迷いなく進むラズについて行くことを躊躇ったりはしない。

 彼女の兄であるブラックの代わりに眠ることになったとしても、ボクは絶対にラズの傍を離れない。強い願いと意思を固めながら、ボクはラズと一緒に階段を降りていった。

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