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Berry  作者: ねこじゃ・じぇねこ
愛を求めるナイトメア-デイドリーム
172/196

1.ナイトメアたちの隠れ家

 優しい暗闇が辺りに広がっている。どんなに目を光らせても、見えるのはごく一部。

 そんな世界の中で頼りになるのは僅かな光と、音と、匂いだけ。神々しい太陽も、美しい月も、この場所の住民たちには眩しすぎる。

 デイドリームはとても似ていた。かつてボクが気に入ったトワイライトの森の雰囲気に――ラズと初めて出会ったあの場所に、よく似ていた。


 暗闇をそっと押しのけるように、灯りがともる。ラズの持つベリーランプの光だ。すると、その光から逃げるように、さらさらと音を立てて、何者かが動き出した。

 ボクには分かる。あの場所もそうだった。エニグマ、もしくは、ナイトメアだ。ドラゴンメイドの夢の扉へ至る螺旋階段は、ナイトメアたちの隠れ家となっているようだった。


 アーノルドがそっと嘴を開いた。


「デイドリームを歩む者は、この大地の歴史と向き合うことになる。その中には辛い思い出や、悲しい出来事もあるだろう。下まで行くにつれ、向き合うのは大地ではなく自分自身となる。

 だが、慌ててはいけないよ。急ぎたい気持ちを抑え、浮かんでくる負の感情と向き合うのだ。見ないふりをしてもいいし、毅然とした態度で突っぱねてもいい。

 けれど、忘れてもならないよ。その選択はナイトメアたちにも伝わり、やがては自分自身の未来を決める。彼らは愛に飢えている。そのことを頭に入れて、歩みなさい」


 ボクは周囲を見渡した

 逃げ惑う精霊たちは襲ってきたりしない。歩もうとするボクたちをただ怖がっているだけで、襲い掛かってきたりはしなかった。

 ラズは静かに暗闇の果てを見つめると、無言で歩みだした。ボクもその歩調に合わせ、ゆっくりと慎重に階段を降り始めた。


 グローベリーに照らされた階段は、とても冷たかった。色は真っ黒で、とても見えづらい。慎重に歩まないと足を踏み外してしまいそうだ。

 時折、逃げ遅れたエニグマたちが足元をちょこまかと動き回るので、尚更危ない。何となく踏みつぶしたりしないように、ボクは彼らを避けながら歩み続けた。

 エニグマたちはそんなボクたちをじっと見つめていた。瞳の分からないその目をグローベリーのように光らせながら、不思議そうに見つめてくる。

 彼らには事態が分かっているのだろうか。その様子は不安に駆られて怯えている子どもたちのようにも見えた。


 しばらく歩むと、少しだけ開けた場所にたどり着いた。そこには横長の壁画がある。グラスホッパーの霊廟で目にしたような絵だ。

 アーノルドに促されるままにラズはそちらを照らした。描かれているのは、眠っている雌竜めりゅう――ドラゴンメイドの姿だった。


「ワタリガラスの伝承によれば、かつてドラゴンメイドは大地に一人きりだった。ひたすら眠り続け、夢を見て、その欠片を集めて、何千年、何万年もの時を経て、多くの精霊たちを作ったのだという。そして、その精霊たちの営みで、彼女の夢はベリーとなり、ベリーは大地に満たされた。そうして誕生したのが命だった。我らはドラゴンメイドの夢から生まれ、夢へと帰る」


 と、アーノルドが語り終えると同時に、デイドリーム全体が揺れ出した。

 地震だ。ここ最近、頻繁に起こっている。ドラゴンメイドが目覚める予兆だというその揺れに、ボクたちだけでなくナイトメアたちも怯えているようだった。

 揺れが収まると、アーノルドが小さく囁いた。


「大丈夫だ。彼はまだ、たどり着いていない。たどり着いたとしても、彼はまだ扉を潜れないのだ。ここへ入った勇者候補は全員が精霊たちの選定を受ける。そして、ドラゴンメイドの判断は、夢の扉の前で下されることになっている。だから、焦ることはない。ゆっくりと慎重に進みなさい」


 忠告めいたその言葉に頷いて、ラズは再び歩みだした。

 階段を共に降りた途端、視界が開けるような感覚に見舞われた。目に見えるのは暗闇と、ベリーランプに照らされた閉塞感のあるデイドリームの光景だ。

 けれど、ボクの脳裏には、幼い頃を過ごしたスノーブリッジの雪山が浮かんでいた。


 父さん、母さん、そして兄さんに姉さん。

 まだ分裂する前の群れのひとびとが、幼いボク達を囲んで談笑している。

 その中には、従兄弟たちもいた。やがて裏切るなんて思いもしなかったあの頃のこと。ダイネ同士の争いが収まった今、従兄弟たちの敗北はどのような形だったのか。

 牙をかけた兄姉は、どんな顔で彼らを見送ったのだろう。


 深く考えれば考えるほど陰鬱なものが浮かんでしまって、ボクは首をぶるぶると振った。

 浮かんでいた光景は消え、辺りには暗闇が戻ってきた。


 ラズを見上げてみれば、彼女もまた何処か憂鬱そうな表情を浮かべている。

 そうか、と、ボクはピンときた。デイドリームというこの場所がボクたちにこの光景を見せているのだ。


 静かに納得していると、不意にナイトメアたちが近づいて来ていた。まだ形の定まっていないチックたちに足元に触れられて一瞬だけ警戒してしまったけれど、そこでふとアーノルドの言っていた言葉を思い出した。

 ナイトメアたちは、愛に飢えている。


「一緒に来る?」


 ボクが訊ねると、チックたちは驚いて離れてしまった。

 その様子をラズが見つめ、そっと笑う。


「恥ずかしがり屋さんね。大丈夫よ、ブルー。きっとついて来るから」


 そう言って、彼女は先へ進んでいった。アーノルドはそんなボク達を見つめ、嘴をしっかりと閉じていた。慎重にゆっくりと歩むボク達を見守っているらしい。

 ボクもまた緊張しつつ、さらに階段を下がっていった。

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