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Berry  作者: ねこじゃ・じぇねこ
クックークロック-時計塔の町
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5.ナイトメアたちの出現

 ミッドナイトは昔から、エニグマやナイトメアの存在感が特に大きい場所として有名だった。その理由は、あの場所で暮らす人々の心の動きが混沌としているからだと言われているが、果たして本当だろうか。

 意識していないだけで、エニグマもナイトメアもあらゆる町に、当たり前にいるものだ。ブルーと出会う前も、出会ってからも、私たちの旅の端々にはいつでもどこでも彼らがいた。

 それでもミッドナイトばかりが注目されるその理由は、きっと混沌とした街の雰囲気とエニグマやナイトメアの醸し出す雰囲気が、どちらも暗雲としたものに感じられるからではないのか。


 いずれにせよ、彼らはどこにだって存在する。おとぎ話のような役割を本当に持っているかは分からないけれど、何かしらの生き物として町中にいるものだ。

 それは、このクックークロックだって同じ。同じだけれど、いちいち意識することは少ない。クックークロックに入った時に、彼らがこんなにもいたのかどうか。思い出そうとしても曖昧だった。いたのかもしれないけれど、視界には映らなかったのだ。それだけ存在感が薄かったということだろう。

 ところが、ワタリガラスの知らせを受けて、今、町へと出てみると、ナイトメアたちはかなり目立つ動きを見せていた。


 それはバーナードの絵本で観たような光景だった。

 一角では子熊の姿をしたチャットが何かを喚いていて、一角では猫の姿をしたサイトやウサギの姿をしたヒアリングが人々の動きを見つめている。

 そして、子ブタの姿をしたスメルと子ザルの姿をしたタッチが町のあちらこちらを嗅ぎまわっている。

 ナイトメアたちの行動は、そのまま人々の行動に乗り移っていた。その場にいる人たちのどれだけがナイトメアたちを意識しているかは分からない。ただ、その多くが殺伐とした様子で囁き合っていた。


 彼らが見つめているのは一方だった。南の方角。時計塔からそちらを観てみれば、信じられない数の渡りバトの群れが空を流れていくのが見えた。彼らがこの上空を飛んでいったときはきっと真っ暗になっただろう。

 と、空を眺めていると、ある建物の屋上より時計塔を見つめている二つの影があることに気づいた。

 一つは人間ではない。一角の子馬。これまで何度か見たことのあるタイプのナイトメア――ハンチだった。ミッドナイトやメインゲートで見かけたものとほぼ同じ姿をしている。

 そして、そのハンチに寄り添って立ち尽くしている人物が一人。


「兄さん!」


 思わず声をあげてしまった。

 間違いない。ブラックだ。遠目だろうと見間違うものか。グラスホッパーで向かい合ったままの彼が、あの場所にいた。ハンチと一緒にいる。たまたま一緒にいるのか、はたまた、繋がりがあるのか。それは分からないが、ふたりとも時計塔を見上げており、ついで、私たちのいる広場を見降ろしていた。

 私に気づいているだろうか。それは分からない。ただ、ふたりとも広場の事はそっちのけで時計塔ばかりを眺めていた。


 バーナードの絵本の世界なら、行き場のないハンチを連れて旅をした優しいベリー売りだと思えなくもなかっただろう。しかし、今の私には違って見えた。

 コヨーテだ。

 父を奪ったとして兄が憎んでいた存在。そのものに兄自身がなってしまったように見えたのだ。


「まさか、兄さんが噂を……?」


 見上げていると、ブルーとクランが隣にやってきた。ブラックの方は私たちに気づいていないらしい。ハンチに何か言葉を告げると、彼はそのまま姿を消してしまった。

 ひとりにされたハンチが時計塔から視線を外して羽ばたくと、広場にいたエニグマたちが次々に新しいナイトメアへと変化した。噂話を垂れ流すチャットの数は増え、町を嗅ぎまわるスメルの数も、不安や疑問を見逃さないサイトやヒアリングの数も増えていった。

 そしてタッチに背中を押されるように、人々は段々とチャットの語る噂話を口にするようになっていった。聞こえてくるのは、「ワタリガラス」や「災害」という単語だった。


「ねえ、聞いていい?」


 その時、傍にいたクランが近くにいたイヌ族の男性に話しかけた。


「皆、何の話をしているの?」


 すると、イヌ族の男性は不審そうな顔をしながらも教えてくれた。


「ここ最近、地震が多いだろう? そこへたった今起きた渡り鳩の季節外れの大移動だ。これは何か起こるに違いないって皆が不安になっているところへね、こんな情報が入ったんだ。近々、ワタリガラスたちが人工地震を起こそうとしているってね。つまりはベリーの力で災害――ドラゴンメイドの目覚めを起こそうとしているって」

「何のために?」


 驚いてクランが訊ねると、イヌ族は首を傾げた。


「さあ、知らんよ。単なる噂だからね。ただ、聞くところによると、大きな災害が起きれば保険金が出るという話だよ。この辺りはワタリガラスの一族のお偉方が権利を持つ土地や施設も多い。それらが一斉に災害で壊れれば、大金が舞い込むってわけだって」

「そんな、まさか」


 思わずそう言ってしまったが、イヌ族の男性は苦笑しただけだった。


「そりゃ、私だってまさかとは思うけどさ。しかし、大真面目でそれを主張する人が結構いるんだよ」


 そして、ふと彼はクランの姿に気づいて、声を潜めた。


「ところで、あんた。キツネ族かそうじゃないかは知らんが、気をつけた方がいいよ。最近この町ではキツネ狩りも流行っている。これも噂が原因なんだけどね。キツネがあらゆる陰謀に加担していると信じ込んだ奴らによる暴力沙汰も起きている。正義がどちらにあろうと、怪我をしちゃ元も子もないだろう? それに、万が一の恐ろしい事態だってあり得る。気を付けなよ」


 そう言い残し、イヌ族は友人らしき人物に呼ばれ、その場を離れていった。

 取り残された私たちは通りの隅で、茫然としていた。デマだ、根も葉もない噂だ。今ここでそう主張することも出来るだろう。しかし、これだけの人々を相手に、そうするだけの勇気や力があるだろうか。火のない所に煙は立たぬという言葉からもうかがえるように、どんな言葉で対抗しようと疑われた時点で争いは避けられない。

 ここで争うのが賢い手段だろうか。そうは思わなかった。

 私はブルーとクランに視線を向け、そっと告げた。


「いったん戻りましょう」


 人々がナイトメアたちに気を取られている隙に、私たちは路地裏へと戻った。

 今のところ、噂をし合っているだけだ。けれど、数分後にはどうなっているかは分からない。このままでは、混乱はワタリガラスの迷宮まで――マルたちの下まで押し寄せてくるかもしれない。

 しかし、どうやってそれを防ぐかなんてすぐには浮かばなかった。

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