6.片角のアレキサンダー
霊廟。それはすなわち、お墓である。
墓場といえば物悲しく不気味な印象ばかりを感じてしまうけれど、霊廟というものは不気味さとは無縁である。代々のホワイトバイソンたちが眠っているというその場所は、平原の果てに佇む美しい観光名所として有名だった。
沈みゆく夕日を眺めながら、バイソン族の祈祷師たちはここを守ってきたという。だが、守ってきたのは先祖の霊とこの場所だけではない。
アレキサンドラ、もしくはアレキサンダー。
ドラゴンメイドの建国以来、この霊廟を率先して護る役目を担う白いバイソン族は、その名を襲名してきた。その名前は、彼らの祖先である白いバイソン族の女性のものだったという。
恐らく本当は違う名前だったのだろう。けれど、移民たちによってアレキサンドラと呼ばれるようになり、今はその名前が用いられている。
先代と、今の代はいずれも男性なのでアレキサンダーだ。
彼が語るのはバイソン族たちがこの場所で多くの部族たちと共有したある道徳であり、今を生きる悩める現代人たちに対しても、生きるヒントとなり得るとして一定の人気がある教えである。
先代のアレキサンダーが狂信的なバイソン族に殺されてしまった理由としてあげられていたのは、この教えを広く普及するために、新聞社のインタビューに答えていたからだと言われている。
バイソン族の中にはこの教えを神聖視するあまり選民思想を抱き、バイソン族として誕生しなかった者を露骨に差別する者もいる。そういった者達の中には、過激な行動を慎めない者もいるのだという。
だからと言って、自分たちの信仰の対象であったはずのアレキサンダーを殺してしまうなんて全く理解が出来ない不可解な心理なのだが、理解しようとしまいと事件は起こってしまったし、先代は亡くなってしまった。
その時に、父親を庇ったのが息子であり、今のアレキサンダーであるという話は、前々から認識していた。
「本当は息子ではなく甥っ子なんです」
静けさに包まれる霊廟の中で、象徴的な白いバイソンの壁画を背にしながらそう語る彼こそ、アレキサンダーその人だ。周囲には同じように白い体をしたバイソン族や、黒い体のバイソン族、そしてワピチ族やムース族、ヒト族などといった霊廟のスタッフたちが静かに控えている。
何処となく野生動物たちのものとは違う人間社会特有の緊張感がある中で、アレキサンダーだけがのほほんとした様子で語ってくれた。
「その都度、ちゃんと説明しているのですが、今も案外間違われるみたいで。新聞記事で一度間違われてしまって、すぐに訂正されて、記者の方にもお詫びの言葉を頂いたのですが、やっぱり皆、お父さんだと思っているみたいですね」
「じゃあ、先代はおじさんだったの?」
ブルーが訊ねると、アレキサンダーはそっと屈んで目を合わせ、頷いた。
「はい。先代は私の母の弟です。本来は母がアレキサンドラを継ぐ予定だったそうですが、二番目の妹の出産の際に事故が起き、その名を継ぐことなく亡くなってしまいました。それにより、叔父が後を継いだというわけです」
穏やかに語る彼の眼差しは、平原で目撃したオスのバイソンのものとはだいぶ違う。あまりにも穏やかで、逆に緊張してしまう程だった。それに、真っ白な体は非常に美しい。この霊廟に暮らしていることがしっくりくるほど、神秘的な見た目をしていた。
だが、それよりももっと印象的な特徴が彼にはあった。それは、バイソン族の男女の外見として印象に残りやすい部分。太く短い角の部分だった。
何となく触れられずにいると、アレキサンダーの方からそっと自らの頭部に触れた。
左側は野生のバイソンにもあったような立派な角があるが、右側にはそれがない。根元からぱっくりと裂けてしまっていた。
「この角は、先代を亡くした際に共に失くしました。これ以降、私は片角のアレキサンダーと呼ばれることもあるそうです。そこには揶揄も込められていると聞いたこともありました。アレキサンダーのお役目は、あらゆることを求められますので」
淡々と彼は語る。その表情は全く揺らいでいないが、後ろに控える彼と同じ白いバイソン族の男女たちはその言葉に暗い表情を浮かべていた。
このお役目を巡っても、色々としんどいものがあるのかもしれない。そう思うと妙に同情してしまった。
「見た目など、どうだっていい。そう後押しをくれたのが、ワタリガラスの一族でした。大切なことはどんな心構えでこのお役目を果たし、どんな言葉をどんな思いで人々に伝えられるかなのだと。ゆえに、私は迷わずに、このお役目を引き受け、アレキサンダーとして暮らし続けています」
そう言って、彼はまつ毛の長い目で私たちを見つめ、そっと微笑んだ。
「さて、連絡は頂いておりますよ。いよいよお告げにあった時が迫ってきているのですね。ホワイトバイソンを託すようにという指示は出ています。けれど、その前に、アレキサンドラの残した言葉をお伝えしなくてはいけません」
彼の言葉を聞いて、カシスとグロゼイユが丁寧にお辞儀をした。
ツアーで子どもらしく無邪気にはしゃいでいた彼らとは大違いだ。場を弁えて、礼儀正しいしっかり者の助手に戻っている。
二人の健気な姿を見つめると、アレキサンダーはそっと頷いた。
「それでは、しばしお付き合いください。この大地の教えと、命の巡りについて」
そして、彼は語りだした。




