5.大平原わくわく探索ツアー
タオによれば、大平原には時折、恐ろしい猛獣が現れるらしい。
グリズリーもそうだが、ケモノのクーガーやジャガーといった生き物たちも侮れない。しかし、中でも怖いのがこの辺りで繁殖しているケモノのバイソンたちだった。
かつてバッファローとも呼ばれた彼らは、バイソン族によく似ているが言葉が通じない。その上、警戒心も強いため、ひとたび興奮すれば手が付けられなくなってしまうという。
そのため、野生のバイソンを見かけたとしても、絶対に近づいてはいけないと念を押された。
特に怖いのが子どものバイソンだ。
「子ども? どうして?」
ブルーが訊ねると、タオは小声で教えてくれた。
「子ども自体は怖くないんだけれどね、子どもを守ろうとするおとなたちがピリピリしているんだよ」
そう言って、タオはふとブルーの姿に注目し、割れた蹄の手で顎を抱えながら考え込んだ。
「そうだなあ。君は特にバイソンには近寄らないほうがいいかもしれないね」
「ボクが? どうして?」
「この辺りのバイソンたちはオオカミを恐れているからね。マヒンガ君であっても彼らにとっては同じだよ。まあ、一番嫌っているのは人間だろうけれどね」
苦笑しながらタオはそう言った。直後、その視界の端でカシスとグロゼイユが何かに気をとられているのに気づくと、慌ててそちらへ向かった。
踏み心地の良い草原を歩きながら、私はそっと取り残されてしまったブルーの隣へと向かった。
「雪山のディネたちはどんな獲物を狩っているの?」
訊ねてみると、ブルーは私を見上げて、尻尾を振りながら答えた。
「えっとね。鹿とか兎とか。でも、そういえば昔はバイソン狩りをしていたんだってお祖母ちゃんが言っていたな。昔は平原の方でもボクたちの先祖は自由に暮らしていて、先住民のヒト族とも友好的だった時期があるって。大きな祭りがあってね、その時は色んな部族の人たち皆でバイソンを狩りにいって、盛大なお祭りをして、皆でバイソンのお肉を楽しんだんだって。その美味しさが伝わってきて、聞くだけでいつもお腹が空いちゃったんだった」
懐かしく語るブルーは、そこでふと我に返った。
「マヒンガじゃないオオカミたちも、バイソンを狩ることがあるのかなぁ。だとしたら、鉢合わせるのはちょっと怖いかも」
「怖い? どうして?」
訊ねてみると、ブルーは平原を見渡しながら答えた。
「だって、バイソンを狩れるくらい強いオオカミだとしたら、襲われればひとたまりもないだろうからさ」
確かに、そう言われてみれば怖いかもしれない。
心細いのは身を隠すところのない平原にいるからというだけではない。実を言えば、このツアーに参加するに当たって、ベリー銃を役所に預けてきているのだ。
霊廟での事件に関して、武器になるようなものは一切持ち込んでいけない決まりになった。ベリー銃は当然当てはまるし、それ以外にも武器になるようなベリーは全て持ち込み禁止だった。
今持っているのはエナジーベリーを始めとした保存食や嗜好品のベリーと、誰も傷つけないようなアクアベリーなど、数種類のベリーだけ。
現在、武器らしい武器を所持しているのはツアーガイドのタオだけである。そのため、何かあった時はタオに頼るしかない。
それは、長らくベリー銃で自分の身を自分で守ってきた私にとって、あまりにも不安なことだった。タオを疑っているわけではないけれど、自分で身を守れないということ自体が怖かった。
と、少し不安な気持ちになっていると、前方でカシスとグロゼイユの小さな歓声があがり、びくりと震えてしまった。見れば、彼らの視線の遥か先でバイソンがいた。その近くにはオスのワピチもいて、互いに角を見せ合って今にもぶつかり合おうとしていた。
思いがけず目撃した野生の戦いに目を奪われていると、ぽんとクランに肩を叩かれてさらにびくりと震えてしまった。
「なんだい、ビビってんのか?」
「もう、脅かさないでよ」
軽く咎めつつ、私はバイソンとワピチの戦いを見つめ続けた。
本気でぶつかり合っているわけではなさそうだ。餌場を巡ってか、ただの遊びか。野生動物の気持ちはよく分からないけれど、その迫力はタオに手を繋がれているカシスとグロゼイユの心をぐっと掴んで離さないようだ。
「はあ、すげえなあ。ベリーロードばっかり歩いていちゃ、なかなか見られない光景だ」
クランの言葉に私は頷いた。
「本当にすごい迫力」
わくわくとは少し違う気がするけれど、ともかく見入ってしまうのは確かだった。
ちらりとタオが振り返ってきたのに気づいて、私たちはそっと彼らのもとへと近づいていった。
「バイソンのオスとワピチのオスによる小競り合いです。多くの場合、バイソン側が上手をとります。バイソンの頭突きは非常に驚異的で、グリズリーたちもおとなのオスは相手をしたがらないくらいだと言われています」
小さな声でタオは説明をしてくれた。
「グリズリーたちは子どものバイソンを捕食するようですが、逆にバイソンに攻撃されて命を落とす者もいるようです。野生動物たちの中には常にただならぬ緊張感が漂っていて、我々のようにはいかないようですね」
タオに手を繋がれていたカシスとグロゼイユは、いつの間にかそれぞれ自分からタオの手を握り締めていた。
しかし、バイソンやワピチの立派な姿からは目を逸らすことが出来ず、すっかり棒立ちになってしまっていた。
かく言う私やブルーもそうだった。
人間の為に整えられた人間の為の道や街を行き来していると忘れてしまいがちなことだけれど、ドラゴンメイドの大地は私たちだけのものではない。
ベリーも、草花も、木々も、飲み水も、人間の枠組みに入らない全ての生き物たちのためのものなのだ。
先住民たちはそれを尊び、精霊たちに祈りを捧げながら共存してきたのだという。その文化はすっかり滅んでしまったけれど、時折、こうして思い出す必要があるのかもしれない。
「さあ、そろそろ先へ行きましょう」
すっかり争うのをやめたバイソンたちを眺めていると、タオがそっと私たちに語り掛けてきた。
「霊廟はあと少しですよ」




