12.さらばメインゲート
恐ろしい事に巻き込まれてしまったメインゲートを去る日がやってきた。
ホエールソングも、そして双子のリス族も一緒に、無事にサンドストーム港行きの船に乗れることに感謝したい。
もしもあらゆる事象が少しでもズレていたら、こうはならなかっただろう。行動と選択の積み重なりで、私たちの幸運は出来ている。この小さな行動と選択の積み重ねの中には、私たちだけの力ではどうにもならないような事も含まれる。
まるで何か大きな力が働いて、私たちの未来を描いているかのよう。
だからこそ、古来の人々はこれをドラゴンメイドの導きと言ったのだろう。その意味を改めて深く実感しながら、私たちは安全な船の上で海風を感じていた。
メインゲートの事件は人々の関心を集め、帰る頃にはブルーもすっかり英雄となっていた。私もまた、そんなブルーと一緒に戦ったヒト族として、メインゲート新聞社のインタビューを受ける羽目になったりもした。けれど、怖くて恐ろしい出来事があった分だけ、去り際の賑わいも、穏やかな時間も、有難みだけが増したものだった。
メインゲートの観光はまだまだ足りなかったけれど、舶来品を記念に買って、実家に送ったり、報奨金を奮発してメインゲートならではの料理を食べ比べたりすることも出来たので、満足と言えば満足だ。
「ねえ、ラズ」
出航までの時間を船の中で潰しながら、ブルーがそっと私に声をかけてきた。
「色々あったし、すっごく怖い思いもしたけれど、メインゲート自体は良い所だったね。ラズが見せたいって思ったのも納得できるよ。それに、視野も広がったように思えた。海の底にも世界はあって、海の向こうにも世界があるのだもの」
彼の言葉に、私は少し嬉しくなって笑った。
「そうね、世界は広いの。私も、改めてそれを感じることが出来たわ」
見せたいと思ったのは軽い気持ちでもあった。海を見たことがないのならば、せっかくだしという気持ちだ。それが、恐ろしい事件に巻き込まれることに繋がったことは、やっぱり気にしてしまった。悪いのは盗賊であって、盗賊のせいにしてしまえばいいと分かっていても、旅人特有の自己責任論が圧し掛かってくるのだ。
どうにか切り抜けることは出来たけれど、そもそも切り抜けるような状況に陥らないことが大切だと思っていたから尚更だった。それでも、カシスとグロゼイユが言ったように、ここへ来たことがドラゴンメイドのお導きだとしたら、自分を責め続けても仕方はない。
自責や自省は大事なことだけれど、そればかりに閉じ込められてしまえば、エニグマが生まれてしまう。それは、幼い頃に祖母が教えてくれたお話だった。
エニグマはやがてナイトメアになり、コヨーテの手先として世を乱していく。そんな世間の混乱の一つになってしまわない為にも、何事もほどほどがいいというわけだ。
何よりも、ブルー自身がここを訪れたことに満足しているのならば、もう何も言うことはない。
私は安心感を覚えながら、ブルーに言った。
「いつかは海外にも行ってみたいわね。向こうはドラゴンメイドの人たち以上に喋るオオカミにビックリするかもしれないし、ベリーは力を失って、ただの綺麗な宝石になってしまうらしいけれど、向こうは向こうで何かしら面白い事や発見があるかもしれないし」
「そうだね。ドラゴンメイドにはない不思議なことをボクも見てみたいかも。でも、しばらくはラズと一緒にベリーロードを歩けたらいいや」
「あら、そうなの?」
意外に思って問いかけると、ブルーは恥ずかしそうに笑いながら尻尾を振った。
「だってボク、ラズと一緒にいられること自体が幸せなんだもの」
純粋無垢な眼差しとまともにぶつかって、私はしばらく惚けてしまった。
トワイライトで出会ってからここに来るまで、いったいどれだけの日々を一緒に過ごしてきただろう。いつの間にか、ブルーと一緒にベリーロードを歩くことは当たり前になっていたし、何かある度に彼と雑談することは、私の楽しみにもなっていた。
何処へ行ったか、何を見たか、そういうことも大事なことだけれど、私にとってもっとも大事なことは、もっともっと単純なことなのかもしれない。
そのことをブルーは教えてくれた。
「奇遇ね」
私はブルーに向かって告げた。
「私も、ブルーが一緒にいてくれること自体が幸せよ」
そして、澄んだ青い目に向かって私は笑いかけた。
「これからも一緒に歩み続けましょう。ベリーロードでも、何処ででも」
ブルーが目を細め、人間のように笑みを浮かべる。
ちょうどその時、船の汽笛が大きくなった。
出航の時間だ。多くの人々が船を見送りに来ている。手を振り合う乗客の姿が視界に入り、私もまたしばらく過ごしたメインゲートの街並みへと目を向けた。
この場所の治安が落ち着けば、もっともっと海外の品や観光客はやって来るのだろう。そうなれば、ドラゴンメイドはますます活気づいて、時代も変化していくのかもしれない。
だが、そうだとしても、ドロシーが言っていたように、古の人々が必死に伝えようとしてきたことを活かしてくれることを祈るしかない。ドラゴンメイドの目覚めが言い伝え通りの厄災を引き起こすのだとしても、せめて、被害が少ないものになるように。そう願うしかないだろう。
あらゆる事柄が落ち着いた後に、再びメインゲートの観光をしたいものだ。
遠ざかりつつある町を見つめながら、私は静かにそんな憧れを抱きながら別れを告げた。ドラゴンメイドの正門。この先の未来もきっと、この国の玄関となるだろうその場所へ。




