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Berry  作者: ねこじゃ・じぇねこ
メインゲート‐正門の町
131/196

11.ダビデの言葉

 カシスとグロゼイユは、あらゆる時間的拘束によって研究所から移動することのできないカラント博士の代わりにメインゲートにやってきた。

 その理由は、手紙に書かれていた通り、ホエールソングというトーテムベリーを正当な継承者から受け取るため。予定では私たちと落ち合う頃にはもう受け取っている可能性も高かったようだが、結局は私たちもその場に居合わせることになった。


 水面から顔を出すドロシーを見つめながら、私はこの地域の歴史を聞いた。


 ドロシーたちによれば、かつてメインゲート近海に暮らしていたダビデは、クジラの教えと共にホエールソングを大事に持っていたという。

 伝説では、ホエールソングは古来より伝わるクジラたちの歌声がつまっており、全ての生き物たちが悔いなく生き抜くための愛と知恵が宿っているのだとか。

 ダビデ亡きあと、ホエールソングは海中にいるあらゆる生き物の手に渡り、その種族はクジラに限らず、人間に分類されるラッコ族やアシカ族などが持っていたこともあったという。

 そして今は、人魚であるドロシーが持っている。


「お渡しする前に、決まり事があるの。ちょっと面倒臭いかもしれないけれど、お付き合いいただくわ」


 やや強引な彼女の言葉に、ふたごのリスが揃って頷く。

 それを見て満足すると、ドロシーはイルカらしい声で笑ってから、呪文でも唱えるように語りかけてきた。


「その昔、ダビデは言った。

『全ての命はかつて海よりやってきた。海の声に耳を傾ける限り、人々はその英知に触れることが出来るだろう』と。

 しかし、彼は続けて言った。

『人の心も時代も移ろう過程でさまざまなものを失っていく。今いる我々がどんなに願ったとしても、後世は良くも悪くも変わっていくだろう。未来は我らのものではなく、その時を生きる子々孫々のものであるからだ』。

 そして、彼は潮を吹き、ホエールソングを掲げて人々に伝えた。

『これは一つの鍵であり、希望である。恐ろしきコヨーテは、生来の役目に従って、ドラゴンメイドを怒らせて、この大地の終わりをもたらそうとするだろう。しかし、この鍵が正しき者の手に渡れば、その企てを阻むことができるはずだ。そして、それは今の事ではない』。

 言い終えるとダビデはホエールソングを海底に沈め、人々に語った。

『忘れてはいけない。他を尊び、自を省みなさい。それだけで、我々はコヨーテから身を守ることができるはずだ』と」


 唱え終えるとドロシーは、私たちに向かって静かな微笑みを向けてきたのだった。


「これは、ホエールソングを受け継ぐときに聞かされた、ダビデのお話の一部なの。そして、こうも言われた。ホエールソングをワタリガラスの使いに渡すということは、その時が来たという事」

「その時って?」


 ブルーが不安そうに訊ねると、ドロシーはやや表情を硬くして小声で告げた。


「ドラゴンメイドの目覚めが迫ってきているっていうこと。彼女が目覚めれば、大地は揺れ、この辺りでは水害が起こるでしょう。さっきの地震とはレベルが違う。けれど、その予兆をどうにか陸の人々に伝えられれば被害は抑えられる。あなた達のお陰で、メインゲートの人々も少しは人魚の話を聞いてくれる気になったみたいだから、きっと大丈夫って信じている。だから、あなた達にはホエールソングと一緒に希望を託すの。どうか、この言い伝えを……昔の人たちの想いをうまく活かしてくれることを」


 ドラゴンメイドの目覚め。


 その言葉に、私は大きな不安を感じた。ワタリガラスの一族が動いているのも、そこに何故か兄が関わっていたことも、研究者たちと協力していたことも、全てはドラゴンメイドの目覚めと呼ばれる現象を予感しての事だった。

 薄々分かっていたことだけれど、こうして明確に忠告をもらうとやっぱり怖いと思ってしまう。もうすぐ、ドラゴンメイドは目覚めるだろう。それはつまり、私たちの日常は、悪夢にのまれていくということだ。

 兄ブラックの行動もまた、それに備えたものだったならば……。


 思い出すのはミルキーウェイで楽しんだ舞台のことだった。サロッカとアビの物語は、先住民たちの神話を集めて生み出しただけのおとぎ話のはずだ。それでも、元になっている話が存在する以上、空想に過ぎないとだけ言い切ってよいものか。

 実際にドラゴンメイドにはアビのような扉の番人はいるし、サロッカのような竜の勇者と呼ばれた偉人だっている。もしも本当に誰かの眠りがドラゴンメイドを落ち着かせる手段となっているならば、ブラックは何を思って旅をしていたのだろう。

 言い知れぬ不安に苛まれる中、ドロシーはイルカらしい声を再びあげてから、私たちに告げた。


「お話は以上よ。お付き合いありがとう。どうか受け取って」


 そう言って、一度海中に潜ると、再び海面にあがり、深海のような色のベリーを飛ばしてきた。カシスとグロゼイユに向けて飛ばしたはずだが、バランスが少々崩れたのか、私のもとへと真っすぐ飛んできた。

 慌てて受け取ると、海水で濡れている以上にひんやりとしたベリーの感触が伝わってきた。見るからにぞんざいに扱えないベリーだ。それに、不思議な魅惑がある。見れば見るほど、吸い込まれていきそうだった。

 これがホエールソング。クリスタルフィッシュに少し似ている気がした。


「きっとこれも、ドラゴンメイドのお導きね」


 ドロシーはくすりと笑い、そう言った。

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