9.盗賊たちとの戦い
行く手を阻むマヒンガのお頭に、私は無言でベリー銃を向けた。
警戒したのか彼は鋭い眼差しを私に向けた。外せば最期。きっと許してはくれないだろう。しかし、覚悟を決めるしかない。そう思って引き金を引こうとした。だが、その時だった。
「ねえ、ラズ」
その視線をマヒンガから離さずに、ブルーは私に話しかけてきた。
「ここはボクに任せて。ラズは後ろの奴らを」
「え……」
見るからに相手は戦い慣れしているオオカミだ。対するブルーはといえば、勿論、私は忘れていない。ブルーはマヒンガだけれど、戦士には不向きとして子守役をと考えられていたくらい穏やかなオオカミなのだ。そんな彼が盗賊にまで身を落としている冷酷な同族に勝てるとはとても思えない。
けれど、ブルーは私に言った。
「フォースベリーがあれば、きっと」
ベリーで筋力をあげて戦うつもりだ。その本気さは伝わってきた。それでも、私は一瞬躊躇ってしまった。
フォースベリーは確かに有効だし、軍への入隊を希望する者が食べることはブルーもすでに知っている。けれど、同時に言わなかっただろうか。フォースベリーを食べたからって万能になるわけじゃない。大怪我をする場合もあるし、ベリーによる変化が負担となって健康を害すことだってある。
「でも……」
だが、ブルーは本気だった。
「いいから、早く!」
急かされるままに、私はベリー袋からフォースベリーを取り出した。
万が一に自分が頼るということは考えたことがある。これをうまく使えば、力にものを言わせようとする悪漢にも対抗できるからだ。それをまさか、ブルーに使うなんて。
しかし、一刻を争う状況だ。私は罪悪感と共に、ブルーにフォースベリーを渡した。躊躇いもなくぱくりと食べると、ブルーは大きく叫んだ。
「ラズ、後ろをお願い!」
その言葉の後、いつもならば聞かないような唸り声と共に、ブルーはマヒンガのお頭に飛び掛かった。見届けられたのはそこまでだった。手下たちはすぐそこまで迫ってきている。振り向きざまに、私はベリー銃を向け、一発を放った。
うまく不意打ちできたらしく、トカゲ族のひとりに命中した。すぐさま苦しむ彼の姿に仲間は怯んだが、戦っているお頭の怒声に奮い立たされたのか、再びこちらに迫ってきた。そんな彼らにもう一発撃ち込んでみたものの、今度は鉈で弾かれてしまった。
焦ってはいけない。そう思ったものの、その後の二発も連続で弾かれてしまうと、いよいよ気が気でなかった。後ろではブルーたちが激しく戦っている。緊張で心身がどうにかなってしまいそうだった。
だが、そんな時、震えていたグロゼイユが息を飲みながら声をあげた。
「わ、わたしに任せてください!」
震えながらそう言って、彼女は懐から何かを取り出した。ベリーだ。隠し持っていたらしいたった一つだけコマツグミのタマゴのような青緑色のベリーを取り出し、口に含んだ。
その直後、不思議なことが起こった。
グロゼイユの身体が変化したのだ。
見る見るうちに体全体の色が髪の毛よりも真っ赤な色に変化していったかと思うと、尻尾に青白い炎がともる。これまで聞いたことも見たこともないベリーの効果だった。
おとぎ話の挿絵で見るような外見と化したグロゼイユに、盗賊の手下たちは目を丸くした。だが、その隙に、グロゼイユは動き出した。軽やかな身のこなしで宙返りをすると、太い尻尾の先からウィルオウィスプで目撃されるような青白い火の粉を飛ばし始めたのだ。
ぎょっとする私を置いてきぼりに、火の粉は盗賊たちに襲い掛かる。実に不思議なことに、襲われた盗賊たちは当たっただけで激痛を訴えたのだが、壁や床に当たった火の粉はそのまま何事もなかったように消え失せてしまった。
「今です、ラズさん!」
グロゼイユの声がかかり、私は慌ててベリー銃を構えた。
盗賊たちは皆、グロゼイユの飛ばした火の粉に気をとられている。隙だらけだった。一人ひとり狙いを定め、私は引き金を引いた。火の粉の痛みに怯んでいた盗賊たちは、ポイズンベリー弾が命中すると、たちまちのうちに気を失ってしまった。
意識の狭間で苦しむよりはだいぶ良心的かもしれない。
一人ひとりを冷静に狙い撃ち、ようやく全員を仕留めると、私はすぐに振り返った。出口の前ではブルーがマヒンガのお頭とまだやり合っている。ベリー銃を構えてみたが、間違ってブルーに当たりそうで怖かった。
「ここもわたしが――」
と、グロゼイユが先程と同じ術を使おうとくるりと身を翻した。
だが、ちょうどその時、彼女の姿は元に戻り、尻もちをついてしまった。しばし、きょとんとしていた彼女だったが、ようやく自分の毛色に気づくと、嘆きだした。
「もう効果切れ……?」
どうやら、彼女に頼れるのはこれまでらしい。
ならば、私が頑張るしかない。
「グロゼイユさんは私の後ろに」
そっと声をかけ、私はベリー銃を構えた。
「ブルー、戻ってらっしゃい!」
声をかけると、ブルーはすぐさま反応した。
フォースベリーの力は強いが、効果の持続はまちまちだ。食べ続ければ肉体改造に繋がり、屈強な体を手に入れることはできるだろうけれど、ついさっき食べただけのブルーでは、短時間の効果しか持たない可能性もある。それに比べ、あのマヒンガはやはり戦い慣れしていた。
ベリー銃に頼った方がいい。でないと、ブルーの方が不利だ。
「私が相手よ!」
離れるブルーに追い打ちをかけようとしていたお頭に、私は怒鳴った。ベリー銃を向けて引き金に指をかけると、警戒したのかお頭はまっすぐ飛び込んで来た。もしも外せば、そこまでだ。あまりの緊張に手が震えてしまう。
だが、その時、私たちの動きを一瞬で止める爆音が響いた。
「海兵隊だ!」
怒鳴り声はイヌ族のもの。見れば、マヒンガの背後に、複数の人影があった。そのうちの一つがカシスであることに気づき、私はホッとした。助けが来たのだ。
「逃げ場はないぞ。覚悟しろ!」
イヌ族の海兵隊に怒鳴られたマヒンガは、しばしじっとしていた。だが、どういうわけかその表情には焦りのひとかけらもない。まだ、何か策があるのか、はたまた、開き直っているだけなのか。警戒を解けぬままベリー銃を構えていると、ふと、そんな私たちの間を横切っていく小さな影が現れた。
私たちも、海兵隊たちも、一瞬だけその姿に気を取られてしまった。だが、この場にいた誰よりもその姿に気を取られたのが、他ならぬマヒンガだった。
「お前、何処へ行く……」
マヒンガが声をかけた先でとことこと歩んでいるのは、一体のナイトメアだ。この船の奥で目にしたハンチである。子馬のような体で二足歩きをし、迷いなく進む先は海兵隊たちの元だった。
「待て、俺を見捨てるのか!」
何故だか狼狽えるマヒンガに対して、ハンチは振り返りもしなかった。そして、誰もが呆気にとられる中、ハンチは海兵隊たちの間をすり抜け、何処へともなく消えてしまった。
あれは、何だったのだろう。
疑問が駆け巡ったかと思えば、私はふとある事に気づいた。何かがおかしい。何かが変わった。さっきまであんなにも恐ろしく見えたマヒンガのお頭が、急に力の衰えた老犬にしか見えなくなっていたのだ。
一体どうして。何が起こったというのだろう。
その原理なんて分からない。だが、その変化に気づいているのは、他ならぬマヒンガの方だった。
彼はわなわなと震え、くるりとこちらを振り返ったと思えば、急に飛び掛かってきた。不意打ちだ。死なばもろともということだろうか。その素早い動きに、気をとられ、しまったと思った時には向かってきていた。
けれど、そんな時だった。今度は突然、足元がぐらりと揺れたのだ。今にも朽ち果てそうなダビデ号が軋む音がして、倒れそうになる。動揺したのは私だけではない。海兵隊も含め、ここにいた全員が突然の揺れに驚いて、さらに狼狽してしまった。
今度は地震だ。
滅多に体験しないその揺れに、マヒンガもまた動揺をみせる。バランスを崩し、飛び掛かる機会を失っていた。
私もまた戸惑いはあった。だが、何故だろう。恐ろしい状況にも関わらず、冷静さだけは最後まで手放さずに済んだのだ。私の視界に入ったのは、これとないまでの絶好の機会だった。
今だ。
揺れが収まらぬうちに、私はベリー銃を再び構えた。チャンスは一度きり。引き金を引いて、その反動に耐える。
そして、揺れが収まった頃には、勝負はついていた。




