4.食べ盛りなお年頃
カシス=カラントはリス族らしく見れば見るほど愛くるしい容姿の少年だった。背丈は低めで尻尾はキツネ族よりもふわふわしている。ナッツ類を齧るその姿はまさに、森で見かけるリスのようで、ひたすら可愛らしい。それでも、彼に起こったことやその心情を思えば、むやみやたらに可愛いなど口にすることは出来なかった。
時刻は事件から一夜明けた朝、私たちは彼と朝食を共にした。
幸い、食欲はあるらしい。ナッツ類をひとしきり嗜むと、よく焼けた骨付き肉を一つ手に取りがぶりと齧りながら、溜息ばかり吐いていた。
「グロゼイユ……どうしているかな……」
そう言いながら骨付き肉を平らげると、さっそくもう一つ手に取って齧り始めた。
「とても心配でたまらない。心配で、心配で、お腹が空いちゃう。食べていないと落ち着かないや。彼女が帰ってくる前に、ぶくぶく太っちゃいそうだ」
確かに小さなリス族の身体に見合わぬほど食べている。
奢ってあげると言った手前、食費もかさみそうだ。しかし、かけるべき言葉がすぐに見つからず、ただただ見守っていると、ブルーがそっと慰めるように声をかけた。
「海兵隊の人がきっと一生懸命探してくれているよ」
カシスは放心状態のまま頷いた。
「そうだよね。うん。分かっているんだけどね」
そう言って、泣き出しそうな表情を浮かべた。
「僕たち双子で、いつも一緒だったからさ……」
涙目になる彼を前に、胸が痛んだ。
気持ちは分かる。私だってきっとクランがそうなってしまったら心配で夜も眠れないだろう。喧嘩ばかりしていても、本気で憎みあうような仲じゃない。生まれる前からずっと隣にいた家族だからこそ、半身を裂かれたような気持ちになるだろう。
その時は、私も目の前のカシスのように自棄食いをして、のちのち胃もたれで苦しむことになるかもしれない。そうは思うのだが。
「あの……カシスさん?」
そっと声をかけた時、カシスは三、四本目の骨付き肉に手を伸ばしていた。
「ゆっくり召し上がらないと、お腹を壊しちゃいますよ?」
声をかけると、はっとしたように顔を上げた。
もじもじとしながら尻尾を揺らし、カシスは言った。
「す、すみません。ついつい美味しくって。僕たち、小さい頃にひもじい思いをしてきたから、美味しいモノに目がないんです。グロゼイユ、お腹空かせていないかな……」
手に持った骨付き肉を見つめながら、カシスは切ない表情を浮かべた。
じっと待っていろと言われても、気が気でないのは仕方のない事だ。そわそわしてしまうし、苛々もしてしまうだろう。
けれど、私に出来ることといえば、話し相手になるくらいだった。
「力になるか分かりませんが、話し相手くらいにはなれますよ」
そっと声をかけると、カシスは円らな瞳をこちらに向けて頷いた。
「ありがとうございます。思えば、落ち着いて自己紹介もしていませんでしたね。失礼をお許しください」
そう言って丁寧にお辞儀をしてから、彼は目を細めた。
「改めまして、僕の名前はカシス=カラントです。グラスホッパーの乳児院で生まれて、そのまま孤児院で育っていたのですが、幼少の頃、各地のトーテムベリーを研究しているカラント博士の養子になって、以来ずっと博士の下で助手として研究を手伝ってきました」
そう言って、カシスは自分の黒い髪に軽く触れる。顔や手足、尻尾を覆う灰色の体毛と対照的なその色は、彼の外見的特徴としてもっとも印象に残る。
「カシスという名前は乳児院の院長先生がくれたそうです。僕の髪の毛の色が真っ黒で、クロスグリみたいだからって。あ、ちなみに院長先生は若い頃にコカトリスからこちらに移住した方で、だから、僕たちの名前もコカトリス風なんですって」
はにかみながらカシスはそう言って、ため息交じりに空を見つめた。
「ちなみに、グロゼイユは赤毛なんです。だから、アカスグリみたいってことで、グロゼイユなんですって。肌の色は一緒だけれど、髪の毛だけ対称的。あ、性別もだった。実のお母さんはグロゼイユによく似ていたって、昔、院長先生が教えてくれました。赤毛のリス族で、灰色の肌をしていて……でも、お母さんは乳児院で僕たちを産んだときに亡くなってしまったらしくて」
困り顔でそう語る彼を前に、私もまた深刻な表情を浮かべることしか出来なかった。
生まれてこの方、母を知らずに育ってきた。年若い彼の姿が健気であればあるだけ、可哀想に思えてしまう。それでも、その態度をはっきりと見せるのもまた何だか躊躇われてしまって、私は静かに耳を傾け続けた。
そんな私の態度が正しいのか正しくないのか、それは分からなかったけれど、カシスは語り続けてくれた。
「すみません、ちょっと重たい話ですよね。でも、僕たち、不幸なんかじゃないんです。博士と一緒に暮らすようになって十年くらい経ったのかな。博士はリス族じゃないけれど、血が繋がっていないことを忘れちゃうほど愛をくれました。博士は僕たちのお母さんでもあって、お父さんでもあるんです。だから、博士の力になりたくてここまで二人で来たんですけれど……」
カシスはそう言ってため息を吐いた。
「ラズさんとブルーさんに助けていただいたおかげで、僕は助かりました。これもドラゴンメイドのご加護なのかなって。だとしたら、グロゼイユも助かって欲しいのですが。それにしても、世の中って不公平ですよね。もしも、僕たちがリス族じゃなくてクマ族だったら、今頃みんな一緒にスムーズにモーニングへ戻れたのかなって思うと落ち込んじゃいます」
本気でへこんでいる彼を前に、私は慌てて口を開いた。
「カシスさん、ご自分を責めちゃダメですよ。悪いのは盗賊たちです。もっとこらしめてやらないと」
「そうだよ」
ブルーもまたカシスに言った。
「悪いのは盗賊たち……それを取りまとめているのがオオカミだなんてとてもショックだけれど、ともかくカシスさんは悪くないよ」
そんな私たちを見比べると、カシスは静かに頷いた。
「そうですね……」
悲しげな笑みを浮かべ、カシスは言った。
「ここで僕が自分を責めたって、グロゼイユが戻ってくるわけじゃない。もどかしいけれど、海兵隊を信じないといけませんね」
そして、はっと表情を変えると、声を潜めたのだった。
「そうだ。大事なことを忘れていました。これを食べたら、僕と一緒に海辺に来てくれませんか?」
そう言って、再び料理を口に運んだ。
私はブルーと顔を見合わせつつ、とりあえず食事を続け、朝食を平らげた。




