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Berry  作者: ねこじゃ・じぇねこ
サンドストーム‐砂塵の町
105/196

4.あるオオカミの悲劇

 昔、誇り高きオオカミたちがヒト族と同じような姿をしていた頃、この世界は今よりずっとベリーに溢れていました。

 竜母様は毎日のように楽しい夢を見ていたので、その度に素晴らしいベリーが生産され、地上に生えてきていたのです。

 そのベリーのお陰で、オオカミを含めた人々は、それはもう幸せに暮らしていました。


 けれど、欲望というものはキリがないもので、もっともっと良い暮らしがしたいと願ったり、大きな国を築きたいと願ったりした部族同士の対立は頻繁に起こりました。

 コヨーテはそんな人々の愚かな争いを面白がっていたので、わざとハクトウワシの精霊をおだてて明るいお話ばかりを書かせ、竜母様に良い夢を見せ続けておりました。

 その結果、大地は良質なベリーで埋め尽くされ、ますます人々の欲望は掻き立てられていき、世界は混沌に包まれていきました。


 そんな世界の片隅に、富に囲まれる暮らしを望む強欲な蜘蛛男がいました。

 彼は嫉妬深く、自分以外の生き物たちが得をしていることを許すことができない者で、他者の大事にしているものを手に入れようとする悪い精霊でもありました。

 そしてある時、蜘蛛男は雪山の大妖精の寝床に目を付けたのです。この辺りの柱でもあるそれは、雪山に暮らす全ての生き物にとって大事なものでした。


 我々の知らない間に大妖精は気ままな放浪から帰ってきて、寝床の中に潜ります。そうして彼女が眠ることで、竜母様の夢と繋がり、大地に温もりが伝わってくるのです。

 もしも寝床がなくなれば、大妖精はここへ戻って来ません。そうなれば、竜母様の温もりは薄れ、雪山はますます寒さ厳しい世界となるでしょう。そうなっては困るので、我々オオカミたちは古い時代より彼女の寝床を守ってきたのです。


 そんな事情は蜘蛛男も知っていました。

 けれど、彼はとても身勝手でした。


 当時、大妖精の姿は全ての者達の目にも見えていました。

 いつの間にかいなくなり、いつの間にか帰ってきて寝床の内部で眠りにつく大妖精の姿は非常に愛らしく、いつまでも見ていられるような姿をしていました。その姿を蜘蛛男も知っていたのです。

 もしも寝床を手に入れれば、大妖精は自分のもとに眠りに来る。そうなれば、彼女を妻にできると信じた彼は、どうしても欲求を抑えられなくなったのです。


 我々オオカミたちは屈強な戦士でもあるので、蜘蛛男が力で勝つことはあり得ません。けれど、とても不味いことに、蜘蛛男は頭がよく回る賢い男でもありました。

 彼はまず我々の仲間に姿を変えると、群れの中に混じり、仲間割れを引き起こしました。そうして、屈強な戦士たちの統率がなくなったところで、まんまと大妖精の寝床に近づき、大妖精が眠りについたところを見計らって、丸ごと蜘蛛の糸で絡めて引きずっていってしまったのです。


 それから間もなく、雪山からは温もりが失われていきました。その凍てつく寒さは麓まで押し寄せたため、オオカミたちの一部はさらに南へと避難し、これまでの暮らしを捨てて他部族の一員として暮らすものも現れました。

 しかし、あるオオカミの若者はどうしても故郷のことが忘れられず、南へ逃れたついでにワタリガラスの一族に訴えました。彼らは竜母様の夢に深く通ずることが出来るため、どうすればいいのかを知っていたのです。


 夢の扉の番人は言いました。


「竜母様は言っています。『大妖精は世界の柱のひとつ。あるべき場所に戻さなければ、世界の屋根は崩れてしまうでしょう』と」


 それを聞いたオオカミの若者は、立ち上がる決心をしました。そして、蜘蛛男の隠れ家を突き止めると、大妖精の寝床を取り返すべく一人で戦い始めたのです。


 力では劣る蜘蛛男ですが、やはり賢いのですぐに隠れ家までの道のりにあらゆる罠をしかけました。そして、オオカミの若者が苦戦している間に、大妖精の寝床を糸でぐるぐる巻きにして、中で眠る大妖精が二度と外に出られないようにしてしまいました。

 おかげで蜘蛛男の隠れ家のある地域は常に温かい大地となり、過剰なまでに豊かになりました。

 その豊穣はあらゆる生き物たちの救いともなったので、中には蜘蛛男を尊び、大妖精を奪い返そうとするオオカミの若者を敵視する者たちまで現れました。


 それでも、オオカミの若者は信じました。

 大妖精は本来、雪山にいるべき存在。故郷を救うために立ち向かい続けたのです。


 閉じ込められてしまった大妖精もまた寝床の中で雪山を懐かしみ、たびたび歌を歌いました。その歌は耳ではなく心で聞くもので、とくに自分を代々守ってくれたオオカミたちの魂に伝わりました。

 彼女の歌が聞こえてくるたびに、オオカミの若者は力を発揮し、行く手を遮るものたちを倒しては、蜘蛛男のもとへと近づいていきました。


 そしてとうとう、オオカミの若者は蜘蛛男を追い詰めたのです。

 力では敵わないとなれば、勝敗も当然ながら呆気なくつきました。蜘蛛男は容赦なく噛み砕かれ、敗北したのです。けれど、いよいよこの世を去って竜母様の夢の住人へと戻るという時に、彼は言いました。


「覚悟するがいい。今の俺は未来のお前だ」


 単なる戯言だとオオカミの若者は吐き捨て、蜘蛛男の命を奪いました。

 その後、蜘蛛の糸から大妖精の寝床を救い出すと、それを引きずって雪山に戻る旅が始まりました。中に閉じ込められていた大妖精はたいへん喜び、オオカミの若者に感謝し、彼と一緒の帰路の旅を楽しみました。


 しかし、日数が経つにつれ、変化が現れました。

 だんだんと、オオカミの若者の様子がおかしくなっていったのです。


 あれほどの信念と揺るぎない正義で戦い抜いたはずの若者でしたが、大妖精と共に過ごしているうちに、邪念が彼の心を蝕み始めたのです。

 このまま大妖精と別の場所で暮らせば、彼女と夫婦になれるのは自分かもしれない。

 そんな考えを、目に見えぬコヨーテが言葉にして、彼に囁き始めたのです。そう、彼もまた気づかないうちに、大妖精の姿に心を奪われてしまっていたのです。


 そして、彼はとうとう行先を変更しました。


 大妖精は異変に気付いて寝床を捨てて出ていこうとしました。

 けれど、蜘蛛男の残した糸が絡みつき、逃れることが出来ないまま、オオカミの若者に引きずられていってしまいました。

 こうして、オオカミの若者は、蜘蛛男のいた場所とも、故郷とも遠い僻地にたどり着くと、そこに城を築いて大妖精とふたりだけの国を造りました。


 その様子をワタリガラスは見つめていました。

 ワタリガラスはすぐに相棒である夢の扉の番人のもとへ飛ぶと、その目で見た出来事を伝えました。

 扉の番人は彼の変化を悲しく思いながら、ワタリガラスの一族のなかでもとくに勇敢な若者に護符と剣を託し、願いました。


「かの柱をあるべき場所に戻してほしいのです」


 その願いを聞くと、若者はワタリガラスの勇者として集落を旅立ち、欲望に敗れたオオカミの若者の国へと向かいました。


 大妖精を抱えたその場所は、異様なまでに緑が溢れ、草花や虫たち、そして言葉を知らぬ鳥獣たちの楽園へと変わっていました。

 けれど、それはドラゴンメイドの夢から逸れること。彼女のいるべき場所はここではないというドラゴンメイドの言葉を信じ、ワタリガラスの勇者はオオカミの若者を追い詰めました。

 そして、その姿を見て、勇者は驚きました。そこにいたのはもはやオオカミではなかったのです。強すぎる大妖精の力によって彼の姿は変化し、蜘蛛男によく似た姿となっていたのです。


 身も心も変わり果てた彼の姿に大妖精は泣きくらしていました。

 こうなってはもう、元には戻らないと。


 勇者はその剣で彼の命を奪いました。そして、蜘蛛の糸で大妖精の寝床を引きずると、今度こそ雪山に戻し、そのままワタリガラスの一族のもとへと帰っていきました。

 全てが終わり、殆どのことが元に戻った後も、大妖精はかのオオカミの若者の事をたびたび思い出し、悲しみの涙を流しました。そして、自分の姿に呪いをかけ、ごく一部のひとびとにしか見えないように変えてしまったのです。


 彼女が戻ってきたことで、雪山はいまでも我々オオカミの暮らせる場所に戻りました。

 けれど、彼女の声を聞くことだけは二度と出来なくなりました。大妖精の悲しみは今もまだ続いているのです。

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