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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

元勇者パーティーの治療術師は静かに暮らしたい

作者: 鳴嶋ゆん

 魔王との決戦はマジにギリギリの勝利だった。

 それまでの戦いが余裕すぎだったのでちょっと油断していたが、魔王は半端なかった。

 四天王なんて、治療術師の俺は最初に前衛に強化魔法を使っただけで、あとはいつでも回復魔法を使えるように待機していたら、そのまま何もせずに終わったって言うのに。

 いざ魔王との決戦となって皆が魔力の回復などに努めているのに、俺1人だけ何もすることなくぼっとしてるのは、ちょっと気が引けたものだ。


 このパーティーに俺ってあまり必要ないんじゃね?

 そんな思いに駆られてしまったくらいだ。


 それが……俺ってマジに必要だった。

 俺がいなかったら、3回くらいは全滅してたに違いない。


 魔王との戦闘開始早々に前衛の戦士が魔法の一撃で吹っ飛んで、右腕が肩からもげてしまうような重傷を負ってしまう。

 よく即死しなかったものだ。さすが戦士だよ。俺ならあんなの食らったらまず即死してしまうに違いないからな。

 俺が即死したりしなくてよかったよ。そうなったら回復手段がポーションしかないパーティーは撤退するしかない。

 といっても魔王が勇者パーティーの撤退とか見逃してくれるはずもないから。

 あっと魔術師の転移魔法があるか……でもあの魔法は詠唱にやたら時間がかかるし戦闘中にはほぼ無理だろうな。


 それにしても俺のエクストラヒールってすごいよな。

 腕がもげていた戦士が全快してすぐに戦闘に復帰できるなんて。


 でも、それで安心していたら、すぐに勇者が瀕死になるわ。俺を含めた後衛が魔王の魔法で吹っ飛ばされるわ。マジ地獄絵図。

 エクストラエリアヒールとか実戦で初めて使ったよ。

 魔力がごっそり削られるのがわかる。エクストラヒールを個別にかけていったほうが魔力の効率ははるかによかったんだが、そんな悠長なことをしてたらマジに全滅だったからしかたないってものだ。


 戦闘が終わったときには俺の魔力ももうすっからかん。

 俺だけでなくパーティーの皆が魔力も体力もほとんど使い果たしていた感じだ。

 魔王がもう少し強かったら全滅だっただろうな。

 もうこんな戦闘とか二度としたくないってものだ。


 でもこれでハッピーエンド。

 いざ、王都への帰還だ……と思ったら魔術師の魔力がすっからかんで、魔力の回復薬の使用上限にもひっかかるっていう状態。

 俺の方は戦闘前に回復薬が不要だったおかげで、少し余裕があるんだけどな。

 しかたなく、魔王の玉座の前で雑談しながら、自然回復を待つこととなった。


「はやく帰って姫と会いたいぜ」


 勇者であるアントニーは第一王女との婚約している。

 アントニーばかりモテて羨ましいが、まぁしかたないか。こいつイケメンだしな。

 第一王女と結婚と言っても、王位継承する皇太子は別にいるから、アントニーが将来王位につくわけでもない。

 たぶん領地をもらって貴族として悠々自適の暮らしをするんだろう。


「俺は騎士団長か。正直務まる自信がないが……」


 戦士であるジャックリンは元々近衛騎士団所属の騎士であった。

 このパーティー結成時直前の武闘大会で優勝した実績を買われて、勇者パーティーの前衛として抜擢されたのだ。

 豪放磊落。とても気持ちのいいヤツなんだが、俺もジャックリンのことを騎士団長って柄じゃないって思う。

 だが、頭もいいやつだから役目を務めることはできるだろう。

 問題は性格の方だ。細かい調整とか嫌いそうだからな。

 1人の戦士としては最高なんだが組織のトップとか、そのうち嫌気を出してしまうかもしれない。

 いつかすべてをほっぽり出してしまわないように祈るばかりだ。


「わたしにも魔法学院の校長って話が来てたけど断ったわ。でも研究者として学院に迎え入れてくれるっていうからそちらを選んだの」


 魔術師であるミランダの判断は適切だろうと思う。

 こいつ人付き合いとかマジできないからな。

 すぐに思ったことを口に出して、自分の考えを曲げない。

 こいつが魔法学院の校長とかなったら崩壊するのがわかってる。

 誰が言い出した人事やら……こいつが自分のことを理解していてよかったよ。誰も幸せになれないからな。

 研究者は向いてるだろうな。すごく凝り性だから、将来革命的な魔法とか作り出しそうだ。

 役に立つ魔法だったらいいけど……世界を滅ぼすような究極破壊魔法とか編み出しそうな……なんかすごく怖い未来を想像してしまいそうだから、深く考えるのはやめにしよう。


「俺は……未定だ」


 一応、俺にも誘いの口はあった。

 治療術師のスキルを期待して、アライナ教の司祭として優遇してくれるそうだ。


 しかし、アライナ教の教義が気に入らない。

 どこが気に入らないって、徹底したヒト族のみを優遇し、亜人を蔑視しているところがだ。


 俺は見た目こそヒト族の優男やさおとこなんだが、実は亜人の血が多く混ざっている。

 俺の生まれた辺境の村はヒト族だけでなく、多くの種族が共に暮らしていたものだ。混血も進んで、逆に純粋な血統を伝えているやつなんていないくらいだ。

 俺の場合、先祖のいろいろな種族の長所がいい具合にミックスされた感じだ。

 体力・魔力が高く、敏捷性に優れている。おまけに各種族独自のスキルもいくつか使えるようだ。

 何故か純血のヒト族、特に貴族たちには嫌われやすく、亜人には好かれやすい。特に獣人を惹き付ける傾向が高いようだ。

 獣人の知り合い曰く、いい匂いがするんだそうだ……俺も嗅覚はいいほうなんだが、特に匂わないと思うんだけどな……

 あと性欲が強いのは長所とも短所とも言えないか。


 そんな俺がアライナ教の司祭とか務まるわけがない。

 出生を隠して、仕事についても周りが亜人蔑視の考えに凝り固まったやつらばかりだと、俺がそのうち爆発するに決まってる。

 こちらからお断りだ。待遇はとてもいいらしいがな……


 治療術と言えばアライナ教会がほぼ独占し門外不出としている現状だから、俺を放置しておきたくないんだろうな。

 勇者パーティーのメンバに簡単に手を出すわけにはいかないから、上手くアライナ教に取り込みたかったんだろう。


「まぁ、お前がアライナ教の司祭とか務まるわけがないからな」


 以前、そのことを話したことがあるアントニーがそんなことを言ってくる。

 アントニーとはずいぶん古い付き合いだよな。やたらとウマが合うから、アントニーにも獣人とかの血が混ざってるんじゃないかと俺は思っている。

 王女と結婚して貴族となるにあたっていい情報でもないから黙っておくが……

 今の国王はアライナ教をあまり重視していないようだから問題はないかもしれないが、貴族たちにはアライナ教にべったりのやつも多そうだ。

 また、皇太子が敬虔なアライナ教徒という噂もあるから、国の将来が少し不安だ。


 国法では特にヒト族優遇も亜人蔑視も定められてない。

 要は国王次第なのだ。

 今の国王になってから周辺の亜人国家とも関係は良好で国内も安定しているが、今の皇太子が即位した後どうなることやら……


「そういうこと。このパーティーを解散したら俺は自由の身ってことだ」

「それで、ジャニスはどうするつもりなの?」


 ミランダが一応話を繋いできたな。パーティーに加わった当初は俺と口を聞く気もなかった感じだったのに。

 こいつも貴族たちと同じく俺を嫌っているのかと思っていたが、どうやらただの人見知りだったようだ。

 一応、俺の行く末を心配してくれているのかな?


「魔王討伐の報酬もそこそこもらえるだろうし、どこか田舎の方に行って静かに暮らすのもいいかなと」

「うーん、少し心配だな。

 ジャニスは治療術師の腕は素晴らしいが、戦闘がからっきしだからな。

 一人旅とかは絶対にやめたほうがいいぞ」


 ジャックリンは真剣に俺のことを心配してくれてるようだ。

 こいつ下級とは言え貴族の出身なのに、本当にいいやつだよな。

 貴族がジャックリンみたいなやつばかりなら、俺も王都で暮らしていくことを厭わないのに、まぁ実態はな……


 だが、俺が戦闘がからっきしなのは紛れもない事実だ。

 腕力もあるし、体力もあるんだが、戦闘のセンスってのがないんだよな。

 魔法なしで殴り合ったら、ミランダにも負ける自信がある。

 ミランダって魔術師の癖に結構肉弾戦も好きなんだよな。俺が強化魔法かけてやると杖で殴りにいきたがるし……


 それに一人になった後、アライナ教会の干渉がやや気になる。

 まさか、直接的な攻撃はないだろうと思いたいが……


「そろそろ、魔力のほうも大丈夫みたい。

 帰りますよ」


 ミランダの魔力が回復したようだ。

 ゆっくりと詠唱を開始する。ミランダって未だに意思疎通が今ひとつだよな。

 会話の途中でいきなり行動を開始するし、周りの同意を得ようともしない。

 まぁ俺たちもミランダのこういうところには、もう慣れてきたから苦笑するしかないんだが……



 ☆☆☆☆☆



 こうして、長かった魔王討伐の旅は終了し、勇者パーティーは解散した。

 勇者パーティーとして3年、勇者アントニーとはそれ以前からだから計5年のつきあいだったな。

 そもそも、俺が勇者パーティーに参加することになったのも、アントニーと共に冒険者として活動していたからだ。

 パーティーを組んでダンジョンとかに潜っていたのに、その相方あいかたであるアントニーが勇者と指名されて本当に驚いた。

 俺以上にアントニー本人が驚いていたがな。


 これでアントニーとのコンビも終わりだと思っていたが、アントニーから勇者パーティーの治療術師として俺も招聘しょうへいされたのだ。

 なんでも、アライナ教会から推薦された治療術師は何人かいたようだが、どいつも治療魔法しか使えない。

 まぁ俺のように支援魔法や鑑定術まで使えるようなやつが珍しいのだろうが、アントニーにとっては俺が基準になってしまってるのだからしかたない。

 そのことをきっかけにアライナ教会からにらまれてしまったようだが、そんなことで俺に文句を言われても困るってものだ。

 俺としても命がけになる魔王討伐なんて行きたくなかったってのが正直なところ。でも、それまで一緒だったアントニーから頼まれては断れるものじゃないだろう。


 とりあえず、そんな魔王討伐も無事に終わった。

 予想以上の報酬ももらえたから、物価の安い田舎で贅沢しなければ、特に働かなくても暮らせる。

 王都は俺にとって暮らしやすいところじゃなさそうだし、何より物価が高い。そして歓楽街などの誘惑が多いから、意志の弱い俺が不相応な金を持って暮らしてたら数年で破産だろう。


 さて、どこで暮らすかだな。

 俺の生まれた田舎の村に行くのもいいんだが、勇者パーティーへ参加したことが知れ渡っているし、郷土の英雄とか言ってもてはやされるのは勘弁だ。

 俺が小さい頃に両親は亡くなっているし、その後面倒を見てくれた叔父が息を引き取ったのが、故郷を離れた大きな理由だ。

 知り合いはそれなりにいるが、特に恩のある人もいないしあえて戻る気もしない。


 そうなると、故郷の村とは方角的に逆の方向がいいか。

 勇者パーティーの途中で通った村々とか感じがよさそうだったな。

 魔族領に近く当時は治安がイマイチだったが魔王なき今、徐々に暮らしもよくなってくるだろう。

 あちらへ向かってどこか気に入った村でもあったら住み着くのもよさそうだ。


 そうなると気になるのが、ジャックリンに言われたことだ。

 一人旅は危険なんだよな。俺ってマジに戦闘力ないから。

 特に今はとんでもない大金を持っている。マジックボックスに入れてあるから目立ちはしないのだが……

 護衛が必要だよな。


 護衛と言えばまず思いつくのが冒険者だろう。

 十分な金額さえ提示すれば護衛依頼を受けてくれる冒険者は確実に見つかる。

 でも、俺は冒険者をそれほど信用していない。

 前に自ら冒険者をしていたから、冒険者っていうものの実情をよく知っている。

 信用できる冒険者に当たるかどうかは運だ。

 悪質な冒険者がその場で盗賊に早変わりなんていうことは実際によく起こることだから。

 王都の冒険者ギルドに馴染みでもいれば別だが、一見いちげんの俺が信用できる冒険者を見つけられる可能性はそれほど高くないと思う。

 よって冒険者という考えは捨てたほうがいい。


 他に一般人が安全に旅する手段と言ったら、大規模な商人の旅団に同行させてもらうことだ。

 とは言ってもなかなか同行の許可が得られないことが多い。なんと言ってもそうやって同行させた者が盗賊のスパイであったとなれば目も当てられないからだ。

 でも、俺なら今の状態なら王家のしかるべき人から推薦状をもらうことだってできるだろう。

 多分くれるよな……いくらなんでもアライナ教会がそこまで邪魔をしたりしないと思う。

 そう思ってちょうど良さそうな商人がいないか調べてみたんだが、これがないんだよ。

 予定がないとか、ちょうど間もなく戻ってくるところだとか……少なくともここ半年以上はそういう計画はないらしい。


 ちなみに一般の人が旅する場合は集団馬車になる。

 でもこれって特に護衛がつくわけでもなく完全に運任せなんだよな。

 王都の周りはさすがに治安がいいから、盗賊に襲われたという話はほとんどないようだが、少し王都から離れればそういう話もチラホラ。

 10往復すれば1度くらいは盗賊に出くわすとか、どれだけ危険なんだよ。

 そんな危険な街道とかよく集団馬車とか走らすよなと思うのが普通だが、そこは盗賊たちもぬかりない。

 馬や馭者にはまったく手を出さないらしい。だから盗賊に出くわせば馭者はさっさと馬車を止めて、盗賊たちのやりたいことに任せると聞く。

 もう、集団馬車の運営と盗賊たちが手を組んでると思われてもしかたないくらいだ。

 盗賊たちも無茶はしないらしいので、無抵抗で身包み剥がれるに任せれば命までは取られないようだ……男は。

 女については……まぁご想像のとおりだろう。女連れの旅とかはしないほうがいいぞ。


 当然、集団馬車での一人旅とかは検討外。

 そうなると最終手段しかないか。

 あとあと面倒だからあまり取りたい手段ではなかったが……


 その最終手段とは絶対に裏切らない護衛を手に入れること。

 すなわち奴隷だ。

 奴隷は契約魔法――さすがの俺にも使えない――により、主人に危害を加えられないし、命令には逆らえない。

 とにかく、冒険者を雇うことと比べたら信用度が段違いだ。

 だが、負担も段違いなんだよな。

 まず、初期費用が高い。金額はさすがにピンキリだが、安い奴隷を買ったとしても冒険者を雇うより安いことはありえない。

 そして、奴隷を買うということは、そのものの残りの人生を買うことに等しい。

 用が済んだからそれで終わりっていうわけにはいかない。その奴隷が死ぬまで面倒を見ていかなければならない。

 まぁ有料で新たに契約魔法を結んで奴隷解放することも可能ではあるにはあるが……



 ☆☆☆☆☆



 俺は王都で一番大きな奴隷商を訪れた。


「腕が立つ護衛を探しているんだが……」

「予算はどのくらいでしょうか?」


 俺が奴隷商人に要望を伝えると、その奴隷商人は極めてビジネスライクな口調で予算を聞いてきた。


「正直言って相場がわからないんだ」

「そうですね……護衛として今紹介できる奴隷で最も高価な者は5000万ゴルですね」


 5000万ゴル……とんでもない金額だな。

 俺の全財産じゃねえか!

 待てよ……さっきまで極めてビジネスライクだった奴隷商人が今は口元に笑いを浮かべている。

 もしや?


「もしかして、俺のことを知っている?」


 そうだとしても魔王討伐の報酬額まで知っているとはどれだけの情報通なのか。


「ばれましたか……

 勇者パーティーのジャニス様ですね。

 しかし、最高の奴隷がそのくらいの金額なのは本当ですよ」

「そうなのかよ」

「ええ。元近衛騎士団所属の貴族令嬢で戦闘の腕のほうは確かですよ。

 もちろん見た目は保証付きの絶品です」


 いろいろ裏の事情が盛りだくさんの物件みたいだな……


「そういういわく付きの奴隷は要らないから!

 もう少し普通の奴隷を頼む」

「わかりました。

 とっておきの奴隷たちをお目にかけましょう」


 俺は奴隷商人の後をついて、店の奥へと進んでいった。


「亜人とか気にしないのでしたら、これがオススメでしょう。

 少々年はとっておりますが、元剣闘士で200万ゴルになります」


 まず紹介されたのは、ごつそうな虎の獣人の男であった。


「亜人かどうかはまったく気にしない。

 って言うより、ヒト族よりむしろそっちのほうがいいかな?」

「亜人奴隷は一部を除いてヒト族よりお安くなっておりますのでオススメです」

「一部?」

「主に性奴隷ですね。エルフとか人気がありますので高くなります」


 性奴隷ね……興味がないとは言わない。

 だが、今の目的はあくまで護衛だ。


 その後も10人ほど男女取り混ぜ、亜人奴隷を中心に紹介された。

 金額も高めのものから、比較的安めのものまでいろいろだ。

 どの奴隷も気に入らないっていうわけではないんだが、今ひとつ俺の心に響くものがない。

 長い期間、もしかしたら一生ともに連れ歩くことになるのだから妥協とかしたくないのだ。

 俺が迷っていると、奴隷商人が提案してきた。


「実はもうジャニス様ならという奴隷が1人おります」

「俺なら?」

「はい。見てもらったほうが早いでしょう。

 こちらへどうぞ」


 俺は店の別のエリアへ案内された。

 途中で見かける奴隷は妙齢の女性ばかり。先程のエリアとは大違いだ。

 ここってもしかしかして、さっき言ってた性奴隷たちのエリアでは?


「こちらの女性です」


 そのエリアのもっとも奥で奴隷商人は立ち止まると、一番奥の女性を指さした。

 そこには、右足は義足をはめ、右手も失われ、右目もつぶれた、獣人の女性がたたずんでいた。

 俺たちが近づいたにもかかわらず、その女性は興味も抱かずにぼっと虚空を眺めているだけだった。


「俺は護衛を探していると言ったはずだが……」

「この女性は元冒険者の戦士でした。

 若手女性ばかりのBランクの期待のパーティーだったようですが、モンスター相手の戦闘で全滅し、この女性だけがかろうじて生き残ったようです」


 そう言われて俺は女性にあらためて鑑定スキルを使ってみた。


 18歳で名前はイリスか。

 この年齢の割には確かに剣術も格闘術もたいしたものだと言えよう。

 ステータスも見事なバランスだ。やや敏捷性の高いタイプかな?

 ジャックリンにはまだまだ及ばないが、このまま成長すれば名だたるいい戦士になったに違いないな。


「だが、この状態ではもうどうしようもないだろう?」

「ジャニス様ならなんとかなるのではありませんか?」


 そうか、だから俺ならってことか……

 だがな。


「負傷したそのときならエクストラヒールで部位欠損も治せるんだが、いったん完治してしまった傷にはもうエクストラヒールは効かないんだよ。

 治療の際にエクストラヒールを使ってもらえてたのなら全快したのに、今となっては……」


 このあたりはよく勘違いされるところだ。

 エクストラヒールはあくまで怪我を治すための魔法だ。いったん自然治癒してしまった怪我にはもうエクストラヒールは効かない。


「ジャニス様ならそのもう一段界上の魔法が使えるのではないでしょうか?」


 こいつ何者だ!

 俺がエクストラヒールを使えることは当然知られているのだが、その上の魔法を使えるってことはアントニー以外に知るものはいないはずだ。

 アントニーは口が堅いから、俺が口止めしたことを他に漏らすとか思えない。

 実はもう1人いたのだが、治療された当の本人はすでにその後に死んでしまっている。昔、アントニーとあいつと俺との3人パーティーだったやつだ。


 あらためて俺は奴隷商人に鑑定スキルを使ってみた。

 そして、すぐにその理由はわかった。

 この奴隷商人にも鑑定スキルがあるのだ。

 これさえあれば、これまでに使ったことのある魔法も一目でわかってしまうから。

 確かに奴隷商人に鑑定スキルとか最高に組み合わせのいいスキルだな。商品である奴隷のスキルがすべてわかっていれば適切な価格で商売できる。


 だが、この鑑定スキルを持っていることは秘密であろう。

 なにせ、このスキルは魔族の血を引く者のみが生まれつき稀に持つことができるスキル。

 つまり、鑑定スキルを持っているということは魔族の血を引いているってことだ。

 おいそれと他人に話せるものではないからな。


「内緒だぞ」

「お互いにですね」


 俺たちは目を合わせて苦笑した。


「リバイブの魔法のことを知っているなら、アライナ教会に行って治してもらえばよかったじゃないか」


 リバイブは過去の欠損を含めて対象のすべてをあるべき状態まで戻すことができる。

 対象が生きてさえいれば、どのような状態でも完全に戻せるのだ。

 アライナ教会にもリバイブ魔法を使えるものが3人ほどいるそうだ。

 どいつも高齢の高司祭らしいが。


「アライナ教会なんて行ったらいくら取られるとと思うのですが。商売として割が合いませんよ。

 それにアライナ教会が亜人、特に獣人とかに治療魔法をかけてくれるはずもないでしょう」


 確かにそのとおりだな。獣人など死んでしまえとか言われそうだ。


「それでいくらなら売るんだ?」

「興味がありそうですね。80万ゴルでいかがでしょうか?」


 確かに安くはある。だが俺ならイリスに価値を見いだせるんだが俺がいなければ価値なしだろ?

 そう考えると高いんじゃないのか?


「高くないか?

 他に売れるものじゃないだろ」

「そうは言いますが、なかなか顔立ちもいいし、プロポーションも悪くない若い女性ですから。

 こういう欠損のある女性がいいという客も稀にいますから……」


 そういう趣味の客もいるのか?

 うーん、どう考えても、そういう趣味の客に買われていったとして、イリスが幸せになる未来が見えないな……


「それならこういうのはいかがでしょう?

 他に3名ほどいる欠損奴隷も治療してくれるのなら、この奴隷は無料で差し上げます」


 俺が迷っているとみた奴隷商人がこんな提案をしてきた。


「それって、お前がすごくボロ儲けするんじゃないのか?

 アライナ教会の治療代がいくらかは知らないけど」

「お互いに得を知ろって言うのが、商売の鉄則です。

 ジャニス様も無料で奴隷が入手できてお得なのでは?」


 確かに俺も魔力を減らすだけで、無料で希望通りのイリスが入手できて得なのか。

 この奴隷商人の言うとおり、イリスの見た目は悪くない……いや、正直に言おう。

 どストライクだ。

 だんだん、イリスが欲しくてたまらなくなってきた。

 この奴隷商人、商売が上手いな。


「条件がある。

 俺が治療を行ったことをお前はもとより、対象の奴隷たちにも他言無用にしてもらう。

 奴隷たちについては契約魔法で可能だよな」

「当然の条件でございます。そのようにしかとさせていただきましょう。

 それではさっそく」


 こちらの会話はまったくイリスには聞こえていなかったようだ。

 きょとんとした顔のイリスを奴隷商人は連れ出して、別の個室へ連れていった。


「この部屋でしばらくお待ち下さい。他の対象奴隷3名を連れてまいります」


 そう言い残すと奴隷商人は俺とイリスを部屋に残していった。

 しばらく待てと言っていたから、それなりに時間がかかるのだろう。

 部屋に2人で残されて少し気不味い。

 イリスが不審そうないこちらを見てるし、無言でいるのに耐えられない。


「君を引き取る事になった」

「ボクを?」


 ボクっ娘か……

 悪くないな。

 イリスが驚いた顔でこちらを見つめる。そして俺を上から下までじっと舐めるように見る。


「ボクなんかを引き取っていったいどうしようと……」

「いやそういう目的で引き取るわけではないから……」


 性奴隷のエリアに置かれていたし、きっとそう思われてるんだろうな。


「しないのね……なんかいい匂いがしてたから、あなたなら悪くないかなって思ったけど」

「いや、しないって決めたわけでもないんだが……」


 どちらかと言ったら、したいに決まってる!

 でもそういう目的で引き取ったんじゃないってことをしっかりと言っておきたいんだが……


「お待たせしました」


 2人の会話がまったく噛み合わないうちに、想定外に早く奴隷商人が戻ってきた。

 後ろに3人の奴隷を連れてきている。

 両目の潰れた女、右腕のない男、顔がやけどでただれてしまった女の3人だ。


「さっそくお願いしてよろしいですか?

 その後すぐに契約魔法の更新を行いますから」

「あぁわかった」


 俺は両目の潰れた女の前に立って、ゆっくりとリバイブの魔法を詠唱した。

 リバイブは詠唱時間がとても長いので戦闘中には向かないのが欠点だ。

 リバイブの魔法がかかると、俺の手から光が女に向かい、女の全身が光り輝く。

 相変わらず、リバイブの魔法のエフェクトは派手だよな。

 これを神の奇跡とアライナ教会が宣伝するのはよくわかる気がする。

 でも、神様は多分関係ないと思うよ。


「目が!

 目が見えるの!

 なんて眩しいの」


 女の歓喜の声が響く。

 まぁこれだけ喜んでもらえると、俺としてもとても嬉しい。

 たいした魔力が必要なわけでもないし、本当はもっと気軽にリバイブも使いたいのだが、これ以上アライナ教会と対立するのはちょっと遠慮したいからな。


 女の目が見えるようになったことを知って、イリスを含めた他の3人が驚いた顔をしている。

 そして、すぐに気づく。

 自分も治してもらえるのか、そのためにこの部屋に集められたのかと。

 全員が期待に満ちた顔をしている。そして、その視線は俺に向けてられている

 こうした視線は心地いいよな。


 続いて、右腕のない男、顔がやけどでただれてしまった女にもリバイブを唱える。

 2人ともそれぞれ感激していたのは言うまでもない。


「それでは、こちらの3人の契約の更新を行います。

 君たちにも言っておきますが、契約の更新の内容は今の治療行為があったことを秘密にすることです」

「「「はい、わかりました」」」


 たぶん、契約をしなくても3人は秘密をばらしたりはしないだろうけど、あくまで俺の安心のために契約としておいてくれ。

 契約魔法の更新もすぐに終わって、3人は元いた部屋へ戻されることになった。


「あっそうだ。

 今の治療で女性は処女膜とか再生されちゃうらしいよ。男性も割礼とかしてたら元にもどっちゃうらしい」


 それまで俺に感謝の視線を投げかけていた皆の視線が少し冷たくなった気がした。

 余分な情報だったか?


「さて、イリスも治療を行おうか」

「ボクはあなたに引き取られることになって、欠損の治療もしてもらえるってことで間違いないですか?」

「あぁ間違ってないよ」

「でしたら、今は契約だけにして、2人っきりになってから治療を行うっていうわけにはいきませんか?」


 何故か恥ずかしそうな表情になってイリスが尋ねてきた。


「そりゃ問題ないけど、早く治ったほうがよくないか?」

「それはそうなんですが……」


 何か理由があるのかな?

 俺としては別にどちらでも構わないのだけどな。

 とか言ってるうちに奴隷商人が部屋に戻ってきた。


「奴隷契約の変更だけ今しておいて、治療は後からってことにしたから」

「わかりました。それではこれから契約の変更だけ行わせていただきます」


 こうして、イリスは俺の奴隷となった。



 ☆☆☆☆☆



 イリスを連れて泊まっていた宿屋の部屋へ。


「もう、そのローブを脱いでも大丈夫だぞ」


 俺は結界の魔法を部屋にかけた後に、イリスにそう告げた。

 結界の魔法は、中の音や光を外へ漏れなくするとともに、結界に近づく者がいると俺に感知されるのだ。

 これをかけておけば寝るときも安心ってやつで、野営のときとか見張りを置かなくてもいいからラクチンである。

 イリスにも結界魔法のことを教えておいた。この部屋で何を話しても誰にも聞かれることはないと。


 イリスは頭からかぶった汚いローブを脱いだ。

 宿屋に入るときに欠損のあった女性が、出るときに五体満足ってのを人に知られるのも困ったものだと、奴隷商からもらってきたのだ。

 イリスはローブに続いて、着ていた服に手をかけて脱ぎ始めた。


「おいおい、服は脱がなくてもいいよ」


 俺が声をかけてもイリスは服を脱ぐのを止めない。そのまま下着にも手をかけて一気にすべて脱ぎはなった。


「ご主人様の目を汚すことになるでしょうけど。

 汚らしいボクの体を見てください。こんなボロボロのボクを引き取ってくださってありがとうございます」

「ま、待て。落ち着くんだ!」


 いや、イリスは十分に落ち着いているように見える。

 落ち着かなくてはならないのは俺の方だ。


 見てくださいと言われて目を背けるほど俺は聖人君子でもない。

 思わずじっと見てしまう。

 汚いとかとんでもない。

 服を脱いだ素肌にも無数の大きな傷はあるが、それでも美しい。

 本当に美しいものは、たとえどれだけの傷を負おうと美しさはあまり損なわれないものなのか。


「ボクは再生しなくても処女なんです。今のうちに調べてみてください」


 あれか!

 俺が奴隷商で余分なことを言ったせいか。

 それにしても処女かどうか調べろってどうしろって言うんだ?

 あそこを広げて見ればわかるものなのか?

 っていうか、いきなりそんなプレイとかできないだろ……そりゃ、ちょっとはしてみたいって気もしないでもないけど……いやいや、後々のこともあるし最初からそういうプレイはよろしくない。


「そんなこと調べてみなくても大丈夫だから。処女とかそうじゃないとか、俺は別に気にしないし……」


 本当は少し気になる……でも、そんなことは決して口にはしないものだ。


「ボクの名誉に関わることなんですから、ちゃんと調べてください」


 イリスは必死になって言ってるけど、よく見ると顔が少し赤くになってる。

 そりゃ裸になってそういうことを言うのが恥ずかしくないはずもないか……


「わかった……確かに名誉に関わることだよな。

 でも、調べ方とかわからないし……」

「このまま、一度すればわかるかと……」


 もう、イリス完全に真っ赤になってる。

 確かに今のままでもイリスは美しいし、俺としてもすることはやぶさかではないのだが、わざわざ二度処女を失うって意味ないだろ。

 俺としても痛々しい様子を見て喜ぶ趣味は持ち合わせていない。


「そんないきなり……処女って痛いんだろ。再生しちゃうから何度もそんなの経験しなくても」

「だって……」

「そうだ。主人からの命令なら奴隷は嘘をつけないはずだよな。

 それでわかるはずだ。

 命令だ。イリスは処女かどうか答えてくれ」

「処女です」

「よし、これで証明された。これでいいよな」

「はい……無理を言ってすみませんでした」


 どうやら、イリスも納得してくれたようだ。

 俺もほっとしたぜ。


「それと、ご主人様と言うのはよしてほしいな。

 『ジャニス』って呼んでくれ」

「……ジャニス様」


 イリスは少しためらった後に呼び直したけど、まだ「様」がついたままだ。


「『ジャニス様』じゃなく『ジャニス』って呼び捨てにしてほしいんだが……」

「それだけはお許しください、ジャニス様」


 とても悲しそうな表情で訴えかけてくる。命令なら呼び方を変えてるのだろうけど、そうすれば俺を呼ぶたびに毎回イリスが苦痛を感じるようになってしまう。


「しかたないな。

 それじゃ、さっそく治療しようか。

 義足は外しておいたほうが安全だろう」


 イリスは慣れた手つきで義足を外す。片足となった姿が痛ましくはある。


「いくぞ」


 俺はゆっくりとリバイブの魔法を詠唱した。

 おごそかな光がイリス女に向かい、イリスの全身が光り輝く。

 光りに包まれたイリスの体が再生していく。

 光が収まった後には、生まれ変わったようなイリスの姿。

 薄汚れていたような肌は、金色の体毛が輝いているようだ。

 背中を覆っている金色の体毛も正面にはまったくなく、うっすらとした産毛がやかり金色に輝いて見える。

 ヒト族と違って股間とかには体毛は生えていないので妙に艶めかしい。


 あれ? イリスのもとをイヌ族の獣人だと思ってたけど、なんか少し違うかもしれないな……


「両目がはっきりと見えます……

 腕も……なくなっていた腕が思うように動く……

 そして義足なしでも立てる……すぐにでも駆け出したい……」


 イリスは目に涙を浮かばせて感動に浸っているようだ。


「ジャニス様……

 ありがとうございます……

 ボクは……ボクは……」


 もう涙でぐしゃぐしゃになって後の言葉が続かないようだ。

 そして、俺の胸に飛び込んでくる。

 おいおい、裸で胸元に飛び込んでこられて、その柔らかな感触を味わってしまうと……

 俺はイリスをギュッと抱きしめる。

 聖人君子とは程遠い俺はの理性はもう持たない。


 そのまま、イリスをベッドに押し倒した。



 ☆☆☆☆☆



「すまん。

 最初だから優しくしてあげなくちゃいけないのに、乱暴にしてしまった」

「いえ、嬉しかったです」


 ベッドに横たわり俺の胸元にイリスは顔を埋めたまま応えてくれた。

 本当に情けないところだ。まるで成長期のガキのように理性をなくしてイリナをむさぼるように抱いてしまった。

 本当なら大人の貫禄を見せなければならないのに……


「ありがとう。そう言ってくれると救われる。

 それで、もし疲れていないのならいろいろ話をしておきたいんだが……」

「いろいろあってすぐには眠れそうにありませんから」

「なら、そのままでいいから聞いてくれ。

 本当は最初に話しておきたかったことだ」

「はい」


 俺は本来の予定していた話をゆっくりと始めた。


「こういうことになってしまってから言うのもなんなんだが、イリスを性奴隷として引き取ったわけじゃないんだ」

「え?

 もうこれっきりってことなんですか?」


 途端にイリスは焦ったような表情に変わる。

 

「いや、それはそれで、これからもお世話になりたい……いいよな?」

「はい」


 イリスは安心したように元気に頷いた後、急に気づいたように赤く頬を染める。


「イリスのことはその剣の腕を見込んで護衛をしてもらいたくて引き取ったんだ。

 これから、常に俺の近くにいて身を守ってほしい」

「お任せください。

 ボクはどっちかと言うと、そっちのほうが自信あります。

 ……でも、ジャニス様も十分強そうに見えるんですが……」


 そう、俺は一見強そうに見える。

 実際、力はあるし、敏捷性も高い。知識も豊富だ。

 だが、情けないほどに戦闘センスがないのだ。


「俺は見掛け倒しなんだ。

 戦闘は本当にからっきしで……だが、治療魔法に加えていろいろ支援魔法やらなんら器用に使えるから、後方支援はまかせてくれ」

「そうなんですか……

 わかりました。ジャニス様に敵は近寄らせません」


 イリスは自信溢れた表情で応えてくれた。

 なかなか腕に自身がありそうだな。


「でも、ジャニス様に敵がおありなのですか?」

「さっきも言ったけど、今この部屋は俺の結界だから、この話は誰にも聞かれない。

 これから話すことは基本的に他言無用だと思ってくれ」

「誓って……」


 イリスは俺の目を見つけて、神妙な面持ちで頷いた。

 そして俺はこれまでのことを語り始めた。


 勇者パーティーの一員として魔王討伐に赴いたこと。

 アライナ教会の司祭として誘われていたが断ったこと。

 報奨金もあるし、田舎に行って静かに暮らそうと考えていること。


 俺の話にイリスは一々大げさに反応しながら聞き入っていた。


「ジャニス様はすごいお方だったんですね」

「まぁ我ながら波乱万丈な半生だった気がするな。

 その分、残りの半生はのんびりと静かに暮らせたらいいなって思ってる」


 うん、もうあんな死と隣り合わせたような冒険はこれ以降の俺の人生には不要だ。


「それで、どこかの田舎で目的の生活を手に入れたら、ボクの役目は終わりなんですか?」

「え?」


 イリスが不安そうな表情で俺を見つめる。

 正直なところ、それ以降のことは考えてもいなかった。


「んー、考えてなかったな。

 もしそのときになってイリスが望むなら、奴隷から解放してもいいんだが……

 片田舎で奴隷契約を解除できる手段があるかどうかわからないが……」

「嫌です!

 ずっとお側に置いていただけませんか」


 あれ、そういうものなの?

 普通、奴隷から解放してもらいたいものだと思ってたんだけど。


「そう。

 それに高かったんでしょ、ボクを引き取るにあたって」

「いや。

 他の奴隷を治療することでオマケってことで、無料にしてもらった」

「オマケ……

 無料……」


 そう言えばそのあたりのことはイリスは聞いてなかったんだっけか?

 なんか無料ってことでショックを受けてるみたいだ。


「いや、無料と言っても、リバイブの代償としてってことで……

 たしか、アライナ教会でリバイブをしてもらうと、お布施として1000万ゴル取られるって聞いたぞ。

 3人分で3000万ゴルってことだな。

 だから、イリスは3000万ゴル相当ってことで……」


 なんか今になってそう考えると奴隷商にぼったくられたような気がしてきた。

 まぁ別に俺が損をしたわけではないから構わないのだが……


「3000万ゴル!」


 あまりにも大きな金額を聞いてイリスはびっくりしているが、どうやら機嫌は治ったようだ。


「まぁ奴隷の解放をしてほしくないなら、俺と一緒に暮らせばいいさ。

 そのうち、子供とかできるかもしれないしな」

「子供……」


 子供と聞いてイリスはなんか夢見るような顔になってる。

 でもすることしてれば、そのうちできるよな。

 旅の間にできるとちょっと困るから、その間は少し控えないといかんのか。


「でも、種族が違うから子供はできにくいのかも……

 特にボクの場合は……」


 今度は急に落ち込んだ表情に……本当にコロコロと表情が変わって見てるだけでも興味深いものだ。


「イリスってどういう種族なんだ?

 最初はイヌ族かと思ってたんだが、なんか違うよな」

「ボクは金狼族ですよ」

「金狼族?

 あまり聞いたことがないんだが……」

「この国では珍しいかもしれませんね。

 北のガライナ国やその周辺に住んでいる少数種族です。

 ボクは純血なので他種族と子供ができにくいかも……」


 そういう種族があるんだな、初めて聞いた気がする。

 どのような種族にも限らず、純血の場合は他種族との子供はできにくいそうだ。特に種族差が大きいと極めてできにくくなる。

 だからヒト族の貴族たちは純血の亜人を性奴隷として高価で求めると聞く。

 一般的に貴族は純血のヒト族、やりまくっても子供ができにくいってのは性奴隷にもってこいだから。


「逆に俺はいろいろな種族の血が混ざりまくってるから、それほど問題なく子供とかできそうだ」

「ジャニスはいい匂いがする。獣人の血も多く混ざってそう。

 でも、金狼族の血は混ざってなさそう……」


 匂いでそんなことまでわかるものなんだろうか?

 自信ありそうに言ってるから多分そうなんだろうな。


「まぁそんな感じだ。

 アライナ教会もそれほど俺に対して非常識なことはしないと思うからそれほどの危険はないと思う」

「アライナ教って大嫌い!」


 アライナ教は獣人を特に迫害してるからそう思うのもしかたない。


「そこまで言ってやるな。

 アライナ教の中にもいいヤツもいるんだから。腐ったヤツがたくさんいることは間違いないがな」

「いいヤツなんているの?」

「俺の父親だって元アライナ教の司祭だったぞ。

 獣人ハーフの母親と結婚するにあたって脱退するまではアライナ教会で勤めていたんだから」

「いいアライナ教徒は辞めたアライナ教徒……

 そうか。ジャニス様はそれだから治療魔法を使えるのね」


 治療魔法は基本的にアラナイ教会でしか学べない。

 俺の場合は小さい頃、父親から教わったから使えるわけだ。


「そういうこと。

 そんなわけだから、よろしく頼むぞ」

「はい、わかりました」


 イリスは元気よく返事を返してくれた。



 ☆☆☆☆☆



「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 夜半に突然、イリスの叫び声が響いた。

 俺は驚いて飛び起きる。

 結界魔法は敷かれたままなので、部屋に侵入者があったわけではない。また、今の叫び声は外に届いてはいない。


 イリスを見ると俺の隣でガタガタ震えている。


「ごめんなさい……」


 そうか、悪い夢を見たんだな。

 あのひどい怪我を負ったときにパーティーの他のメンバは皆死んでしまったと聞く。

 そのトラウマが完全に癒える日なんてこないだろう。


「怖い夢を見たんだね。

 いいよ。こうしていれば少しは落ち着くか?」


 俺はイリスをギュッと強く抱きしめた。


「落ち着きます……ジャニス様の暖かさを感じます。そしてこの匂い……」


 俺ってそんなにいい匂いがするのか?

 自分ではさっぱり感じないんだが……


「毎日のように夢に見るんです……あの時のことを……

 奴隷商人から聞きませんでしたか?

 寝る前に叫ばないように命令しておけば、夜中に叫んだりしないようですので」


 確か聞いた気がするけど、すっかり忘れてたよ。

 そして、そんな命令をするつもりは毛頭ない。


「聞いてたかな……でも、そんな命令はしないよ。

 叫ぶのを命令で辞めさせれば、その分だけイリスの中に悪い形で蓄積されていきそうだからな。

 叫びたいときには思いっきり叫べばいいさ。

 いつも結界が敷かれているから、俺以外には誰にも聞かれはしない」

「でも、それじゃ……

 ボクが叫ぶ度にジャニス様を起こしてしまいます」


 イリスはとても申し訳なさそうにそうつぶやく。


「イリスが苦しんでいるときに、横で平気で寝てるほうがつらいさ。

 そうだ!

 辛い時には、いつでも俺をギュッと抱きしめていい権利を与えよう。

 悪い夢を見た時とかじゃなくても、辛くなったらいつでもどこでも、俺が寝ててもギュッと抱きしめていいからな。

 少しは気も紛れるだろ」

「そんな申し訳ないです……」

「代わりに俺はいつでもどこでも、イリスのしっぽをモフモフする権利をもらおう。

 そら、こういうふうに……」


 俺はイリスのしっぽの付け根のあたりをおもむろにモフモフした。


「ふぇっ!」


 しっぽの付け根って性感帯だったりした?

 イリスは変な声を出したと思ったら真っ赤になってる。


 そしてそんなイリスを見てたら俺のほうも……


「あ……」


 ギュッと抱きしめたままだったから、イリスはどうやら俺の下半身の変化を察してしまったらしい。

 ここまでかっこよく決まったと思っていたのに、いろいろと台無しである。


「あのぉ……これからします?」

「いや、さすがに夜も遅いし辞めておこう」

「はい……」


 なんか、イリスは笑いをこらえている感じになってる。

 結果的にこれでよかったか?


「俺の治療魔法でイリスの体の傷は癒せた。

 でも、心の傷をすぐに癒やせる魔法なんて存在しない。

 時間をかけてゆっくり癒やしていけばいいさ

 俺がついている」

「はい……

 ジャニス様といっしょならいつかはきっと……

 そんな気がします」


 よし、今度こそ決まったな。



 ☆☆☆☆☆



 武器屋でイリスの装備を整えることにした。

 敏捷性を重んじるタイプのイリスは重い金属製の鎧より、身軽で体の動きを妨げない革鎧のほうがよさそうだ。

 武器は短剣を好むようだ。

 ちょうど切れ味のよさそうな業物が目についたのでそれに決めた。

 イリスは遠慮していたが、装備の良し悪しには命がかかってるのだから、ここで妥協はしたくない。

 他に小盾や予備の短剣、投げナイフなどを買い込んだ。


 ふところが豊かなのでちょっと奮発してしまった感があるな。

 店を出てからふと気づいたんだが、俺の装備よりイリスの装備のほうが数段高い気がする。

 だが、特に後悔はない。


 次いで冒険者ギルドへ向かった。

 俺のほうは冒険者としての登録はそのまま残っている。

 幸いなことにイリスの冒険者としての登録もまだ有効なままだったので、冒険者カードの再発行だけで済んだ。


 2人のパーティーとしての登録も無事に終わった。

 特に依頼を受ける必要はないのだが、旅をするにあたって冒険者パーティー活動したほうがいろいろ便利なのをこれまでの旅で知っている。


 Sランクの俺とBランクのイリスのパーティーのため、初期ランクは最も低いランクのメンバーのものとなる。

 そのため、Bランク扱いとしてのパーティーとして出発となった。ちなみに勇者パーティーはこの国で唯一のSSランク扱いとなっていたものだ。

 イリスは低いランクでのスタートとなることに対してすまなく思っていたようだ。

 抜け道としてイリスを従者扱いすれば、正規メンバの俺のランクからSランクパーティーと認識される。実際問題、イリスは俺の奴隷なんだからそれで問題はないはずだ。

 でも、Bランクパーティーのほうが俺にとっては実は都合がいい。

 というのも、Aランク以上のパーティーは国や領主からの指名依頼に対して拒否することが原則としてできないのだ。

 将来的にいろいろ面倒なことに巻き込まれる可能性がありそうだから、Bランクより上にパーティーランクを上げるつもりはないのだ。


「イリスは王都のギルドは初めてなのか?」

「そうですね。

 ボクたちのパーティーは西のレギナ高原周辺で活動してたので」


 冒険者ギルドに来てから気づいたんだが、イリスの昔の知り合いで怪我してたことを知った人物にあったりすると、イリスが五体満足なことに説明がいるな。

 特に冒険者ギルドとか、知り合いに最も出会いそうな場所ってことを失念していた。

 まぁ俺がイリスを治療したってことを話すだけではあるのだが、アライナ教会の勢力が特に大きい王都であまりその話はしたくない。

 特に冒険者ギルドとか、アライナ教会所属の下っぱ治療術師がそこに待機していやがるし……


「どうだ?

 せっかくだから、下級の討伐でもしてみるか。

 お互いの実力がどんなものかの確認の意味もあるし、ひさびさの冒険者としての活動もいいものだろう」

「面白そうですね。

 でも勘が取り戻せてるかどうか不安なので、弱い敵でお願いします」


 壁に貼られたクエスト一覧から、Dランク以上推奨のゴブリン討伐を選んだ。

 これならまぁどうとでもなるだろう。


「じゃ、ゴブリンで肩慣らしと行ってみるか」

「はい、わかりました」


 ゴブリン討伐の依頼を受付に持っていくと怪訝な表情をされたが問題なく受け付けられた。

 Bランクパーティーでゴブリン討伐は報酬的にまったく旨味がないから怪訝な表情されるのは仕方ない。



 ☆☆☆☆☆



 依頼にあったゴブリンの群れはすぐに見つかった。

 Dランク以上推奨だけあって4匹程度の小集団だ。初心者パーティーでは辛いだろうが、少し手慣れた冒険者のパーティーならこのくらいなら同じ程度の人数なら楽勝であろう。

 その4匹のゴブリンに対して、2人で挑む。いや、実際のところ俺は戦力外なのでイリス1人でゴブリン4匹を相手にすることになる。

 といっても、事前に強化魔法はしっかりかけてあるのでほとんど心配はしていない。

 イリスがどの程度戦えるか見極めるのが目的だ。


「行きますね!」


 イリスが軽快にゴブリンに向かって突っ込む。

 まったくゴブリンに気づかれることなく接近し、無警戒のまま1匹の首元に短剣を斬りつける。

 見事に一撃でゴブリンを倒したが、当然残りの3匹もイリスに気づいて一斉にイリスに向かってきた。

 イリスはそのまま右に大きく跳ねることにより、2匹のゴブリンの攻撃を避け、1匹だけを相手に取ることに成功する。

 そのまま、正面からゴブリンの胸に短剣を突き刺し、短剣はそのまま引き抜かずに、予備の短剣に持ち替えた。

 残り2匹のゴブリンとは正面から相対あいたいし、1匹の攻撃を小盾で受け流しつつ、もう1匹のトドメを刺す。

 ゴブリンと1対1の戦いとなればもうまったく心配はいらないだろう。そのまま余裕でゴブリン4匹の討伐を終えた。


 討伐部位の採集を手伝おうとイリスに近付こうとしたときだった。

 木の上からもう1匹のゴブリンが飛び降りてきて、俺とイリスの中間に着地したのだ。

 俺は慌てて、後ろに下がろうとして、木の根に足を取られて無様ぶざまにも尻もちをついてしまった。

 そんな俺に向かって飛びかかってくるゴブリン……

 だが、ゴブリンは俺の防御結界に跳ね飛ばされて木にぶつかり、気を失ってしまったようだ。

 急いで俺のところに駆け戻ってきたイリスにより、ゴブリンはトドメを刺されて、計5匹のゴブリン討伐は無事に終了した。


「すみません。

 木の上のゴブリンに気づいてませんでした……」


 イリスはとってもすまなそうにしている。


「いや、俺も気づいてなかったし……

 依頼書のとおりにゴブリンは4匹だと思い込んで、探知魔法も使っていなかった俺のミスだ。

 油断大敵だな」

「それにしても……」


 イリスがなにか言いたそうにしてるが口ごもっているようだ。


「どうした?

 気づいたことがあったら何でも言うようにしてくれ」

「ジャニス様って……本当に戦闘時は頼りにならないんですね」


 はっきり言いやがったな、こいつ。

 だがそのとおりだ。


「見てのとおりだ。

 俺には治療と支援以外の何も期待しないでくれ」

「気を引き締め直して、ボクがジャニス様を守りますね!」


 イリスは拳を握りしめて、固く誓ってくれた。

 でも、それって本当は男が女の子に言いたいセリフなんだよな。


 それはさておき、イリスの戦闘は申し分ないものであった。

 さすがに勇者パーティーで一緒だったジャックリンと比べると物足りなさはあるが、それを言ってはイリスに気の毒であろう。

 それにスピード面ではジャックリンも上回っていただろう。

 人それぞれに戦い方がある。イリスにはイリスのよさがあるってものだ。

 それにまだまだ伸び代も大きそうだから将来的には期待できそうだ。



 ☆☆☆☆☆



 イリスと旅に出て早くも数日が過ぎた。

 旅の日々は……まったく気の休まる日のない問題続きであった。


 まだ王都からほとんど離れていない道中で早くも盗賊と出会うわ。

(問題なくイリスが倒してくれた)


 崖崩れで道が塞がれて山道を選んだところ迷子になって遭難しかけるわ。

(イリスがヤマ感で「こっちだと思う」って言うのを信じたら助かった)


 宿屋で殺人事件に巻き込まれるわ。

(俺の推理は行き詰まり、現場に残された匂いでイリスが犯人を特定した)


 途中で寄った街の冒険者ギルドでダンジョンから戻らないパーティーの救出を依頼されるわ。

(普通にイリスが活躍した。なお、俺の治療魔法もちゃんと役に立った)


 道中でのモンスターとの細かい戦闘とかもう数えるのが面倒なくらいだ。

 いやぁ、イリスって本当に役に立ってくれるな。それに引き換え、俺って本当に役立たずで……


「旅ってこんなに波乱万丈なものでしたっけ?」


 イリスがそう聞いてくるが、まったく俺も同感だ。

 いや、勇者パーティーの旅もなかなか大変なものではあったが、ここまで派手な毎日だった記憶はない。


「前にイリスのいたパーティーは平穏だったのか?」

「そうですねぇ……」


 イリスは昔を思い出しているようだ。寝ている時は別として日中は昔のことを普通に話してくれるんだよな。

 そういえば、夜の発作も初日は2-3時間おきにあったが、徐々にではあるが間隔が長くなってきてるようだ。

 少しずつでもよくなってくれればいいが。


「ボクと旅してると退屈しないよって言われたことがあったような……」

「ふーん、偶然だな。

 俺も似たようなことを言われたことがあるよ」

「そうなんですね。

 ボクたちは似た者同士なんですね」


 どうやら、厄介事を引き寄せる体質の持ち主2人が集まってしまったようだな。

 まぁ、これは先天的なもののようだから、いまさらしかたがない。

 気楽に行くか。


 そんなことを話しつつ、今日は特に何も起こらなかった。

 いくらなんでも毎日何か起こったりするわけがないよな。


 そう考えたのがどうやらフラグだったようだ。


 主要街道から外れた山道を進んでいたところ、小さな村を見つけた。

 このまま進むと山の中で夜を迎えることになりそうだから、少し早いが村で宿を探すことにした。

 急ぐ旅でもないからな。


「もしや、勇者パーティーにいたジャニス様ではありませんか?」

「そうだが?」


 過去に勇者パーティーにいたことを宣伝するつもりはないが別に隠してもいるわけではない。

 俺は正直に質問を肯定した。

 勇者パーティーで俺は地味な存在だったから、それほど顔は知られてないと思っていたのだが、意外と知られているらしい。


「おお、やはりそうでしたか!」


 どうやらこの男は勇者パーティーにいる俺を酒場で見かけたことがあるらしい。

 話をしたことがあればともかく、さすがに俺のほうは同じ酒場にいたことがあるだけの男のことを記憶しているはずもない。


「ジャニス様はアライナ教徒ではないと聞いておりますが間違いないでしょうか?」

「アライナ教徒とは違うが、それが何か?」


 また教会絡みのことかとさすがにげんなりする。

 この村もアライナ教がしっかりはびこっているのかな?


「あのような邪教に関わっておられなくてさいわいです!」


 ?????

 アライナ教を邪教呼ばわりするとか、こいついったいなんだ?

 そして、うんうんと頷いているイリス……こういう胡散臭さに満ち溢れてるヤツに同意するんじゃない!

 まぁ、この男は見るからにドワーフ族であるし、やはりアライナ教が嫌な目にあったんだろうな。


「なにぶん小さい村ですので宿とかはありませんが、我が家へお泊りください。

 ささやかですが、おもてなしさせていただきます」


 この男はダランガという名で、この村の村長らしい。

 怪しいって言えば怪しいんだが、せっかくの誘いを断るほどのことでもないだろう。

 俺はダランガの好意に甘えることにした。


 夕食はダランガの家でご馳走になった。

 ダランガは妻に先立たれて一人暮らし。食事の用意は家政婦がしてくれているらしい。

 今夜のメニューはこの村に伝わる郷土料理ということだ。

 薬草が多く入れられているようでやや苦味があるが、それもなかなか美味しいものであった。


「ジャニス様は今の世の中に満足しておられますか?」


 それまで俺の旅の様子などを気楽に話していたのだが、ダランガが真剣な表情に変えて尋ねてくる。どうも食事時の世間話の続きというわけではなさそうだ。

 俺はどう返事をすべきか悩んでいると、ダランガは話を続けてきた。


「アライナ教会なぞ滅ぶべきです。

 あのような邪教をこのまま蔓延はびこらしているようでは、この世の終わりでしょう」

「確かにアライナ教会は問題があるとは思う。

 亜人蔑視とかもってのほかだろうな」

「そうでしょう。そうでしょう」


 俺が意見に同調してやると、ダランガは調子に乗ってきたようだ。

 夕食に酒は出ていないようだが、酔っているのだろうか?

 もう少し焚き付けてみることにするか。


「特にアライナ教会の上層部の腐敗ぶりは酷いものがあるな。

 あいつらが聖職者を名乗るのはおこがましいってものだ」

「流石にジャニス様は素晴らしい意見をお持ちだ」

「ジャニス様は凄いんですからね!」


 あれ、イリスの口調も少しじゃなく変だぞ。

 イリスの様子を見ると明らかに何かに酔っているようだ。


 俺は立ち上がろうとしたんだが、体に力が入らない。

 無理に立ち上がろうとしたら、くらっとしてまた椅子に

 もしや、この夕食に何か……


「夕食に何か混ぜたか?」

「おや、ジャニス様はまだ体を動かせるようですね。

 純粋なヒト族ならもう身動き一つとれないはずなのに」

「毒か……」

「いえいえ、命に別状はありませんよ。

 実際にこの山に生えている薬草を使った郷土料理ってことで間違いありませんよ。

 私どもはこれを戦いの前によくしょくします。

 気分が高揚してくるのですよ。口がやや軽くなってくる欠点もありますがね。

 ただヒト族は数日身動きがとれなくなるらしいですよ」

「そうか……

 俺は見かけほど純粋なヒト族でもないんでね。

 それでこんなものを食べさせて俺をどうするつもりだ」

「別にどうもしませんよ。

 わたしたちが戦いに赴くまで大人しくしていてほしいだけです。

 ジャニス様も素晴らしいおかたですからね」


 毒ではないと聞いたが、すぐに無詠唱で解毒魔法を試したが効果がなかった。毒ではないということは本当なのだろう。

 俺の異変に気づいたイリスはいつでもダランガに飛びかかれるように身構えていたが、ダランガが俺に対して害意のなさそうなのを感じて少し警戒心を緩めたようだ。


「戦いだと……

 何を……

 する……

 つもりだ……」


 だんだん、話すのも辛くなってきている。そして意識が朦朧としてきて集中できないので、これ以上魔法を無詠唱で唱えることは無理そうだ。

 

「アライナ教会を滅ぼすための戦いの火蓋ひぶたを切るのです。

 手始めにふもとの街のアライナ教会に攻撃をかけます」

「もしや……

 お前たちは……

 ビエンダ……」

「よくご存知ですね。

 さすがジャニス様」


 どうやら、数十年前に滅ぼされたビエンダ教の生き残りのようだ。

 文献で読んだだけの知識だが、過激な思想の教義を持っているらしい。

 それこそ、アライナ教が真っ当に思えるほどの……


「さて、イリス様はどうなされますか?」

「え?」


 いきなり話を振られてイリスは面食らっている。


「この救いのない世をどうにかしたいと思われませんか?

 ヒト族にこき使われるだけの存在で満足ですか?」

「ボクは……」


 少しだけ考えたあと、イリスはキッパリと言い放った。


「ボクはすでにジャニス様によって救われています。

 使われているのではありません。ボク自らの意志でジャニス様に仕えているのです。

 ボクの将来はジャニス様の側以外にありえません」

「今は無理にお誘いしても無駄のようですね。

 それではジャニス様とともに大人しく縄についていてください。

 抵抗するようでしたら、ジャニス様の安全も保証できかねます」


 いつの間にか村長の家の中には多くの村人たちが集まってきていた。

 こいつら全員がビエンダ教徒なのか……日が暮れる前に見た感じでは村人の数は20人前後。

 そのうちの半分ほどがここに集まっているようだ。

 それほど鍛えられているようには見えなかった。

 俺が無事で、イリスに支援できれば問題なく倒せる数ではある。

 しかし、この状態では……


 このまま大人しくしていれば、俺もイリスも助かるらしい。

 それを信じてじっとしているのか……


 だが、このまま見逃せば街の教会が襲撃されるという。

 別にアライナ教会自体は俺としてもどうでもいいのだが、きっと関係のない多くの人が巻き込まれて血を流すことだろう。

 教会には孤児院が併設されていることが多いから、小さな子どもたちに犠牲がでるかもしれない。


 イリスのほうを見る。

 イリスも俺のことをじっと見ている。


 イリスはどうやらこの戦いを止めたそうだ。

 だが、迷っている。

 身動きできない俺を守りきれるかどうかに自信がないのだろう。


 いや迷ってたのは俺のほうだな。


「イリス……

 迷うな……」


 俺の一声でイリスは迷いを捨てて、後ろで俺たちを縄にしようとしていた村人に飛びかかった。

 イリスの動きは滑らかで料理による悪影響はなさそうだ。


 だが、俺のほうは……

 意識が朦朧としてきてる。

 このまま、俺が意識を失ってしまったらイリスはどうなる……


 俺はゆっくりと確実に魔法の詠唱を始めた。

 集中できない今は無詠唱魔法は使えない。

 魔法はイメージだ。だが今の状態ではとても魔法をイメーシすることはできない。

 だが、魔法とは言霊でもある。

 約束された言葉を紡ぐことで、効果を発揮することはできる。

 だが、イメージなき言葉だけの魔法は相手に簡単に抵抗されて効果を失う。

 だから、デバフはきっと効果を現せないであろう。

 でも、支援魔法は違う。イリスは俺のすべてを受け入れてくれる。

 俺は約束された言葉を紡ぎ終えた。

 イリスへの支援魔法は完成した……



 ☆☆☆☆☆




 俺が意識を取り戻すと、頭の下には柔らかな感触があった。

 目を開けるとそこにイリスの心配そうな顔。

 俺が目を冷ましたことに気づいて、その心配そうな顔が笑顔に変わる。

 どうやら、イリスの膝枕でぐっすり眠り込んでいたようだ。頭もすっきりしていて気分はとてもいい。


「ジャニス様……」

「どのくらい寝てた?」

「まだ明くる日の昼間ですよ」


 数日寝たままになったりはしてなかったようで一安心だ。


「ジャニス様。

 あのような時はボクへの支援より、ご自身の安全を第一に考えてください」


 いきなりイリスの表情が険しくなった。

 どうやらお説教モードらしい。


「いやいや、イリスさえ無事ならあとはなんとかしてくれるって信じてたから。

 いくら自分に防御魔法かけたって、イリスがやられちゃったら全滅だぞ」

「そうは言いますが……」

「待った。

 そのあたりのことは後にしよう。

 で、勝ったんだよな?」

「あ、はい。

 ご覧のとおりです」


 俺が周りに視線をずらしてみると、村人たちがすべて縄に縛られている。

 夜のことなのに、村長の家に来てなかった村人たちもすべて捕らえているようだ。

 そういえばイリスは夜目が効くから夜でも関係ないか。


「命に別状のありそうな者はいないはずですが、何人か骨折してると思うので後で治療してあげてください」

「ああ、わかった」


 それにしても見事なものだ。

 どうやら村人は一人残らず捕まえてあるようだ。しかも誰ひとりとして殺していないとか、完璧すぎるだろ。


「で、どうしましょう?」

「そうだなぁ」


 俺はしばらく考えたが、俺の一存で村人を罰するってのは問題外だ。

 かといって放置すれば、また同じような問題を起こすに違いない。

 考えを変えてくれれば一番いいのだが、思想を変えさせるなんて早々簡単にはできない。


 結局、襲われるはずだった街の衛兵に連絡して、村人たちを連行してもらった。

 この後、取り調べでも裁判でもして罪を決めてくれるだろう。

 きっとそれらにアライナ教会が関与してくるだろうから、寛大な処置が取られる可能性は低いと思う。


 だが、そんなことは俺の知ったことじゃない。

 いくら俺に対して害意はなかったとはいえ、あのまま放置とかできたものじゃない。

 かと言って俺が最後まで責任を負わなければならない問題でもないだろう。

 無責任と思われるかもしれないけど、宗教的な諍いに関与とかしたくないんだよ。

 結果的にアライナ教会に利することになってしまったのが残念だがそれはしかたないか。

 あの村人たちが俺の知らないところで、アライナ教会だけを攻撃するのなら、俺としても知ったことじゃなくすんだのだが……


 街での事情聴取などで3日ほど余分に取られてしまった。

 やっとのことで解放されて俺たちは再び旅に出た。


「それにしても、いつになったら静かで平和な暮らしとかできるんでしょうね。

 ボクにはそんな日が来るとかまったく信じられないんですけど……」

「言うんじゃねぇ!」


 いつかきっと静かな暮らしができる。

 そう信じて行くしかないじゃないか。

 でも、イリスと2人ならこんな波乱万丈な日々も悪くないんじゃないか?

 そんな気がしないでもないな。



------- 完 -------

 しっかりと構成を考えずに書き進めていったので、途中になってああすればよかったとか、全く別のエピソードとか思い浮かんできたりしました。

 それでも、とりあえず一通りの完結まで一気に書き上げてみました。


 あらすじでも書きましたが、もし需要があるようでしたら、しっかりと構成を考え直して連載小説化したいと思っています。

 もし、連載も読んでみたいと思ってくれる人がいましたら、ブックマークや評価をお願いします。

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[良い点] 文章が読みやすく、設定も矛盾が少なく安心して読めた。 [気になる点] 性欲とか処女のくだりが多くて普通にちょっと気持ち悪かった。 文章が読みやすかったのに、途中で読む気が失せていった。
[良い点] 面白かった むしろ短編じゃないほうを見たかったかもw イチャイチャ場面とかもっと見たかった、 [気になる点] これ連載物だったらいろいろ夢が広がりますな、 新たな仲間とか、イリスのライバル…
[気になる点] ビエンダ教の生き残りが主人公たちの来村という不確定要素が有りながら教会への襲撃を延期しなかった事、主人公たちがアライナ教を嫌っていながら襲撃を阻止してビエンダ教の生き残りを極刑まで追い…
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