第二幕 演劇部
翌日、僕は学校が終わると中庭のベンチに座りスマートフォンをいじる。弘人が来るまでの時間つぶしだ。画面の中では、金髪碧眼の格好いい主人公が剣を振るって異形の化け物を斬り伏せていた。僕には英雄願望はないが、自分の意志で行動出来て、その力があるキャラクターには憧れる。ゲームの主人公然り、弘人然りだ。それと同時に、なぜ自分はそんな人間ではないのだろうと昏い感情に蝕まれる。直ぐに頭を振って、そんな邪念を頭から飛ばすが、これが僕の性分であるのだから、仕方がないのかもしれない。そうして、数十匹の化け物を主人公が斬り伏せたところで、後ろから弘人が声をかけてきた。
「ごめん、掃除長引いてさ。遅れた」
「大丈夫だよ、掃除お疲れ様」
僕はそういうと、スマートフォンの画面を消して、ポケットにしまう。そんな僕を、弘人はまじまじと見つめていた。
「…今のゲームさ、何?」
いつになく神妙に問いかけてくる弘人を疑問に思いながら、僕は答えた。
「神装都市アヴァロン。最近テレビとかでもコマーシャルやってるだろ?」
僕がそういうと、弘人は目を輝かせながら僕に詰め寄った。
「僕もやってる!まじかよ!今度フレンドになろうぜ!」
弘人はそういうと、ポケットに入っている自分のスマートフォンを取り出そうとするが、僕はそれを片手で制した。
「今は、部活だろ?後でゆっくり話そうぜ」
僕がそういうと、弘人は少ししょんぼりとして、頷いた。弘人は何かに集中すると、周りが見えなくなることがある。その後、怒られてしょんぼりとする姿は子犬のようだ。
「そうだな。じゃあ、行こうか」
弘人はそういうと、歩き出し、僕はそのあとについていく。あぁ、弘人と話している時だけは気を許せる。そう気持ちを緩ませたところで、視界の端に僕をいじめているグループの姿が目に入る。僕には気付かず、バカ笑いをしていたが、僕の体は強張り、うつむきながら弘人の後を無言でついて言った。
―――
「ここだよ」
弘人がそう言ったのを切っ掛けに、僕は顔を上げた。目の前のドアは閉じられており、中には数名の―――騎士がいた。甲冑に身を包み、腰には剣を差し、僕が想像する中世の騎士そのものであった。
「…騎士だ」
「騎士だな」
弘人はそう言い放ち、ドアを勢い良く開けた。
「お疲れ様でーす!」
弘人のその言葉で、教室の中にいた全員の視線が集中する。
「「「お疲れ様です」」」
全員から、弘人が言ったのと同じ返事が返ってくる。なんだここは。僕は、タイムトラベルでもしているかのような気分に陥りながら、おそるおそる歩を進める。すると、甲冑に身を包んだうちの一人が近付いてきた。
「ようこそ。我が演劇部へ」
甲冑の人物はそう言うとこちらに右手を差し出してきた。なんだ?この男は騎士なのか?いや、でも演劇部と言っていたが―――
志向がまとまらないで固まっていると、後ろにいたもう一人の甲冑が腰の剣を抜き、僕に右手を差し出している人物な頭を叩いた。
「お前のものじゃないだろう、そういうのがお前の悪いところだぞ鏡也」
鏡也と呼ばれた人物は罰が悪そうに肩をすくめると、兜を取って、こちらを向いた。
「驚かせて悪かったな。堺鏡也、一応部長だ」
そういうと鏡也と呼ばれた人は、再び僕に手を差し出してきた。僕はその手を握ると、疑問に思っていたことを投げかける。
「あの、なんで甲冑を着ているんですか?」
僕の質問に、鏡也さんではなく、後ろにいた甲冑の人が兜を取りながら答えてくれた。女性だった。
「いやぁ、弘人君から今日君が来ることを聞いてたからさ、前の劇で使った甲冑でも着て演劇部らしいことでもしようかと」
彼女はそういうと、鏡也さんを押しのけて僕の前に立って握手をしてきた。長い髪を後ろで一つに束ねた凛々しい女性だった。
「熊埜御堂翡翠だ。よろしくな」
「よ、よろしくお願いします」
僕はそう言い、お辞儀をした。なんだこの人たちは、面白い。ふと、甲冑を着た二人の後ろを見ると、他にも様々な衣装を着た人がこちらを見ていた。
「え、えと。よろしくお願いします!」
僕がそう言い、再びお辞儀をすると、口々に歓迎の言葉を言ってもらえた。そして、その中に八島さんを見かけた。その瞬間、僕の心はこの部活に入ることを決めていた。