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バミテ  作者: Lit
1/3

第一幕 劣等感

「あいつ臭くね?」


「思った!あいつクラスにいなくていいのにな!」


 下卑た笑い声とともに、罵詈雑言が聞こえる。すべて、僕に向けられた言葉だ。彼らの言葉一つ一つが僕の心に突き刺さる。その言葉とともに、僕は机に突っ伏した。言葉のナイフとはよく言ったもので、本当にナイフのような鋭利なものが胸元に突き刺さっているかのように感じ、体中の血液を絞り出すような脱力感を与える。言葉というものは不思議だ。時に人の心を傷つけ、時に人の心をひきつける。人を救い、人を殺す。表裏一体な面を持っている言葉が、僕は―――嫌いだ。


「なにやってんの?悠也」


 はっと我に返り、顔を上げると、目の前には西方弘人が立っていた。


「別に…何も」


 僕は小さな声で囁くようにそう言うと、再び机に突っ伏した。何をしているといわれても、何もしていないのだから仕方がない。今、僕の体は脱力感という病魔に蝕まれているのだ。どうにも抗いがたいモノに。


「何も…じゃないよ。飯食おうぜ!飯!」


 弘人はそういうと、僕の机の上に購買で買ってきたのであろうパンが詰まったビニール袋を置いた。そして、手ごろな椅子を見繕って僕の前に座った。


「誰か知んないけど、借りますね~。あ、これ、お前の好きな焼きそばパン。これ、買うの大変だったんだからな?」


 弘人はそういうと、僕の口に焼きそばパンを突っ込む。


「ほまひぇ、ふひにものふぉふっほむな」


「はいはい、わかったよ」


 僕は弘人に文句を言いながら、焼きそばパンを味わった。口の中に広がるソースとパンの味のとてつもないミスマッチ感がたまらない。弘人は、僕が焼きそばパンを嚥下したのを確認すると次にコーヒー牛乳のストローを突っ込んだ。飲め、ということなのだろう。口の中に物を突っ込むなと言った直後に同じことをしたことに、恨めし気に弘人を見ると、彼は悪戯小僧のような笑顔を浮かべていた。

これだ。この顔をされると、仕方がないかという気持ちになって、何故か許してしまう。


「んで、決めたのかよ」


 僕がストローから口を離したタイミングで、弘人は僕に質問してきた。おそらくは、先日彼が僕に打診してきた部活のことだろう。


「…まだ、悩んでる」


「まだ悩んでるの?もう五月だし、早く決めないと手遅れになるぞ?」


「五月蠅いな。僕には僕のタイミングってもんがあるんだ」


 僕はそういい、そっぽを向く。すると、偶々さっき僕の悪口を言っていた相手と目が合い、急いで逸らした。

 僕は、このクラスのヒエラルキーの中の最下層に位置している。いや、僕がこのクラスの最底辺の存在といっても過言ではないかもしれない。そんな僕が、いや、僕だからヒエラルキーの頂点に立つグループのリーダー、南田奈々に目をつけられた。初めは、遠くで僕を見てクスクスと笑っているだけであったのだが、最近は僕に聞こえるようにわざと陰口を言うようになっていた。否、それは既に陰口ではないのかもしれないが、僕は陰口であると信じていたかった。『陰口』というと、僕に対して唯々あることないことケチをつけているだけのように感じるからだ。ほぼ毎日僕の陰口を言っている彼等だが、弘人の前では対応が違った。彼等が一目置いている弘人が僕と話していると、彼等は陰口をぴたりとやめる。だから、僕の学校の中での唯一の安寧の地は弘人の傍だけだった。


「―――聞いてる?悠也ー?」


 はっと我に返り、弘人に向き直る。先ほどから僕にしゃべりかけていたようだ。


「ごめん、聞いてなかった」


「だろうと思ったけどさ…。まぁいいや、さっきの部活の話なんだけどさ、明日見学に来ないか?」


「明日?」


「そう、明日なら、みんなで菓子パする日だから、来易いと思うし」


 カシパ?聞きなれない言葉に、僕は一瞬固まった。


「菓子パだよ。お菓子パーティ。うちの部活、定期的にお菓子食べるんだ」


 拍子抜けした。以前弘人から演劇部と聞いていたので、いつもピリピリと演技について考えている部活だと考えていたからだ。少し、興味が出た。


「わかった。じゃあ、明日な」


「おう!絶対悠也も気に入ると思うぜ」


 弘人はそういうと、また悪戯小僧のような笑顔を浮かべていた。


―――


「えー、それではこれで終礼を終わりたいと思います。黙祷」


 担任の言葉で、一同が手を合わせ、目を瞑る。この瞬間から、教室は静寂に包まれる。うちの学校は、キリスト教系の学校であり、朝礼と終礼の二回黙祷をするのだ。毎日しているためか、初めは真面目にやっていた生徒も、次第に真面目に黙祷をしなくなってくる。キリスト教系の学校とはいえ、全員が熱心な信者(キリシタン)というわけではないからだ。


「やめ」


 この号令で、教室に騒音が戻ってくる。皆一様にかばんを持ち、廊下へと出ていく。一部、掃除をするために掃除用具が詰まるロッカーへと歩を進める者もいるが、それは例外だ。

 そして僕も、いつも通りかばんを肩にかけて教室を出た。廊下には数十人の生徒がひしめき合っており、大渋滞であった。その先に僕は、一人の生徒を見た。八島真紀、彼女は入学式で僕の目を奪った。その時の僕の感情をうまくは表せないが、形容するのであれば、一目惚れというものなのだろう。その日からというもの、彼女を校内で見かけると今のように一瞬目を奪われてしまう。そしてその後、彼女を呆然と見つめている自分に気付き、頭を振ってそそくさと歩き出すのであった。

 下駄箱にて、僕は災厄と再会した。南田奈々だ。目が合ったかと思うと、彼女は小さく口を動かした。


「し、ね」


 声は聞こえなかったが、彼女の口ははっきりとそのように動いた。僕の意識が暗闇に包まれる。落ちる。だめだ。逃げなければ。どこに。逃げられない。だめだ。だめだ。


「どうしたんですか?」


 その一言で、僕の世界に光が戻った。声の方向へと顔を向けると、一人の女子生徒がたっていた。


「す、いません。ちょっと立ち眩みしてしまって」


 僕はそういうと、足早にその場を立ち去った。既に南田は、どこかへ消えていた。足を動かしながら、僕は南田とそのとりまきたちのことを考えていた。何故執拗に僕を狙うのだろうか。僕と彼等に接点はない。いや、ないはずだ。彼らのグループと、僕が所属しているグループは違い、唯一の接点というのも同じクラスに所属しているということだけである。だが現に、僕は虐められ、クラスから否定されている。これはゆがみようのない事実であり、現実であるのだ。

 バス停に並ぶ生徒の群れの最後尾に到着すると、ポケットからスマートフォンを取り出す。電源をつけると、メッセージアプリの通知がきていた。


―――


ひろ『明日、中庭のベンチのところで待っといて!』


―――


 おそらく、先ほど言っていた部活の件だろう。明日学校に来てから伝えれば良いのに。しかし、こういうマメなところがあるからか弘人はよくモテる。いや、弘人のこれは先天的な人たらしの才であるのだろう。彼の周りにはいつも人が絶えない。


――――――僕と一緒にいる時を除いて。

 僕と彼は真逆だ。四月に仲良くしていた友人も、僕がクラスで虐められ始めると、僕から離れていった。これに対して、僕は咎めるつもりはない。自分までもいじめの対象にされないように離れていっただけだ。ただ、それだけ。

 こうして、五月の初めごろには僕の周りには誰もいなくなっていた。否、弘人だけは別だ。僕が虐められていても、気にせず接してくれる。もしかしたら、僕が虐められていることにさえ気付いていないのかもしれない。だが、そんなものは些末なものだ。僕の前には依然と変わらず接してくれる友人が一人いる。ただ、それだけ。それだけなのだが、僕の心はどうしようもない劣等感で、醜い心で満たされる。僕は嫌われ者で、彼は人気者。何が違うのだ。僕と、彼の。

 バス停にバスが到着し、いつも通りステップをのぼる。吊革につかまり、その吊革に我が身を任せる。ぎしりと吊革の根元部分が軋み、僕の手を支える。


 このまま、どこかへ行かないものだろうか。誰も僕を知らない、そんなどこかに。

不定期更新となりますが、細々と更新します。

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