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十三月の聖戦  作者: 宗谷雅近
第1章 出逢い
6/6

動き出した運命

時刻は19時10分。花火は終わったというのにトリフォリウムレペンズの空は紅く染まっていた。激しい煙と共に。

「くそ!間に合わなかった!」

エイプは路地裏のゴミ箱を乱暴に蹴り飛ばした。

大きな物音でパン屋から奥さんが出てきた。

「アンデシムかい?」

路地裏の暗闇に問いかける。

「大きな音を立ててすいません。自分はピース・オブ・ピースのエイプと申します。」

申し訳なさそうに暗闇から出てきたエイプに奥さんは驚いた様子で聞く。

「これはこれはエイプ様。今日は、なんの御用で?」

「いや、少しトリフォリウムレペンズに用事がありまして…」

「もしかしてお祭りかい?もう終わっちゃったみたいだけど、もしこれから行くなら1つお願いしてもいいかい?」

エイプは今はそれどころでは無いと思いつつも平静をよそおいながら

「ええ、どうぞ」

と答えた。

「実はね、あなたが紹介してきたアンデシムという子がいただろう。その子がいつもならとっくに来る時間なのに今日は来ないんだよ。多分お祭りに行ってると思うから忘れちまっているのか分からないけど、もし見かけたら私が待ってると伝えてくれるかい?」

エイプは、奥さんの様子から心の底から心配してくれているのだと感じて、さらに、アンデシムがお祭りに行っていたなら無事かもしれないという淡い期待を抱いて、

「分かりました。任せてください。」

と、力強く答えた。

そして、前にアンデシムのもとに行ったときにも使った穴へと急いで入った。


エイプが穴から出ると、そこはまるで地獄だった。そこはまさに火の海であり、熱気と煙が辺りを包んでいた。前に来たときに見かけたスラムの住民たちのボロボロの住処は見るも無残に崩れ落ち真っ赤に染まっていた。

「アンデシムー!いるかー!」

その呼びかけに反応する声はなく、エイプの叫びだけが響いていた。

もはや、アンデシム達の住処がどこかも分からず、エイプはただ必死に呼びかけながら、炎の上がる瓦礫を押しのけてアンデシムを探した。しかし、見つかるのは既に息絶えた人々ばかりで、進めば進むほどエイプの焦りは募っていった。

どれ程探し回っただろうか。エイプの手足は火傷だらけで、熱気と煙と人の焼ける匂いが意識さえも奪おうとしていた。

そして、エイプは何かにつまずき転んでしまった。

「ゴホッゴホッ…くそ!結局…俺は…何も守れないのか…最愛の人も…親友も…俺の前から消えていった…自分と重なる少年さえも…」

そう言うと、エイプの頬を涙が伝った。

しばらくの間、エイプは咳き込みながらうずくまっていた。

そして、ふと自分がつまずいた物に目を移した。

「なん…だこれ」

それは真っ黒な布に包まれた何かだった。触ってみると、柔らかく薄っすらと暖かさを感じた。

エイプは、急いで中を確認するとそこには膝を抱えて丸くなっているアンデシムがいた。どうやら、意識を失っているようだった。

「よ、良かった…生きててくれたか…」

そう言って、アンデシムを抱きしめると、エイプは力を振り絞りアンデシムを抱え、穴へと向かった。

そうして、穴を抜けた路地裏でエイプは意識を失ってしまった。

目が覚めると、白くて高い何か模様のついた天井が目の前に広がっていた。

「ここはどこだろう。」

何が起こったのかよくわからず、ゆっくりと身を起こした。そして、自分がフカフカのベッドの上にいたことに気づく。

「うわーっ、ベッドだー。始めてみたなぁ」

心ゆくまでフカフカのベッドを堪能すると、あたりを見回した。

ベッドのついている壁の隣の壁際に机が2つ並んで置かれている。

机に近づいてみると、二人の少年が満面の笑みで肩を組んでこちらにピースしている写真が飾られていた。

どちらの少年も、腕や頬に傷を作っている。

「誰の写真だろう、ここの部屋の人の写真かな。」

他には部屋には特に何もなく、なんだか壁や家具に、剣でつけたような傷があることが気になった。

そして、部屋を出ようとドアノブに手を伸ばしたとき突然ドアが開いた。

「うわぁー!」

ドアがひとりでに開いたのかと思い、驚くとドアから顔をのぞかせたのは優しそうなおじいさんだった。

「おやおや、お目覚めになりましたかアンデシム様。はじめまして、わたくしセラスス王国王宮執事長のシェパーズ・ポーズと申します。」

と言って深々と頭を下げるのを呆然と見ていると、

「ほっほっほっ、驚いておられるようですね。ここはセラスス王国の王宮でございます。ご案内いたしましょう。ついてきてください。」

アンデシムは驚きで言葉が出ず、ゆっくりとうなずいた。

それを確認すると、シェパーズは歩きだした。

「この王宮は3階建てになっており、ここは2階です。この階には、当直室、王子部屋、食事室、調理室がございます。ここはちょうど2階の端でございまして、先程いらした場所が第2王子部屋で御座います。本来であれば第2王子、第3王子が過ごす所ですが、国王様には第1王子しかいらっしゃいませんから、第二王子部屋はかつてエアル様とエイプ様が使われておりました。そしてこちらが第1王子部屋で御座います。」

シェパーズがノックをすると、

中から20歳くらいの青年が出てきた。

「なんだい、シェパーズ。きちんと練習しているよ。ほら!」

そう言うと、持っていた錫杖を浮かせた。そして、ドヤ顔で錫杖を空中で一回転させると錫杖は天井に刺さった。

シェパーズは刺さった錫杖を抜き、青年に手渡して、

「とても成長しましたね。今度はもう少し広い場所で見せてください。」

と言った。

「はい…」

青年は恥ずかしそうに答えると、やっとアンデシムに気がついた。

「あれ!もしかして、昨日運び込まれたアンデシム君かい?恥ずかしいところを見られちゃったね。僕は、セラスス王国王子のベゴニア・ビンドウィード。ベゴニアでも王子でも好きに呼んでくれ。まだ、アームズリングの使い方は練習中でね。君も頑張ってね!」

ベゴニアは、少し照れくさそうににこやかに言った。

「今は何をしてるんだい?」

ベゴニアがシェパーズに問う。

「王宮内を案内しています。」

「昨日の火事からほぼ無傷で生還したとはいえ、あまり連れ回したら疲れてしまうよ。」

ベゴニアが指摘した。

アンデシムは、火事という言葉が頭に響いてきて気持ち悪くなってしまい、壁によりかかる。

「大丈夫かい?外の空気でも吸いに行こう。この子は僕に任せて、シェパーズはエイプ兄さんの様子でも見てきなよ。」

そう言うと、ベゴニアはアンデシムをおぶって庭へと向かった。

庭に出ると、きれいな草花が迎えてくれた。

「ふぅ。着いたよ。きれいだろぉ。ベンチでゆっくり休んで落ち着いたら部屋に戻ろう。」

ベゴニアは、アンデシムをベンチに座らせると自分も隣に座った。

「この辺り一面の花畑はね、シェパーズ達執事の皆が丁寧に育てるんだ。シェパーズは育てるのが好きだからね。僕もシェパーズに色々なことを教わってる。まだまだ国王って感じには程遠いけど、いつかは父さん達みたいに国民に慕われるような国王になりたいね。」

そうしてしばらく沈黙が流れた。

「もしよかったら、君のことも聞かせてくれないかい?アンデシム。どんなふうに育ってきてどんなふうになりたいのか。ゆっくりでいいよ。」

ベゴニアは、アンデシムの顔は見ずに目の前のバラを見ながら優しく聞いた。

「……僕はトリフォリウムレペンズのスラムに住んで…ました。…」

「うん。」

「…おばあちゃんと…弟と…妹と…暮らしてました…」

アンデシムは、流れる涙を止めることが出来なかった。家族にもう会えない。もう一緒に笑えない。その事実を受け止めるにはアンデシムは若すぎた。

ベゴニアはアンデシムの頭を撫でた。

撫でることしかできなかった。かける言葉が思いつかなかったから。自分とは全く違う世界で生きてきた人間の悲しみや痛みを拭える言葉も、包み込む手段も持ち合わせてはいなかった。その自分の未熟さが憎かった。

しばらくすると、アンデシムは寝てしまった。ベゴニアはアンデシムを部屋まで運び自分の部屋へと戻った。

それから2日後、エイプは目を覚ました。

エイプは、王宮から少し離れた使用人棟の1室で寝ていた。

足はまだ痛かったが立てないことはなかった。足を引きずりながら、使用人棟1階の出入り口に最も近い執事長室へ向かった。

コンコン

「エイプです。」

エイプはノックして中に呼びかけた。

「エイプ様やっとお目覚めになりましたか。お体は大丈夫ですか。お食事の準備を致しましょう。」

「ありがとうございます。その前になんで俺がここにいるのか教えて下さい。」

「そうですね。お食事の席でお話しましょう。ちなみに、アンデシム様は御無事で御座いますのでご安心下さい。」

「そうなんですね。良かった。」

「では、食堂でお待ち下さい。」

「ありがとうございます。」

エイプは、食堂へと向かった。

セラスス王国王宮では、敷地内に国王などが住む王宮とは別に使用人が暮らす使用人棟があり、使用人棟に使用人用の食堂や浴室がある。何時でも誰でも使ってもいいが片付けをきちんとしないと執事長に怒られる。また、ミーティングも兼ねて朝食と夕食は当直の使用人以外全員で食べることになっている。

「お待たせしました。朝食のあまりですがお召し上がりください。」

「ありがとうございます。」

「では、今までの状況をお話致します。」

「お願いします。」

「まず、トリフォリウムレペンズでの火災の日に路地裏で倒れているのをパン屋の方が見つけて下さり、こちらに連絡を下さりました。その連絡を受けて、王族掛かりつけの医師を派遣し診ていただきました。アンデシム様はほとんど外傷はなく、転んだときにできた擦り傷程度でした。しかしながら、おそらく初めてのアームズリングの開放を無意識にやったということで体力の消耗が激しかった為に医師の診察を受けてからも2日は目覚めませんでした。そして、エイプ様ですが全身に火傷を負っていて煙もだいぶ吸ってしまっていたようで、危険な状態でした。医師の先生もおっしゃっていましたが、大人がこれだけの火傷を負ったのに子供がほぼ無傷というのは信じられません。アンデシム様のアームズリングはとても強いかもしれませんね。」

「なるほど、ありがとうございました。確かに、アンデシムのアームズリングは最強の盾になるかもしれませんね。アンデシムと話がしたいんですが、どこにいますか。」

「おそらく、庭園にいらっしゃるでしょう。」

「分かりました。ありがとうございます。」

エイプが立ち上がろうとすると、

「こちらに車椅子を用意しましたので、お使い下さい。まだ、完治していないでしょうから。」

「ありがたく使わせてもらいます。」

エイプは車椅子に乗ると、庭園へと向かった。

庭園に着くと、ベンチに座ってボーッと虚空を眺めているアンデシムの姿があった。

「体は平気か?アンデシム。」

なるべく明るく、エイプは話しかけた。

「あ、エイプさん!目が覚めたんですね。僕はすっかり元気です。エイプさんこそ大丈夫ですか?」

「ああ、シェパーズさんは心配性だからな。車椅子なんて用意してくれたけど俺も元気だ。…ごめんな。お前だけしか助けられなくて。お前の家族も探したんだけどな。見つからなかった。」

「…」

アンデシムは黙ってうつむいている。

「お前はこれからどうしたいんだ?確かに家族は失ったけど、お前の命はここにある。きっと、目覚めてからここでの生活は今までとは全く違っただろう。飯も服も命も奪われる心配なんてない。奪う必要もない。それがここでの生活だ。ここで安心して生きていきたければ、ここで使用人にしてもらえるように訓練すればいい。お前から居場所も家族も奪ったトリフォリウムの連中に復讐したければそれでもいい。もしくは、こんなふうに誰かが死なない世の中にする為に平和の為に生きたっていい。新しい仲間探して、家族を作ったっていい。でもな、この世の中は奪われるのが当たり前だ。大切なものを守りたかったら、ときには相手の命を奪うことも必要になる。そのときに、忘れてはいけないことがある。その者も誰かの家族で、奪われれば泣く人がいるということ、今のお前と同じ悲しみや痛みを味わう人がいるということ、それを忘れちゃいけない。俺もお前と同じ悲しみ、痛みを味わった。それでも平和の為に、守りたいものの為に人を殺める。そういう道を俺は選んだ。」

「どうして…エイプさんは僕を助けてくれたの?そんなに火傷だらけになってまで…」

震える声でアンデシムはきいた。

「お前を助けたのは、お前が俺に似てたからだ。俺も今の国王様に拾われて、シェパーズさんや仲間に救われてきた命だ。いろんな人に救われてきた俺が、自分の救えそうな命を救わずにはいられなかった。ただそれだけだよ。だから、恩を感じる必要もないし、気を遣う必要もない。お前はお前の正しいと思う道を進め。」

エイプはアンデシムの頭を撫でると、使用人棟へ向かった。

アンデシムは自分の正しいと思う道を考えていた。


エイプが使用人棟に着くと、何やら食堂が騒がしかった。

覗いてみると、何やら女性の使用人達がとても楽しそうに何かを囲んでいた。

その円の中心には、見慣れた姿が座っていた。

「う〜ん。美味しいね〜。」

「ふふっメイさんご飯粒付いてますよ。」

使用人はメイの頬についた米粒を取り食べた。

「ありがと〜」

メイはいつものように笑っている。

「メイ!なんでここにいるんだ。」

エイプが集団をかき分けて言った。

「あ~、エイプ〜目〜覚めたんだね〜。よかった〜。シェパーズさんがね〜連れてきてくれたんだ〜。」

「いや、まぁお前が無事で何よりだ。」

エイプは、色々聞きたいことはあったが使用人たちの目が怖かったので早々に立ち去った。

「はぁ、こんなにかわいいメイ様と一緒に暮らしてるなんて羨ましいなぁ。」

「ほんとに、変わってほしいよね。」

などという言葉を背中越しに聴きながら、なんて世話好きな人達なんだと思った。

エイプは再びベッドで横になった。

辺りが夜闇に包まれた頃。

なかなか寝付けなかったベゴニアは、庭園のを散歩していた。すると、偶然にもメイに出会った。

「お〜、ベゴニア〜久しぶりだね〜」

風呂上がりのメイはいつもの調子でベゴニアに話しかけた。

すると、ベゴニアは顔を真っ赤にして

「お、お、お久しぶりです!メイさん!」

と、答えた。

「ハハッ、なんで赤くなってんの〜。ベゴニアもお風呂上がり〜?やっぱりここの花畑はきれいだからさ〜夜風をあびるついでに見に来たんだ〜」

メイは近くのベンチに腰掛けた。

ベゴニアも少し間を空けて隣に座った。

「ぼ、ぼ、僕は、な、なかなか眠れなくて、」

「そうなんだ〜。きれいだもんね〜。」

いまいち噛み合わない会話が夜闇と花畑の中へと消えていく。

今日は月がきれいだ。

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