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十三月の聖戦  作者: 宗谷雅近
第1章 出逢い
5/6

思い

静まりかえった夜の闇の中をエイプの乗る車の明かりだけが明るく照らしていた。

トリフォリウムレペンズのスラムが焼かれるということを知り、アンデシムを思い家を出た。

『トリフォリウムが焼かれるのは、今が深夜の2時だから明日の夜か。このまま行けば着くのは、明日の夕方4時頃だろう。ぎりぎり間に合うだろうが、アンデシムが心配だ。』

トリフォリウムレペンズでは、明日建国記念祭が催される。今年は、200年の節目の年である。

エイプは、トリフォリウムレペンズの出身でスラム街で育った。今では、そのスラムにボディガードを育成するための学校のような施設ができている。そこで育った子供たちをトリフォリウムレペンズの権力者たちが雇っている。当然雇ってもらえれば経済的に豊かになる。スラムの子供達にとってそれは夢のような事だ。そして、権力者にとっても強力なボディガードはなくてはならないものだ。したがって、権力者は金を使いボディガードを育てる。スラムの子供たちは、厳しい訓練を乗り越え経済力を手にする。そのWin-Winな関係が今のトリフォリウムレペンズを支えているのだ。


トリフォリウムレペンズは、もともと小さな集落だった。周辺海域の穏やかさから多くの船が停泊をしていくような場所だった為、様々な国の見たことも無いような食べ物や技術が集まっていた。そして、いつからかそれを周りに売るようになった。そして、国という看板があった方が円滑な取引ができる為、国を作った。その中心となったのが現在のホワイトダフニー商会であり、それ故にホワイトダフニー商会が最高の権力を持っている。


トリフォリウムレペンズのホワイトダフニー商会会議室には、多くの権力者たちが集まっていた。

時計の針が10時を指したとき、ホワイトダフニー商会の会長にして、この国の実質的な最高権力者であるブッシュクローバーが立ち上がった。

「本日は、朝から集まってくれてありがとう。いよいよ本日が建国記念祭の日となった。本日を持って、建国から201年目が始まる。美しく生まれ変わり、また新たな100年へと邁進していこうではないか。では、本日の流れを話してくれ。」

そして、静かに腰を下ろした。

すかさず、背後にいた補佐官が口を開いた。

「本日は街中で各会社ごとに屋台などが開かれます。売上金上位の会社には報酬も用意されておりますので、皆様全力で頑張ってください。また、他国からも多くの人が訪れることが予想されますので、テロなどを防ぐため入国審査を厳しく行ってください。国境付近の警備も厳重にお願い致します。そして、夜6時頃を目安に花火を打ち上げます。そこから、撤収の準備を初めて頂き、8時頃には完全撤収でお願いします。また、花火の最中に不発弾がスラム街に落ちますので、スラム街に人を近付けないようにお願い致します。スラム街周辺は、大変な混乱が予想されますがお客様の安全第一で各々迅速な対応をお願い致します。以上です。」

「本日は楽しもうではないか!それでは解散!」

ブッシュがそう言うと、会議室全体から拍手が起こった。


一方その頃、アンデシムはパン屋さんにいた。

アンデシムは、パン屋さんでパンを貰えるようになってから毎日朝早くにパン屋さんに行ってお店の窓や床を拭いたり、店の外をほうきではいたりしていた。そして、パン屋さんはそういったアンデシムの態度が気に入り、お店で余ったパンを毎日あげていたが、ピース・オブ・ピースにお金を請求する事はしなかった。

「いつもありがとね。毎日助かるよ。」

パン屋の奥さんは笑顔で言った。

「いえ、パンを頂いているお礼がしたくてやっているので気にしないで下さい。また、夜に来ますね。」

アンデシムは、照れくさそうにしながら笑うと頭を下げて、帰ろうとした。

「あ、ちょっと待って!これ、お駄賃だよ。今日は建国祭なんだろ?せっかくだからこれで楽しんでおいで、うちもそんなに余裕があるわけじゃないから少しだけだけど。」

そう言って、少しばかりの小銭をアンデシムに手渡した。

アンデシムは、とても驚いて少しの間固まっていたが、満面の笑みを浮かべると

「ありがとう!お祭り行ってみたかったんだ!」

と答えた。そして、走って帰っていった。

「夜には余ったパンもあげるからまた来てね。」

と、アンデシムの背中に叫ぶと、アンデシムは振り返って頭を下げてまた走り出した。

家に帰ると、おばあさんにパン屋さんからお駄賃を貰ったことを言ってからすぐに中心街へ向かった。

そして、中心街へ足を踏み入れようとしたとき、

「おい、待て少年。」

という声とともに、体が宙に浮いた。

「お前は、スラムの人間か?」

怖そうな筋肉質な男に抱え上げられながら聞かれた。

「は、はい。」

怯えながら答えると、男は優しく降ろしてくれた。

「そうか。今日はスラムの人間を入れるわけにはいかない。そういう命令だからな。そもそもお金は持ってるのか。」

男はよく見ると警備会社の制服を着ている。

ここを警備している人なんだろう。

「お金は持ってます。」

「そうか。ではみせてくれないか。」

男は全く信用していない様子で聞いた。

アンデシムが、ポケットに入れていたパン屋さんに貰った小銭を見せると男は驚いた。

「お前、まさかセラススの人間から盗んだのか。」

アンデシム、慌てて首を横に振ると答えた

「ち、違うよ!パン屋さんのお手伝いをして貰ったんだ!」

男はアンデシムの必死の目を見て納得して、

「わかった。じゃあ、少し待っててくれないか。俺が休憩の時間になったら、お祭りで売ってる綿菓子を買ってきてやるから。それを一緒に食べないか。街に入れることをできないけどそれで我慢してくれ。」

と、提案した。

アンデシムは、それでもとても嬉しくて大きくうなずくと、道の脇の木陰で待つことにした。

アンデシムは、しばらくして眠ってしまった。

「おい、少年起きろ。遅くなって悪かったな。」

男は、少し荒っぽくアンデシムを揺さぶり起こすと、2つ持っていたお祭りで買ってきた綿菓子を1つ渡した。

男が綿菓子を渡すと、初めて見る綿菓子をアンデシムはうっとりとしながら、しばらく見つめていた。そして、男が食べ始めると、それを真似して食べ始めた。一瞬で消えた甘いフワフワに驚き、

「雲って甘いんだ」

とつぶやくと、男は声を出して笑った。

「ハハハ!少年、それは雲じゃないぞ。飴だ。」

「あめ?そっか、見た目は雲なのにあめっていうだね。なんかちょっと変だね。」

アンデシムは、恥ずかしそうに笑って言った。

「確かに、雲なのに雨ってなんかおかしいな。」

そう言って男も笑った。

「何か、お前を見てたら思い出したよ。俺も子供の頃お祭りに行きたいって思ってたなぁ。俺もさ、お前と同じようにスラムの出身なんだよ。だから、子供の頃はお祭りなんて行けなかった。少し先に楽しそうな世界があるのに、俺の見ている世界は汚くて悲しくてこの国が大嫌いだった。見えない壁で隔てられたこの国が嫌いだった。でも、こうして警備員になって俺はこの国が好きなんだって気付いたんだ。見たこともないもので溢れたこの国が。こうやって子供を笑顔にできるもので溢れたこの国が俺は好きなんだよ。だから、こういう形でこの国の人々を守れる事はすごい楽しいんだ。」

男は綿菓子に夢中で全く話を聞いていないアンデシムの頭を撫でると、

「いつか、お前が大人になってこのお祭りを自分の目で見ることができるように俺もこの国を守っていくよ。」

と宣言した。

すると、ちょうど大きな音とともに花火が上がった。

「お、花火だな。一緒に見ていくか。」

と、男が聞くとアンデシムは、

「ううん。これなら、おばあちゃんと弟たちとも見れそうだから、戻る!」

と答えた。

男は、少し残念そうにしたがすぐに笑顔になり、

「そうか、家族がいるんだな。大事にするんだぞ。じゃあな!」

と言ってアンデシムを見送った。

『スラムまで戻ってたら花火終わっちまうかもしれねぇな。でも今年の花火は長いらしいからな。間に合うといいな。』

まだ少し赤さを残す空の中で、輝く花火がアンデシムの背中を急かすように照らしていた。


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