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十三月の聖戦  作者: 宗谷雅近
第1章 出逢い
4/6

休日

今日はゆっくりと本を読んで過ごそう。そう思いベッドから出たエイプは、顔を洗うと珈琲を淹れた。

休日のエイプは朝一番に珈琲を淹れる。しかも、一滴ずつ丁寧に時間をかけて。エイプにとって休日とは他の誰のことも考えなくていい至福の1日、そのため至福の一杯から始めるのが彼の流儀なのだ。

珈琲を淹れ、パンを焼き、その上に目玉焼きを乗せる。実にシンプルな朝食だ。

パンを食べ終えると、席を離れ食卓の近くで壁にピタリと付くように設置されたソファーに腰掛け、本を開いた。

パンを乗せたお皿もまだ洗わない。なぜなら、時間がもったいないからである。少しでも長く、窓から差し込むこの優しい朝日を浴びていたいのだ。そして、その中で本を読んでいたいのだ。もちろんこの至福の一杯の香りに包まれながら。

そして、エイプが珈琲を一口のみソファーの脇にある小さなテーブルにカップを置いたとき、エイプの至福のひとときは一瞬にして崩れ去ってしまった。

「ううー、苦しいー」

突然お尻の下から聞こえたうめき声に、エイプはあえて無視をした。

これに反応したとき、俺の休日が終わる。そう直感したからだ。

「苦しいー、死んじゃうー」

体をジタバタとさせ、何とかエイプの下から出てきたのはもちろんメイである。

どうやらクッションを抱きながらソファーで丸まっていたメイに気付かずに座ってしまったらしい。

「なぜ、ソファーで寝ているんだ。」

エイプは、もうすでに平常運転に戻っていた。

「え〜、なんでだっけ。まぁいいや眠いからベッドで寝てくるね〜。」

目をこすりながら、大きなあくびをするとメイは自室へと入っていった。

「え、あ、ああそうか。ゆっくり休めよ。」

エイプはすでにキッチンへと向かっていたが、朝ご飯を催促されなかったことに戸惑いつつも、ホッとした表情で答えた。

エイプは思いがけず戻ってきた至福に、喜びながらもう一度ソファーに座った。

そして、先程までメイの抱いていたクッションの下に紙の端が飛び出しているのが見えた。それを引き出して見てみると、それは小説の原稿のようだった。題名にはエアル伝説と書かれ、著者はメイと書かれている。

「…め、い?メイじゃないか!」

一瞬どういうことか理解できずフリーズしたあとで、メイがこのエアル伝説を書いたということが分かり、メイの部屋のドアを叩いた。

「おい!これなんだ!この小説はどうしたんだ!おいメイ出てこい!」

「ん〜?もうなに〜、うるさいな〜」

「これはどうしたんだ。よく見れば添削されたあともあるじゃないか。」

しばらく、ボーッとしていたメイだったが、思い出したように口を開いた。

「あ!そ~だ。それを取りに来るんだった。」

「取りに来る?誰が?」

「う〜んとね〜、担当の人が来るよ〜」

「な!?とりあえず起きろ。そして、詳しく話せ。」

「なるほど。エアルの伝記のようなものを残したかったのか。」

「そうだよ〜。今日で最後の打ち合わせなの~。」

「何でそんな大事なことを俺に話さなかったんだ!」

「言ってなかったっけ〜。」

メイはとぼけたように笑った。

「はぁー、それでその担当さんはいつ来るんだ?」

「う〜んとね〜、1時」

「1時!?あと、3時間しかないじゃないか」

「3時間もあるじゃ〜ん。」

「お前の準備は長いだろ!化粧するわけでもないのに!とりあえず風呂に入ってこい。その間に朝ごはん用意しとくから。」

「は〜い。」

よし、とりあえず朝ごはん作って片付けもしないとだな。せっかくの休日だったのになぁ。

「はぁー。」

ピンポーン

「あ、こんにちは。」

「失礼致します。わたくしはパウロウニア・トメントサと申します。」

シワ1つないスーツを纏ったメガネをかけたその女性は軽く頭を下げると名刺を差し出してきた。

「申し遅れました。自分はエイプと申します。申し訳御座いませんが、名刺を準備しておらず」

「いえ、もちろん存じ上げておりますからお気になさらず。」

エイプは名刺を受け取るとパウロウニアを中へと案内した。

「思ってたより広いんですね。」

「そうですね。もともとは13人で使っていましたから。今はだいぶ持て余してますけどね。」

リビングのドアを開けると、いつものダラダラした姿とは似ても似つかない姿のメイが食卓に座っていた。

髪は寝癖1つなくきれいに1つに結んであり、服装も小綺麗な灰色のカーディガンに白いシャツと長めの紺のスカートを履き白い靴下をきちんと履いている。

ただ、顔には薄っすらとよだれの跡がある。

「失礼致します。わたくしパウロウニア・トメントサと申します。」

と言ってパウロウニアさんはメイに名刺を差し出した。

メイは立ち上がるとお辞儀をして

「わざわざお越しいただきありがとうございます。わたくしメイと申します。」

そして、名刺を渡した。

おそらく、先程の俺のやり取りを聞いていたのだろう。急いでアームズリングで作ったに違いない。顔のよだれの跡が動かぬ証拠だ。

メイは、パウロウニアさんに自分の向かい側の席に座るように促すと原稿を渡した。

それを見て、エイプはソファーに腰掛けた。

メイは、いつもはダラダラしているが1度スイッチが入るとこのようなきちんとした人間になる。この状態のメイは喋り方もいつものダラダラしたものではなくなる。

しばらく話したあとでメイは「直してきます。」と言って自室に入ってしまった。

数秒の沈黙に気まずさを感じたとき、パウロウニアさんが

「最初にメイさんから電話をもらったときは驚いたんです。私実はピース・オブ・ピースのこと大好きで、今こうして私が仕事ができてるのもピース・オブ・ピースの皆さんのおかげだと思って感謝しているんです。」

と言った。

「そうなんですね。もう、事実上の解散になってから5年経ちますからそう言ってくれる人がいることはとても嬉しいです。今はもうこの国の平和しか守れませんが、それだけはこれからも守ってみせますよ。」

「はい。この本を少しでも多くの人に広めていくことで私も微力ながら協力させていただきます。」

そして、今度は長い沈黙が流れた。

「あ、そういえば知ってますか?近々トリフォリウムレペンズでスラムを燃やす計画があるらしいですよ。トリフォリウ厶にとっては唯一の汚点とも言えますからね。私はさすがにやり過ぎだと思いますが。」

話すことが本当に無かったんだろう。今までと全く違う話だった。

しかし、エイプにとっては衝撃的な話だった。

「そ、そうなんですか。いつ頃の話ですか。」

エイプは動揺を隠せないまま聞いていた。

「いや、すいません。そこまで詳しくは分かりません。あくまで噂程度のものですから。」

パウロウニアさんはエイプの反応に驚いたようで、やや引きつった笑顔で答えた。

そう言っているうちに、メイが出てきた。

「こんな感じでいいですかね。」

パウロウニアさんはすごいスピードで原稿に目を通すと

「素晴らしいと思います。ありがとうございました。」

と言って深く頭を下げた。

「こちらこそありがとうございました。文章を書くなんて初めてだったので心配でしたがパウロウニアさんのおかげでいいものが書けたと思います。」

「いえ、とても文才があると思いますよ。どんどん先が読みたくなるワクワクするようなそんな文章でした。私も読んでて楽しかったです。」

メイは頬を少し紅くして照れているようだった。

「それでは、私はこれで失礼致します。」

パウロウニアさんは立ち上がり深く礼をして帰っていった。

エイプはその間パウロウニアさんの口にしたトリフォリウムレペンズの噂が頭から離れなかった。

そして、すぐにシェパーズさんに電話をかけた。

「はい。こちら王宮執事、執事長のシェパーズで御座います。」

「あの、シェパーズさんトリフォリウムレペンズがスラムを燃やそうとしているという噂を耳にしたんですが本当ですか。」

「ふむ。左様でございますか。その噂は本当ですよ。トリフォリウムレペンズからは近づかないように注意勧告が来ております。期日は2日後のトリフォリウムレペンズの建国記念祭の日です。」

「ありがとうございます。」

「もしや、止めに行こうとしておられますか。他国の問題にあまり関わってはいけません。わたくしも非道な行為であるとは思いますが、止めに行けば我が国とトリフォリウムレペンズとの関係が悪化するかもしれません。そのため、苦しいですが見て見ぬふりをするのです。それは、ピース・オブ・ピースのあなたとて同じことです。この国のためを思うなら止めることはやめておきなさい。」

珍しく、シェパーズさんが強く言った。

「もちろんです。止めに行こうとは思っておりません。それにあと2日では止めることもできないでしょう。貴重な情報をありがとうございました。」

「無茶だけはしないように祈っておりますよ。では、失礼致します。」

エイプは電話を切るとしばらくの間アンデシムのことを考えていた。

そして、ふとメイを見てみると疲れたのか、もう寝てしまっていた。

食卓に突っ伏して寝ているメイをベッドまで運び布団をかけたあとで、5日分のご飯を作って冷凍庫に入れた。

そして、自らの身支度を終えると冷たい夜空のもとトリフォリウムレペンズへと、アンデシムのもとへと向かった。

机には「起きたらまず服を着替えて着ていたものをハンガーに掛けること。冷凍庫に5日分の朝昼晩ご飯が入っているので計画的に食べること。あと、火傷に効く薬を作っておいて欲しい。」

という書き置きだけが残されていた。

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