第一話
突然だが、皆様は転生というものを以下略。
別に略したって良いよネ!
どうせなろうにいる以上は皆知ってるだろうし。これで「勿論知ってるよ!仏教の概念の一つで〜」とか言われたら右ストレート。んな真面目な話は望んでないのだよワトソン君。ほのぼのに行こうぜ、シリアスはナシの方向で。妥協案としてシリアルを出してあげよう。
美味しいよね、シリアルって。
…………とまあ、こんな感じで初っ端から頭のおかしな回想を続けているのには理由があり。それはこれを読んでる皆様が普通に想像できることで。
…………オーケイ、シンプルに行こう。
――――俺氏、異世界にINしました。
***
…………そう、あれは深深と雪が降り積もる冬の日だったか。それとも月の光が届かない冬の夜だったか。もしかしたら暑い暑いカップル様とは対象的な寒さに身を震わせた極寒の冬だったか。はたまたそのすべてか?
いずれにせよ、冬だということは覚えている。雪は冷たかった。寒い夜だった。だけどそのぶん、背中から流れる血の暖かさが身に染みた。
朝バイトからの高校からの深夜バイトという準社畜コースを終えて疲労困憊となった俺は、帰り道にある店を冷やかすこともなく帰路へと着いていた。
もうすぐ家に着く時だ。明日も早くからバイトがあるためすぐ寝なきゃいけない。そう考えていると突然後ろから衝撃が走り、俺は路上の雪へと倒れ伏した。厚く積もった雪と暑いベーゼを交わした俺だが、きっと誰かの靴の裏の味だろうそれを味わう余裕なんてない。背中から走る激痛に思考の大半を支配され、残った部分も漠然と「刺されたのか……!?」という驚愕から脱しきれなかった。
一体誰が……?
感覚が麻痺したのか、痛みも感じなくなってきて、思考する余裕も生まれてくる。それをいい事にゆっくりと後方を振り返ると、そこにいたのは返り血で手に持つ包丁と服を赤く染めた、大学生くらいの女の姿だった。
女は狂ったような哄笑を上げて俺へと話しかける。
「アンタが悪いのよ!アタシを捨ててあんな雌豚に靡いたアンタがっ!
アタシの何が悪いっていうの!?才能はあるし美貌も!お金だってある!!なら何が足りないの!?胸!?若さ!?あんな脳足りんな乳臭いガキに劣るところなんてそれ以外ないじゃない!!
冥土の土産に教えなさ――――え、アンタ誰?」
…………勘違いです。
そんな言葉を発することすら出来ず、俺の意識は消失し――転生した。
***
今思い返しても酷い死に様だった。まさか勘違いで死ぬハメになるとは…………しかも痴情の縺れで。男側出てこい、ちょっと殴らせろ。あの女普通に美人だったぞ、性格はノーセンキューだが。
ま、そんなこんなで転生わず。
ファンタジーな世界観で、蟷螂族で魔人とかいう種族らしい。
それを知った俺は歓喜した。軽いオタク気質で現代日本のサブカルにも知識はあった俺は、努力を重ねればマンガやアニメのキャラクターみたいになれるのではないかと思い、幼いながらに無茶を重ねたものだ。
そう、無茶を。
何しろここはファンタジー。前世の世界とは法則からして異なっている、明らかに頭おかしい鍛錬が実を結ぶ世界だ。だから『いかに効率的か』よりも『いかに無茶をするか』に重点を置いて鍛錬を重ねた。
無理無茶無謀に関しては慣れている。何しろ前世は高校に加えて週7朝&深夜バイトを掛け持ちして、あと趣味も追求して徹夜が当たり前だった準社畜(自業自得)である。方向性の違いこそあれど、継続という点では一日の長がある。
そんなこんなで、転生してからおよそ五年もの月日が流れようとしていた。
「お、まーた今日もやってんのか。相変わらずマメなこって」
「あ、サク兄。そう言うアンタは今日もサボりか。草葉の陰で父親が泣いてんぞ?」
「いやヒイロ、お前知ってんだろ?ウチの親父とかとっくに死んでっから、草葉の陰とかありえねーし。俺ん中で生きてるけど」
「親父の意志は受け継がれてるってヤツ?おー、嫌いじゃないぞその考え」
「いや物理的に……あー、ま、いっか」
彼の名前はサク兄、もといサクリス。
蟷螂族の里にある俺ん家の近所に住む一回り歳上の兄のような存在で、いつも仕事をサボってるクセに色んなことに造詣が深い。俺が持つこの世界の知識は殆どが彼の由来である。
あとイケメン。
男にしては長めの金髪を後ろで人束に括り、整いながらも程よく野性味を宿す顔立ちが特徴的。釣り上がった目尻に覗く瞳は翡翠を宿している。
そう、イケメンなのだ。大事なので二度言った。爆ぜればいいのに。
あ、転生後の俺の名前はヒイロと言います。黒髪黒瞳でクラスの上から三番目くらいの微イケメンだ。どうでもいいけど前世と大差なかった。魂に刻まれた形、か……イケメンに生まれたかったです。
「……てか、親父がいねーのは俺もなんだけどな。つかこの里大人の男自体少なくね?俺ら子供世代と比べて比率がおかしいっつーか。戦いに駆り出されたって話は聞かねぇし」
「え、いやお前それを聞くか……?
蟷螂族の男はヤレる歳になりゃ大体死ぬしなー。この里で生きてれる大人の男ってのは魔法使いだけだぞ。それも非常事態には狩り出されるしな。魔法使いじゃないのに長生きしてたヤリオの奴も、最近普通に逝っちまったかんな。まったく、男ってのは肩身が狭ぇよ」
やれやれ、と肩を竦めるサク兄。
さすがなんでも知ってるサクえもん。ヤレる年齢で死ぬ、など色々不穏な話に疑問に思う点はあったものの、とりあえず俺は一番の疑問を口にする。
「魔法使い!ってことは魔法あんじゃねぇか!さすがファンタジー!!
サク兄知ってる!?使える!?」
「なんで魔法が?魔法使いっつーのは…………ま、いいけどよ。
使えるぜ?魔法だろ、ホラ」
実演してくれる、ということで期待と共にサク兄を見つめる俺。サク兄はその視線に居心地悪そうにするが、やがて溜息を吐いて「燃えろ」と呟いた。
掌に小さな炎の球が表れた。
…………以上。え?
「これだけ?ショボくね?」
「まー蟷螂族はあんま魔力にゃ恵まれてねー種族だからな。初級魔法使えるだけでも重宝されんぞ」
「えー、なんか拍子抜けだわ。もっとド派手なモン決めたいってかそんな感じ」
「これでも視界眩ませたり本能的な恐怖誘ったりで逃げるには便利なんだぜ?
鍛えりゃこれ以上も出せるかもな。知らんけど。そこは俺の管轄外だ」
「そこは教えてくれよサクえもん。知識ならなんでも出てくるんだろ?」
「なんでもじゃなくて、知ってることだけな?俺の知識だって限界はある――ま、知ってんだがな!」
「さすおに!信じてたぜサク兄!さあ
俺に俺TUEEEEの基礎を伝授するのだ……!」
「ネタにはまったく付いてけねぇけど、俺お前のテンション結構好きだわ」
大丈夫、アンタ結構ネタ出してきてるから。
その後、ひとしきりサク兄先生の講義を受けてから残りの鍛錬を済ませ、帰路に着いた。
***
「……んと、魔力は魔力量と魔力質に分かれていて、量に関してはそのまま内容量で、質ってのは純度みたいなもんか。
魔力質が高けりゃ消費魔力が減るし威力も高まるけど、その程度はそう大したモノにはなんない。で、魔力量が大きけりゃ単純に多くの魔法撃てるし必要以上の魔力注ぎ込むことで威力をデカくすることもできると――それも極めて大きな範囲で。
魔力量が大きければ大体なんとかなるから魔力質は軽視されがち。てかされてる。
…………俺のなろう脳がこの魔力質を鍛えれば凄く役に立つと囁いている。軽視されてるけど重要な要素といういかにもなワードにビクンビクンと反応してやがるぜ……!
で、魔法には五段階六属性がある。
初級魔法、中級魔法、上級魔法、超級魔法の五段階。
その各段階に、火水風土の基本四属性に、光と闇の特殊二属性がある、と。
はいはいテンプレ乙ー」
「ヒイロー!なーにやってんの、そんなぶつくさ呟いて。欲求不満?食べたげよっか?」
「うわぁっ!!?
…………なんだ、ミィルか。驚かせんなよ、マジでビビったからな」
あははーごめんごめん。と後頭部に手を当てて謝罪する彼女の名前はミィル。俺とは同世代に生まれてきた、いわば幼馴染だ。
ショートカットにした茶色の髪に、目尻の垂れたアメジストを思わせる紫の瞳。幼いものの、将来の美貌を伺わせる可愛らしい顔立ちだ。俺がクラスで三番目なら、彼女は学校のマドンナである。格差が著しい。
「で、結局なにやってんの――って、実は独り言聞いてたんだけどね。
ふふっ、魔法かぁ……もしかしてヒイロって、魔導師になりたいの?」
バカな、独り言を聞かれていた、だと………!?
それを聞いて、あんな変なこと言っても変わらずに接してくれるミィルの優しさに全俺が泣いた。傍から見たら完全危ない奴だったよな俺。なろう脳ってなんだよ……サク兄がネタ放り込んで来てくれるから緩んでいたが、前世の記憶云々はただただヤバい奴でしかない。
そんな事を考えていると、暫くの間返答を保留していたことに気付く。ミィルが首を傾げていた。
可愛い子がそれやるとホント可愛いんだよなぁ……男がやれば殺意を抱くが。男の娘ならまだ許せる。
……っと、また返答が滞ってた。
たしか、魔導師になりたいか、だっけ?聞き慣れない言葉だが、どうせ魔法使いと=って認識でオッケーだろ。なら返答は一択だな。
「ま、そーなるな。若いままに死にたきゃねぇし。万が一襲われた時には自分で自分を守らなきゃいけねぇしな」
「そっか………へぇ、そうなんだ。死にたくない、守らなきゃ、かぁ」
「ん?どうかしたか?」
一瞬不穏な雰囲気を纏ったミィルだが、確認してみるとすぐに元通りの元気な姿に戻る。
そして朗らかな笑みをこちらに向けて話しかけた。
「なんでもないよ。そうだヒイロ、何食べたい?今ならなんと!ミィルちゃんが手料理を作ってしんぜよー!」
「お、おお?その……色々大丈夫なのか?体格とか、腕力とか」
「大丈夫大丈夫!ママからは『女は料理の腕を磨くべき。調理する苦労があるから食べた時の味も遥かに美味しくなる』って言ってたし。
だから、その……私の料理に、付き合ってくれないかな?」
不安気な眼差しでこちらを見つめるミィル。美幼女から潤んだ瞳+上目遣いで見られるとこっちの精神が持たない。
……まあ、危険な所っつっても、俺が手助けすれば良いしな。一応前世では飲食店のバイトもやってたし、問題はないだろ。たぶん。
俺がコクリと頷くと、ミィルは花開いたような笑顔を浮かべた。
「やったぁ!じゃ、さっそくお料理しよ?まずは練習からね。
そうだ。ちなみにヒイロは、お肉は焼くのと煮るのと生だとどれがいい?私は生なんだけど……」
「ん……まー、年齢と共に変わるかもしんないけど、今は焼くのが良いな」
「じゃあ、今日はシンプルに焼肉だね。ヒイロ、行こっ!」
蟷螂族は男よりも女の方が単純な力は強い。そのため引っ張られると真正面からは逆らえないが――まあ、逆らう必要もないし。
そして俺は、ミィルに手を引かれて走り出した。
これが俺の異世界生活。
なんか思ってたよりもほのぼので、とても充実している毎日だ。