言葉のない魔法3
魔法の組み立てというのは、詠唱であっても術式であってもあまり変わらない。
こう書けば魔力がこう動く、のと同様に、こう唱えれば魔力が決まったように動く。
俺が紙にペンを走らせていると、ずいっと、アロが覗き込むように俺の横から顔を出す。
「ん、よく考えたら僕、普通の魔法の作り方は知らなかったです」
「ああ、教えたことなかったな。おおよそは変わらない。単語によって動き方が決まっているから、それの組み合わせることで魔法が発動するようにするだけだ」
「……んぅ、普段話してる言葉とは違うんですか? なんて言うか、何かの拍子に詠唱として成り立っている言葉を発してしまって魔法が暴発……みたいなこと起きたりは」
「符術の術式でも、発動する魔力がなければ発動しないだろ。一般的な人間なら気にする必要はない。ニムのように魔力が溢れているやつでも、詠唱が成り立っていたら勝手に魔力が動くから途中で止めれるだろうしな。まぁ、日常会話で詠唱になったというのは聞いたことがないが」
アロが俺から離れる様子がないので、別の椅子を取ってアロの近くに置く。彼女はそれに座ってから位置取りが気に入らなかったのか、一度椅子から降りてピタリと俺の座っている椅子にくっつけてから座り直す。
えへへ、と惚けた笑みを浮かべるアロの頭を軽く撫で、ペンを握りなおす。
着ている服が擦れるほど近くにいて、少し集中しづらいが、不快というわけでもない。
アロの胸が腕に触れそうで触れない。たまたま当たってしまいそうなほどに近いけれど、決して当たることがない。
「……そう言えば、原初の魔法って知っているか?」
「んぅ……? えっと、神様が教えてくれたんでしたよね」
昨夜、アロの胸を触ってしまったせいか異様に気になってしまう。こんなに小さな身体で幼いのに、それでも胸には薄らと女性らしい膨らみがあり、微かに肉があって柔らかかった。
子供ではあるけれど、確かに女性であることが分かってしまう。
そんな考えをごまかすために、ペンを動かしながら口を開く。
「ああ、この国の宗教では、魔物に怯えていた人々を救うために神が教えた、というのが主説だな。なら、信託の勇者は?」
「ツヴァイさんですか? んと、魔物から守るために神様から力を与えられた勇者様ですね。 ……似てますね」
「ああ、ツヴァイは神話のような存在ということになるんだが、実際のところ、どうだと思う?」
「んぅ……知り合いがそうと言われたらムズムズしますけど、実際、すごいことしてますよね。普通手で触れなければ回復出来ない神法……治癒魔法を辺り一面に撒くのって」
「そもそも、いくら溜め込んでいたとしても食事で取れる魔力量を遥かに超えているからな。神法という得体の知れないものではなく、魔法なら尚更道理に合わない」
どこからか魔力が流れてきている、そう考えるのが自然だろうが……そんな大きな魔力が動いていれば、当然俺や、他の魔力感知に優れたやつは気がつくだろう。
「……魔力がツヴァイさんから湧き出ている?」
「それを言ったらニムもなんだけどな。あの二人の勇者は……自ら魔力を生み出している可能性がある」
アロの胸に目を向ける。俺の方が背があるので上から見ることになるが、服はキッチリと着られていて、隙間から胸元の肌が見えるということはない。
「……原初の魔法使い?」
「その可能性がある。勇者とは、自ら多くの魔力を生み出すことが出来るものである。とでも言えばいいのか」
「むう、分かるような、分からないような、です。でも、そうだとして、何か今までと違うことがありますか?」
「神が直接ニムに力を与えているのだとしたら、頼んだら別の人に移してくれたりしないかと」
「……へ?」
惚けた顔をしたアロに続ける。
「ニムは別に技術的に優れているわけでも、精神的に特別ってわけでもないからな。身体能力や魔力が後付けされたものなのだとしたら、付け足した神に頼み込んで別のやつ……例えばソドエクスなんかに移してもらえたら、ニムは解放されるだろ?」
「……む、むちゃくちゃ言ってません?」
「まぁ、荒唐無稽な話ではあるが……可能であれば手っ取り早いだろ。ツヴァイ辺りに相談してみる価値はあるだろう。神託があるということは、少なくとも連絡は取れて言葉が通じるわけだしな」
「れ、連絡って……ちょっと不敬ですよ。 めっ」
アロに叱られ、仕方なく軽く頭を下げる。
書いていた詠唱も簡単な草案が出来たので、軽く纏めてみる。
「……これが新しい魔法ですか? 案外呆気なく出来るんですね」
「いや、発動はするが、消費魔力が大きい割には威力は低いだろうな。最適化されている今の魔法の五倍ぐらいの魔力を使ってやっとトントンってところか」
「……魔力無駄になりすぎじゃないです?」
「それだけ一般的に使われている魔法が良く出来ているってことだ。よく出来ている魔法をみんな使うようになるから当たり前だけどな」
アロは俺の視線に気がついたのか、サッと手で胸元を隠しながら赤くなった顔で俺を見る。
「……ん、ベルクさんって、僕のことを子供扱いするのに……こういうの見ようとしますよね」
「悪い」
「……素直に見たいって言ったらいいのに、です」
「……見たい」
「まぁ見せるとは言ってないですけど」
俺がプライドを曲げて言ったというのに、呆気なく拒絶される。
アロに慰められるように頭を撫でられていると、洗い物を終えたらしいシチが髪を揺らしながらひょっこりと顔を出す。
「あっ、仲良いね二人とも。今日はどうする感じなの?」
「とりあえず、アロと二人で俺を雇っている奴のところに顔を出して来ようかと思っている。そのあとは賞金首を探すのと、時間があればアロの衣服などの日用品の購入ってところだな」
「あー、私も色々買い物したかったけど、デートのお邪魔したら悪いよね」
アロに目を向けると、こくりと小さく頷いた。
「よく分からない連中に狙われているのに一人で出歩かせるわけにもいかないから別にいいぞ」
「えっ、でもお邪魔じゃない?」
「そんなことを言っていたらいつまでも何も買えないだろ。とりあえず少ししたら出るから、買う物を決めて休んでろ」
「じゃあ、邪魔しないようにしながら一緒にいるね」
「そんな気を使っていただかなくても……。そもそも、人の目があるところでひっついたりは出来ないですから。あっ、そ、その、ベルクさんを取らないでいてくれるなら大丈夫です」
おどおどと焦った様子のアロに、シチはニコリと微笑みかける。
「取らない取らない。掃除して待ってるね」
「ん、はい。あ、朝ごはんとても美味しかったです。ありがとうございます」
「いいよいいよ。居候だしこれぐらいはね。アロちゃんが色々してくれてるから、一人暮らししてたときよりもだいぶ楽だし」
アロはぺたりと俺に張り付きながら頭を下げる。
「じゃ、じゃあ、僕たちはちょっと部屋で休んでから出るので、その、シチさんも休日なんですから休んでくださいね」
「はーい、もう喧嘩しちゃダメだよー」
「あ、あれは喧嘩をしていたわけではなくって……ん、んぅ、気にしないでください」
アロに引っ張られて部屋を移動する。
こんな小さな子を相手に緊張するのはどうかと思ったが、どうしても、心臓が早く動いてしまう。




