言葉のない魔法2
目を開けても何も見えない。 目覚めたばかりの寝ぼけた頭で、とりあえず周りを探ろうと考え、適当に手で近くの物を弄る。
柔らかな感触。 布越しに感じるむにっとした張りと柔らかさの混じった何か。 暖かく、撫でているだけで気分がいい。
「ん、んぅっ」
何かを耐えるようなアロの声。柔らかな何かが二つあることに気がついてその間に指をなぞらせ……びくっと、俺にくっついていたアロが震えた。
「べ、ベルクさんっ! そ、そこ、お、お尻ですっ!」
ゆっくりと指を離し、後ろに下がりながら目を開けると、アロの薄い胸が見えた。 どうやら、あのまま眠ってしまっていたらしい。
「……おはよう」
「おはようございます。 ……ご、誤魔化されませんからね」
「……悪い」
顔を赤くして怒るアロから目を逸らす。
……俺は、あまりにどうしようもない。寝るときは離れるとか、頼りになる男を目指すとか、色々考えていたのに、すぐに不安に流されてアロの優しさに甘えてしまう。
年下の少女に頭を撫でられないと眠れないなんて、情けないにもほどがあるだろう。
そう思っていると、またアロに頭を撫でられる。
小さな手の暖かさが嫌に心地いい。 俺には母の記憶はないけれど、もしもいたら、こんな風に、アロのように優しく暖かかったのだろうか。
ぎゅっと抱きしめられ、なされるがままにアロの薄い胸に埋まる。
「えへへ、好きですよ」
「……ああ」
きっと、アロの母は彼女にこうしてやっていたのだろう。情けない格好だけれど、アロがそれを喜ぶなら……。 そう思って、彼女の手を受け入れる。
俺の額にかかった髪を手で持ち上げて、アロはそこに唇を触れさせる。 柔らかく湿った感触を感じた。
顔をあげると、柔らかく微笑んだアロが見え、また唇が俺に近づいて、俺の唇と触れ合う。
少ししてから唇を離す。 アロを見る俺の目はただ優しく、その甘さから逃れられそうにはないと思った。
「……なんで、そんなに恥ずかしそうにしてるんです? いつも、ちゅーしてるのに」
「……今は、必要がないからな」
意識のない少女に無理矢理食わすためでも、魔力の補充のためでもない。
ただの恋人や夫婦同士の睦みあい、アロの言葉を借りればいちゃいちゃしているだけ。
なけなしの名目も失われれば、ただ俺がアロに恋慕の情を抱いているということだけが残る。
「ベルクさん……」
今更だった。 そんなこと、とうの昔には気づいていて、守るやら何やらと隠していただけだ。
不安そうにしていたアロの唇を奪うように口つける。 襲うように舌先を唇の隙間にねじ込み、無理矢理にアロの小さな口内に舌を入れていく。
幼い少女の抵抗は少しずつ減っていき、舌先同士が触れ合うと、絡ませるようにアロからも舌が伸ばされる。
互いの唾液を混ぜるように舌を動かす。 身体の大きさの違いは舌にもあり、アロのものは俺よりも小さく、不思議と俺のものよりも柔らかい。
興奮と支配欲。
口を離してアロの身体をベッドに押し倒す。 乱雑さすらある動きだったが、アロは俺から逃げようとすることなく、俺の手がアロの身体を押さえつけても抵抗をしない。
口同士を繋いでいた白い唾液の糸がぷつりと途切れる。 もう一度口付けをしようとアロに顔を近づけて……。
「おはよー。 ご飯用意しましたよー。 ……あっ、えっ、な、何して!?」
「し、シチさん!? そ、その、これは……夫婦でのアレというか、あの」
焦ったアロの身体をゆっくりと離し、苛立ちを覚えながらシチに目を向ける。
「……分かった。 食うか」
「えっ……あっ……うん。 け、喧嘩してたとかじゃないよね?」
「……するわけないだろ」
俺とアロの年齢差だと、むしろそういう風に見られるのか。
アロに対して手を出すはずはないだろ。と思うが、そんなこと、シチが知っているはずもないか。
シチに目撃されたことで顔を赤くしているアロが、俺の手を引く。
「ご、ご飯食べたら、つ、続きして、ください……ね? その、シチさんも今日はお休みで、送らなくて大丈夫なので」
「……いや、今日もやることが…………分かった」
アロは軽く身支度をしただけで、服も着替えずに食卓に着く。
シチが作ってくれていた料理は、あり合わせのものを焼いただけだが、充分にありがたい。
若干気まずい中、パクパクと急いで朝ごはんを食べているアロを見る。
頰に付いた食べカスを拭ってやる。 アロの頰は柔らかく子供のようだ。いや、実際子供か。
ニムにもこうやってしてやったことがあったな。 そう思っていると、アロが不満げに口を尖らせる。
「……ニムさんのことを考えてます?」
「いや……その……まぁ、少し」
何故バレたのか。 アロは不満そうに「ふんっ」と言いながらそっぽを向く。
「悪い」
「……浮気者」
「いや、こうしてやったこともあるなって思い出しただけだ。 ……なんでニムのことを考えていたと分かったんだ?」
アロは口の周りを拭いてから、目だけ俺の方を見る。
「ベルクさんが、好きだからです」
「理由になってないだろ」
「なってます。 ……ニムさんとベルクさんって同い年ですよね?」
「ああ」
「なのに、こんな風にしてたんです?」
食べ終えた食器を運び、洗おうとするとシチに止められる。
「あっ、私するから座ってて。お世話になってるんだからこれぐらいするよ」
「そうか? 悪いな」
朝食後はアロとべたべたと接する約束ではあったが、シチに全て任せて部屋にこもります、とは言いにくい。
アロの研究成果を片手で見ながら、もう片方の手はアロに好きなように触らせておく。
相変わらず、俺とは考えることに違いがあり、新鮮だ。
アロの作る符術はどれも複雑な作りで、ごく稀な状況で非常に効果的なものが多い。
あと、要求する素材の質が高すぎて作るのがそもそも無理な物が大半だ。 少なくとも中級中位程度、物によっては上級の魔物の素材でなければ無理だろう。
ツヴァイにもらった金があれば、中級の魔物の素材ぐらいなら手に入るかもしれない。 上級の魔物は金があっても市場にないので買えないだろう。
「……この、重ね符術ってのはなんだ?」
「んぅ……まだ草案でしかないんですけど、複数枚の札を重ねて発動させる符術を作ろうかなって。 【何の属性】を【どんな風】に【どこで】を別々の札で表して」
「意味あるか?」
「日用品には使えるかなぁって」
「あー、そうだな。 戦いに使えるかどうかだけ考えていた」
どこで札を発動させるかの札を探している内に何枚の札を投げて発動出来るのか、と考えていたが、あまり早さが必要じゃない日用品になら便利か。
……いや、これ、戦いにも使えるか。 ほとんど発想だけ流用するだけだが。
少し考えて頷く。
「……使えるな」
「戦うための符術にですか?」
「いや、魔法にだ。 そういう風に分解して組み合わせる形で使えば、術式や詠唱の無駄は増えるが、後から使う魔法を選べるのがいい」
例えば【炎の槍が飛ぶ】魔法と【氷の槍が飛ぶ】魔法があったとして【槍】と【飛ぶ】の詠唱を同一のものにして、最後の一節の詠唱でどちらの属性か選べるようにすれば、取れる選択肢が増える。
もちろん、最適化された現在の魔法よりも効率や威力は下がるだろうが、それを補うだけの価値もあるかもしれない。
「……ニムさん用にですか?」
「まぁ、俺は魔法を使えないからそうなるな」
「……僕が考えたのを、他の女の人に貢ぐんですか」
「……そういうなよ」
ヒモという言葉がちらつく。 俺はヒモじゃない。 働いて金をもらっているんだ。 そう思うが、アロのじとりとした目線から逃がれることが出来ない。




