言葉のない魔法1
「……ベルクさん、その、遺跡に行くんですか?」
「ああ、行くことにはいくつもりだが……。 色々と気にかけなければいけないことが多いから、すぐにとはいかないな」
時間としてもそこまで急ぐ必要もない。
まずは目先のことを終わらせる必要がある。特に……流石にシチを連れて歩くわけにはいかないので、彼女のことは解決しなければならないだろう。
様々なことの資金としてまとまった金をツヴァイから受け取り、一度家に戻る。
よく考えると、久しぶりのマトモな収入である。
「……とりあえず、アロの服を買うか。 旅とかで結構ボロくなっただろ」
「んぅ……そういうためにもらったのではないのではないでしょうか?」
「生活費も兼ねてるだろ。 ツヴァイとしても、別の仕事をするのよりか、金を出しても自分の手伝いをしてほしいだろうしな」
これでヒモを卒業出来る。
散々ヒモ扱いされていたが、晴れてアロを養うことが出来るのだ。
ヒモのことを考えていると、レイのことを思い出す。 アロも似たようなことを考えていたのか、俺に可愛い目を向けた。
「そういえば、レイさん来ないですね。 森も温泉に変わったのに」
「……そうだな」
確か、レイはドサクサに紛れて死んでいた。 あの時は必死だったので、生死の確認はしていないが……あれは多分死んでいたよな。
……いや、よく考えたら吸血鬼が死ぬ場合、ああして遺体が残るのはおかしい気もする。
吸血鬼は魔力があればあるだけ、自身に治癒魔法を使う。 そのため、死ぬ時は魔力の欠乏によって、符術を使った後の札のように朽ちるはずだ。
……まぁ、あの状況ならまだ生きていてもすぐに死んでしまうか。 この家にまだ来ていないことが死んでいる証左である。
「……残念そうですね」
そんなことを考えていると、アロはじとりとした目で俺を睨む。
アロはレイの遺体(仮)を見ていないので、俺が浮気を覚えたように感じたのだろう。
流石に「アイツは死んだ」とは言いにくいため、何と言い訳しようか考える。
家の中に入り、軽く武装を解いて椅子に座り、アロの淹れた茶に口を付ける。
「……レイさん、僕と若干被ってるところがありますもんね」
アロの言葉に身体が硬直する。 言っている意味が分からない。
レイは金髪に赤い目。 背も高く身体も成熟した女性だ。
一方アロは黒髪に黒い目。 背は低く、身体も幼い少女である。
もしかしてアロは早く大人になろうと考えるがあまりに、現実と想像の区別が出来なくなってしまっているのではないだろうか。
俺の心配をよそに、アロは続ける。
「包容力のある、お姉さんみたいなところがです」
アロの胸を見る。 小さく可愛らしい。
決して、アロに魅力がないわけではない。 優しいところや、可愛らしいところ、甘えてくるところ、どんなところも愛おしいが……レイと似てはいない。
包容力もお姉さんっぽさもない。
「……何ですか、その目は」
「……いや、別に」
「夜はあんなに甘えてくるのに、まったく、失礼です」
「……いや、甘えてはいないだろ」
アロは呆れたように俺を見る。
「寝てるときとか、僕が離れたら必死に抱っこしようとするじゃないですか」
「……そんなことしてないだろ」
「してます。 それにベルクさんが寝ぼけてないときも、頭なでなでしてあげてます。 ちゅーもしてあげてます。 僕、ベルクさんことだいぶ甘やかしてますよ」
それはアロが勝手にしているだけだろう。 ため息を吐いて茶を飲むと、アロは唇をツンと尖らせて、不満そうに話す。
「そんな態度だったら、もうなでなでしてあげませんよ?」
「別に構わない。 というか、夫婦になったとは言えど、距離が近すぎるから多少離れた方がいいだろ」
ずっとベッタリくっついているわけにもいかない。
俺がそう言うと、アロは怒ったように頷く。
「じゃあ、もうなでなでしてあげませんから。 ふん、だ」
アロはそう言いながら、俺の隣に座って研究資料の確認をしていく。
俺も手持ち無沙汰になったので、武器や札の整備をして時間を潰す。
アロと少し喧嘩のようになったが、怒ってはいないのか、俺の隣に座ってはいるし、シチを迎えに行くのにも着いてきたので特に気にせず日常を過ごす。
そして寝ようとベッドに入り……眠れない。
眠いとは思う。 特に不調があるわけでもないが、どうにも落ち着かない。
普段との違いは、アロを抱きしめていないことぐらいだ。
同じベッドで寝ているものの、アロとは数センチ離れていて、いつものように抱き合って眠ってはいない。
起きて何かをする気にもならず……。 いや、原因は分かっている。 認めたくはないが、分かってしまっている。
アロを抱いていないと、妙に肌寂しくて眠れない。 というか、アロになでなでされたい。
普段は勝手にされるのでむしろ嫌がっていたが、されないとなると妙に落ち着かず眠れない。
だからといって「頭を撫でてくれ」「抱かせてくれ」と、頼めるほど恥知らずでもない。
「……アロ、起きてるか?」
「んぅ……どうか、しまし、たか?」
アロは眠たそうに目を開けて俺を見る。
とろりとした視線を俺に向ける彼女の頰を指先で撫でると、彼女は頰と肩で俺の手を捕まえるように挟む。
そのまま甘えるようにスリスリと俺の手に頰を擦り付けて、安心しきったように笑いかけられる。
「んぅ……あまえんぼさんですね。 ベルクさんは」
アロの手が伸びて、俺の頭を梳くように撫でる。
少女の甘く柔らかい匂い、暖かな手の動き。 プライドが容易く砕けて、彼女の手の暖かさを感じ入った。
「……アロ」
彼女の手の動きに逆らわずにいると、頭が引き寄せられて、アロの薄い胸に抱かれる。
幼いとは言っても、たしかに女性ではあるのだろう。 あばらの上に乗っているようなふにふにとした感触。 小さく薄いけれど、布一枚越し、確かにあるのが分かってしまう。
……さっきとは別の意味で眠れない。
呼吸をすると、アロの胸の匂いが分かる。 何もしなくても柔らかさと暖かさが伝わってくる。
心地よさや安心感もあるけれど、それでも、自分が好意を抱いている少女の胸だ。 何も感じないなんてことがあるはずもない。
徐々に安心感から欲望に思考が変わっていき、アロの腰へと伸びそうになる手を理性で必死に止める。
「ベルクさんは、僕に甘えてもいいんですよ?」
「……子供に甘えるやつがいるか」
アロにもニムにも頼られる男にならなければならないのに、現実は上手くいかない。
「ベルクさんがとても強いのは分かってますよ。 でも、甘えてもいいんです」
アロの胸から顔を離す。
「……生意気を言うな」
無理矢理抱き寄せられて元の位置に戻される。 アロの胸が胸で胸だ。 ふにふにである。 ふにふにしている。 すごい。
「……胸が当たっている」
「んぅ……恥ずかしいですけど、いいですよ」
触ってもいいということだろうか。 甘えてもいいと言っていたし……少しくらいなら、と手をアロの胸に当てる。
柔らかい。 暖かく、微かに鼓動を感じる。
「ん、んぅ……ベルクさん、くすぐったいです」
「わ、悪い。 …………ニムには言うなよ」
「僕とイチャイチャしてるときに、他の子の名前を出すのはよくないと思います」
「……悪い」
アロは俺の頭を撫でて微笑み、微かに声を漏らす。
「ベルクさんの甘えんぼで、かっこ悪いところ、ニムさんは知らないんですね」
「……まぁ、こうすることは、なかったが」
「僕だけですね。 強くてかっこいいベルクさんの、甘えんぼなところを知ってるの」
情けなくなるから言わないでほしい。
アロは嬉しそうに俺の頭を撫でて、脚を絡ませる。 どうしてアロの体は全身がどこも柔らかく温かいのか。
「……あれ、ベルクさん。 ポケットにナイフ入れっぱなしです? ふとももに硬いのが当たってます。 危ないですよ」
「……ナイフではないから、気にするな」
俺は色々とどうかしている。 分かってはいるが、アロからは抜け出せない。




