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騙る者ども8

 自らを律しなければならない。

 アロとの行為に耽溺し、揃って寝不足になるなど馬鹿な真似は……魅力的だが、そんなことではニムを助けられないだろう。


 いつもより遅く起きれば、昨日の話を律儀に聞いてくれていたらしいシチが朝食の準備をしており、それを食べてから彼女の職場に送りとどける。


 今日は夕方に倉庫の周りを見張ること以外にやることはない。

 アロの研究成果もほとんど読み終わったことで、久しぶりに身体を鍛え直すことにした。


 俺はひたすら腕立て伏せをして、その背中でアロがまだ構想段階の研究内容を語っていく。


「別の物質に魔力は移りにくいって性質があるので、全然別の素材で出来た薄い板を何枚も重ねれば、それなりの保存は可能かもです」

「……札の長期保存が出来れば、大量生産の目処も立つか」

「そうですね。 トレントの木材はまだしも、魔物の血は普通捨てていた物なので、札が売れることが分かれば安く作れるかもしれないので、たくさん作るのも、それを保存するのも不可能じゃないと思います」


 アロの臀部の感触に惑わされないように声に耳を傾け、頷く。


「問題は売ることか」

「そうですね。 ……札の利点は多いです。 日常的に使う初級魔法も、全員が使えるわけではないですから需要はあると思います。 ……一番売れそうな【携帯する太陽】の低威力長続き版の照明器具ですけど、ランプと比べると……どうしても油よりかは高くなりますが、場所は取らないですし手軽です。 ある程度広まれば安定して売れると思うんですけど」

「広報するような方法がないことか」

「……大量生産しないと、高くなりますからね。 高いのを売っても広まらないです。 だからと最初からたくさん作っても、売れないと困りますから。 それに……技術として分かりやすいですから、すぐに真似されますね」

「どこかの商会に一任してはダメなのか。 上手くやれば生産も、真似への対応も、広報もやってくれるだろう」


 人任せな案だが一番現実的だろう。 俺もアロもそんなに時間が有り余っているわけではなく、やるべきことは多い。

 取り分は減るだろうが、時間は得られる。 最悪、金が入らずとも、俺が作らずに他の奴が作ったのを買えるようになるだけでも充分な利益だ。


「んぅ……お父さんの知り合いに当たってみますかね……。 名前を出せば、門前払いはされないと思うんですけど」

「ああ、そうしてみるか」

「……でも、ちゃんと評価してもらえるかは分からないです。 未知のものに飛びつくか、なんて、人の性格に依存していますから」

「……売れることを分からせればいいんだけどな。 ニムに使ってもらって、勇者御用達にでもするか?」

「案としてはありですけど……国に目を付けられかねないです。 ただでさえ、ベルクさんは警戒されてるのに」


 どうも難しい問題だ。 楽に金が稼げるはずもないが……。


 そんな話をアロとしていると、家の扉がノックされて、アロが俺の背から降りる。 あの夫妻のような、アロの知り合いだろうか。

 二人で扉を開けると、昨日も顔を見たクリスと……怪しいフードを被った男が立っていた。


「……クリスか。 どうかしたのか? あと、そいつは……」

「あ……フランくん。 その、ごめんね?」


 なぜ謝るのだと思っていると、フードの男はそれを取り払って俺に顔を見せる。

 金の髪に蒼い目。 少し小馬鹿にしたような笑みを浮かべた男……間違えではなければ、昨日見たばかりの……神託の勇者だった。


「やあ、はじめまして。 ツヴァイ=へンダレード。 神託の勇者をやっているものだよ」

「……は? いや、なんで」


 思いもしていない人物、それどころか知り合いでもないような人物の、急な来訪に戸惑うが……家にあげないという選択肢はないだろう。


「……アロ、お茶を頼む」

「ああ、お気遣いなく……と言いたいけど、やっぱり喉も渇いたからいただけるかな。 それにほら、今から話もするからね」


 パタパタと逃げるようにアロが奥に戻る。 アロの前で情けない姿は見せられないと思い、見かけだけでも堂々と立ち振る舞うことに決める。


「まぁ、何の話かは分からないが。 聖職の人を無碍には出来ないか。 大した歓迎も出来ないが、ゆっくりと過ごしてくれ」

「じゃあ、失礼するね」


 リビングに通し、机の前の椅子に座らせる。

 申し訳なさそうにしているクリスに目を向けて尋ねる。


「今日は何の用だ?」

「ん、それはね。 スカウト、ヘッドハンティングをしようかなぁって思ってね」

「……スカウト? 聖職者になれと?」

「あー、まぁ教会勤めにはなるけど、いわゆる司祭とか修道士になれって意味じゃなくてね。 直接的に言ってしまえば僕の直属の部下になってほしいんだ」

「……勇者のか。 意図が分からないな」

「いや、部下がほしいんだって」

「そうではなく……俺を誘う理由がだ。 自ら赴くなど、待遇が良すぎるだろう」


 俺がそう言うと、勇者ツヴァイが満足げに頷く。


「いやー、僕ってただの修道士だったからね。 部下なんていないわけなんだよ。 かといって教会の奴を集めてもさ、戦闘には役に立たないだろうし、教会内政治に巻き込まれるし。 いっそのこと色んなところから使えそうなのを取ってこようかなって」


 こともなさげに、まるで「買い出しにちょっと出てきた」とでも言いたげな言葉に少し驚く。


 教会内の人員を使わないというのは、権力争いから逃れるどころか……新たな派閥を作ると宣言しているようなものだ。

 それも寄せ集めでどうにかしようなど……教会内がどうなっているかは分からないが、おおよそ無謀としか思えない。


 アロの前では教会の頼みを断りにくい。 茶を用意している今しかないか。


「……断らせてもらう」

「えっ、まだほとんど話もしてないけど。 理由を聞いても?」

「人を従える器量があるようには思えない」

「……なるほどね。 つまり、僕の誘いを適当に蹴ったとしても、損害が出ないだろうと思うほど、僕をなめているのか」


 クリスがハラハラとした表情で俺とツヴァイを交互に見る。

 俺がツヴァイの言葉に頷くと、彼は大きく満面の笑みを浮かべた。


「いい人を教えてくれたね。 クリス! 僕と一緒にきても、勇者という立場がある以上は潰れることはないわけで、つまり君は、明確により良い立場を目指してるし、目指せるってことだ」

「……なんでもいいが、帰ってくれ」

「うーん、いや、お茶飲ませてもらっても?」


 丁度アロがお茶を盆に乗せて戻ってきていて、それぐらいは仕方ないかと頷く。


「単純に……フランが言いたいのは、こいつ程度では大したことは出来ないから下にはつけねえぜ!ってことだよね?」

「……勝手に解釈していればいい」

「なら、実力を見せれば……と言いたいけど、従える人もなしには出来ないよね。 うーん、待遇良くするとかじゃダメ? お金持ちにるなれるよ? 欲しいものとか」


 アロが茶菓子を取りに行っているのを横目で見ながらため息を吐き出す。


「……彼女と挙式はしたいが」

「それなら任せてよ! 祝歌隊までなら動かせるからね! 参加者は千人ぐらいでいい?」

「そもそも、何のために俺を雇いたがる。 俺のことなどほとんど知らないだろう」

「あっ、正確には雇うわけじゃないよ? 商会とかじゃないからね」

「定義を話しているんじゃない」

「……世界を救わないとダメだからね。 権力争いで揉めている連中を仲間にしたくない。 その上で、戦える人間が必要だ。

 クリスから頭も悪くないと聞いているしね。 そもそも選り好み出来る立場に僕はいないんだ」

「誰でも良いと」

「……まぁ、善人で有能であればね」


 明け透けに話すのは嫌いではない。 だが、それほど追い詰められている泥舟に乗る気にはなれない。

 乗れば、信心深いアロは喜ぶかもしれないが……。 それはそれだ。


 もちろん利点もあるが、欠点も大きい。 ニムを守れる国の偉い立場にはなれなくなる。

 ニムを引き込むことも不可能ではないだろうが、それもある程度の力が教会と俺にあってのことだ。

 国の力をなしに魔物から人を守れるなら、国の勇者など辞めて俺と共にいてくれるはずだ。


 だが、それだけの力をこの勇者が得られるとは思えない。 腕っ節が強いだけなら、魔物の英雄には太刀打ち出来ないだろう。


「それに……僕は君のことを少しは知っているんだよ。 見たのは昨日が初めてで、名前を聞くまで気づかなかったけどね」

「……俺自身、自分が有名だとは思っていないが」

「そうじゃなくてね。 僕の兄弟子に当たる人物だから、先生から話をして聞いていたんだ。 ……敬愛するサクラ=マサクスさんからね」


 思いがけない名前が出た。 意表を突かれてツヴァイを見れば、彼はニコリと笑みを浮かべる。


「……あの人の、弟子だと」


 俺の師匠だった。 女旅人の名前が出たことに動揺が隠せない。

 尊敬こそしていたが、一般的に見れば大した人物ではなかった。 だというのに、何故だ。


「運命だと思ったね。 神の遣わせた。 だって、あの人の凄さを理解出来てるのは、ほんの少数だと思っていて、それでその一人が目の前に現れたんだから」


 こいつが大人物になれるかは分からない。 だが……こいつがなれないなら、同じ考え方の俺も難しいだろう。 少しだけ、考えが変わる。


「……多少、話は聞く」

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