騙る者ども3
さっさと特定が終わったことで急に暇になった。
焼き肉で腹もいっぱいだが、あまりやることもない。 魔術ギルドもあと何日が後じゃないとダメで、商人ギルド今は行って意味はない。
短剣と大鉈、特に大鉈が欲しいので武器屋か鍛冶屋に行こうかと思ったが、アロを連れていっても暇をさせるか。 どれだけの時間居座るのかも分からない。
「アロ、何かしたいことや行きたいところはあるか?」
「ベルクさんの行きたいところでいいですよ?」
「特に予定がないから聞いているんだ」
「んぅ……お家でイチャイチャするのも捨てがたいですけど……。 せっかくの機会ですから、教会で礼拝をしに行きませんか?」
信心深いな、と思いながら頷く。
クリスから聞いた総合ギルドのことを思うと、一切顔を見せずにいるよりかはマシだろう。
それに、神法というのも身につけられないか気になる。 信仰心が何とかと聞いたことがあるので、俺には難しいかもしれないが。
教会に行く理由としては不純だろうが、黙っていればバレはしないだろう。
「礼拝の作法があっているか分からないな」
「ベルクさんの村には教会なかったんですか?」
「いや、あるにはあったが……普通の民家に像が飾ってあるだけだったからな。 村のおっさんが酒や茶を飲んでた印象しかない」
「……えぇ……それってどうなんですか……」
「小さな村だったから、司教も農家と傘屋の兼業だったな」
正直ただのおっさんだった。 一応、祭事やらの時は出張っていたり、村の外の人物との交渉の場にも出たりとしていたが、そんな大それた人ではなかったように思う。
「……えっ、司教様いたんですか?」
「それがどうかしたか? 田舎の村にも、聖職者の一人や二人はいるだろう」
「いえ、そうじゃなくてですね。 司教様ってすごく偉い神職の方ですから……」
「そうなのか?」
「めちゃくちゃ偉いです。 見たことないです」
酒を飲んで赤ら顔になりながら神像にヘッドロックを掛けていたおっさんを思い出す。 ……偉い人?
「そうか。 すごかったんだな」
「あ、それでお作法ですよね。 変なことをしなかったら、大丈夫ですよ。 騒いだり、イチャイチャしたりはダメです」
「……酒盛りは?」
「ダメです」
ダメなのか。 アロは俺を見て、大きくため息を吐き出す。
「ベルクさんって、お酒好きなんですか?」
「アロと会ってからは飲んでないだろ」
「てっきり、酒癖が悪いから我慢してるのかなぁって」
「……まぁ、そんなに良くはないかもな」
アロと二人で教会に向かう。
まず外観を見た時点で、その大きさに驚く。 白い荘厳な建物が視界いっぱいに広がり、多くの人が行き交っていた。
「……大きいな」
大きさだけで圧倒されそうだ。 周りの人があまりかしこまっていない様子を見て少し安心して足を進める。
俺に反してアロは少し不安そうに俺の服の裾を摘んだ。
「……前に来たときより、人が多いです。 それに、身なりも綺麗で」
「祭りでもあるのか?」
「分からないです。 あっ、そっちの建物は結婚式などの式に使うところなので、こっちです」
アロに連れられて別の建物に入ると、入ってまっすぐの場所に像が見えた。 見覚えのあるものだが、はるかに大きく、幾分か装飾も細かい。
その見覚えのある神像を中央として、いくつもの像が並んでいる。
「……すごいな」
「お祈りしましょうか」
アロは近くの席に座って目を閉じて頭を下げた。 それに倣って同じようにするが、そこから何をすればいいのか分からない。
神が本当にいるとも思っておらず、教義の通りにいるのだとすれば……ニムに使命を押し付けたことが、憎いだけだ。
別の誰かを勇者として立ててくれたのならば、ニムは今も村で笑っていただろう。
もしも神がいるのならば、何故あんな少女を勇者に仕立て上げた。
別の誰か、もっと適した人物がいたことだろう。
あんな田舎娘ではなく、良い血筋の、良い環境に身を置いた男ぐらい、幾らでも──。
神への憎しみを思っていれば、いつのまにか教会の中が騒がしくなっていることに気がつく。
「……何かあったんですかね」
「……慌ただしいな」
周りで祈っていた人も不思議そうに見回している。 そして、ボソリと誰かの言葉が聞こえた。
「勇者様が、現れたって」
ニムが、と思いながら立ち上がる。 見回せばいつの間にか人が減っていて、アロを連れて外に出れば式典用の建物の前が人でごった返していた。
昨日のニムはそんなことを一言も言っていなかった。 式典などすぐに決まって出来るようなことでもないだろう。
どうなっていると思いながら、人の話に聞き耳を立てるが他の人も勇者が現れたということしか分かっていないらしい。
「……ベルクさん、ニムさんそんなこと言ってないですよね?」
「ああ、聞いていないな。 あいつが言わないとは思えないが……」
人混みにアロを連れて行くのも不安だと思っていると、少し離れたところに先程も見た顔が見えた。
「クリス! さっき振りだな」
「あれ、フランくん。 どうしたんだよ」
「普通に礼拝をしていたんだが、この騒ぎでな。 ……勇者と聞こえたんだが……」
「ああ、うん。 三ヶ月ほど前に勇者様が見つかったんだよ。 ……それで、今日に一般にも周知をね」
四ヶ月前……というのはニムが連れ去られそうになる少し前か。
だが、一般にも周知というのはどういうことだろうか。 ニムのことは誰もが知っているはずだが……。
「どうしても、一目見たいんだが……」
「えー、そう言われても……私にはそんな権限ないから無理だよ」
「……どうやったら見れる?」
「普通に中に入って……は無理かな」
「無理だろ」
「……仕方ないな。 寄付金ちゃんと払ってよ?」
クリスに連れられて、建物の入り口とは違う場所に連れて来られる。 側面の壁があるだけで、一階には窓もない。
クリスは俺を見ながら近くの木に手を当てる。 まさかと思って目を合わせれば、クリスは頷く。
「二階には窓があるから、木の上からなら覗き込めるよ。 私もちっちゃい頃にしたことがあるから」
「……まぁいいか」
ニムの姿が気になるだけで、見えたらそれで満足だ。
木に軽くよじ登って二階の窓から覗き込めば、確かにごった返している建物の中が見えた。
「えーっと、もっと前の方か」
ニムの姿を探し、目を動かすと金の髪が見える。
荘厳な白い衣装に身を包んで、白銀の剣を手にしている。
俺がその姿にあっけに取られていると、下からクリスの声が聞こえた。
「勇者様をどうしても見たいって、フランくんも結構子供みたいなところがあるんだね」
どういうことか分からず、もう一度建物の中を見回したが、それらしい人物はそれしかいなかった。
白銀の剣を持った……「男」はこちらに目を向けて、見下すように微笑む。
「神に選ばれた勇者、ツヴァイ=ヘンダレード様の姿、見えた?」
──誰だよ、こいつ。
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