月の光は17
「……誤解を招くような発言だが、手は出していないからな」
「あっ、うん。 そうだよね」
「アロは身寄りがない。 この時代に身寄りがなければ孤児院に行くことになるが……あまり良くない職業に就く場合が多いだろう。 それにそこの出身であれば、嫁の貰い手も来にくい」
言い訳を述べながら、ランプに火を付けて灯りを起こす。
「そうなると、知り合った俺が面倒を見てやらなければならないが……。 一応結婚をすることもあるような年頃の娘だからな、俺の年も若いこともあり、共に住めば、それはそれで嫁の貰い手がなくなる」
「あ、ああ、なるほど……それで結婚という形で、お世話してるということだね」
「まぁ、しっかりとしているから、むしろ世話をされているのは俺の方かもしれないがな。 ……とりあえず、今日はあまり考えられないだろうから泊まっていったあと、明日またここで過ごすか、帰るかを決めたらいい」
とりあえず誤魔化せただろう。
不満げなアロの頭を撫でて、彼女に任せることにする。
「えっと、こちらの部屋で寝ていただけますか? 多分一通り揃っているはずなので……。 寝間着は、僕の母のが残ってるはずなので、よろしければそれを。 僕とベルクさんはこっちの部屋で寝るので、何かあったときはノックしていただけたら」
「あ、うん。 ありがとう」
「身体も拭きますよね。 お湯の用意しますね」
アロはパタパタと動いて、桶を手に取って、別の部屋に入っていく。 その部屋からすぐに出てきたアロは重たそうに持ちながら、シチの泊まる部屋の前に置く。
「えっと、何から何までありがとうね。 お湯まで用意してくれて」
「いえ、最近作ったもので簡単に用意出来るので気にしなくてもいいですよ」
お湯を出せる札でも作ったのだろうかと思っていると、アロに手招きをされて先程の部屋に向かう。
中には少し大きめの器具が設置してあり、何か複雑な術式が書き込まれている。
「こんなものを作っていたんだな」
「んぅ、簡単に説明しますと。 魔力って放っておけば均等になろうとするじゃないですか」
「ん? ああ、基本的には無視してもいいぐらいだが」
「それで、すっごくゆっくり魔力が流れる素材で、吸い取る術式を作ったんですよ。 で、吸い取っても問題ないぐらいの量の魔力を常に吸い続けて、こっちの魔力貯蓄装置に溜め込んでるんです」
アロは器具の中でも一番大きい物を触る。 貯蓄装置というか、ただのトレントの木材まんまである。 上部に何かの術式は書いてあるが……意味のある物には見えない。
「それで、こっちは別で用意したえーと、板があります」
「……それも、術式として成り立っていないと思うが」
「ふふふ、ベルクさん、分かりませんか。 この二つを見て」
トレントの木材を切り出しただけの板を出したアロは自慢げに笑みを浮かべながら俺に問う。
存在しているのは、自動的に魔力を溜め続けるだけの装置と、成り立っていない術式が二つ……。
「……重ねると術式になるのか。 熱と水……湯を生み出す装置か」
「その通りです! これなら毎回魔力を込めたり面倒な手間もいらず、お湯を用意出来るんです!」
「便利だが……そんなに湯を頻繁に多く使うか?」
「使いますけど……」
「……何にだ?」
「えっ、あの……その、ベルクさんが帰ってくるとき、汗臭いと……」
アロは恥ずかしそうに俯きながら俺に言った。 ああ、寝る前だけではなく俺が帰る前にも身体を拭いているのか。
思えば、この前目撃してしまったときも俺が帰ってくる予定の少し前だったか。
正直なところ汚れなどはあまり気にしないが、そのいじらしい姿は愛おしく思ってしまう。
「そうか。 ……多少荒い作りだから、時間がある時に整えるか」
「あ……はい、すみません。 その……好かれようとせせこましくて……」
「……俺もお前に好かれるために媚びた真似をすることがあるだろ」
「そういうこと、してるんですか?」
「気がついてないなら忘れろ」
無駄に恥をかいたと思っていると、アロが俺に手を伸ばす。
「……僕のこと、そんなに好きです?」
「分かっているだろ」
「分かってないから聞いているんですけど……」
アロは俺を見つめて、少し悪戯げに笑う。 わざとらしく溜息を吐き出してリビングに向かう。
そろそろ寝てしまいたいぐらいの時間だが、アロも身体を拭きたいだろうから、寝室でゆっくりとは出来ない。 寝室にいればアロも身体を拭くのは別の部屋を使うだろうが、部屋の主を追い出して堂々とベッドを使うほど図々しくはないつもりだ。
……いや、それ以上に図々しいことも多くしているか。
椅子に座って、アロと手を握り合ったりしながら過ごしていると、シチが桶を持ってやってきたので、立ち上がってそれを受け取る。
お湯を捨てた後にまた汲み直してから寝室に桶を置いて、部屋から出る。
「ベルクさん、手早くするので待っててくださいね」
「……ゆっくりでいい」
そんなに急ぐことでもないだろうと口にすると、アロは怪訝そうに俺を見る。
「ベルクさんがせっかちじゃないだなんて……。 その、前みたいに覗かないでくださいよ?」
「分かっている。 というか、人聞きが悪いことを言わないでくれ」
「覗いてましたもん。 恥ずかしかったです」
寝室から出て扉を閉めてリビングに戻ると、話を聞いていたらしいシチが俺を見てまた引いたような表情をしていた。
「……大丈夫か? 襲われたばかりで落ち着かないだろう」
覗きのことを問い詰められる前に善人ぶったことを言い、先手を打つ。
「え、うん。 まぁ……現実味がないけど……」
「恐怖というのは、落ち着けば急に来るものだ。 出来ることなら不安を和らげるために共にいてやりたいが、年頃の娘と同じ部屋で寝るわけにもいかないからな」
「……うん、そうだね」
「不安になったら気にせずに起こせばいい。 話し相手ぐらいにはなってやれる」
「ありがと。 ……何者かとか、分からないんだよね」
「俺もただの田舎者でそれほど詳しいわけではないからな。 そのネックレスが本物というのなら、それを狙ったというのが一番しっくりとくるな」
「どこかに売ったら何とかなるかな?」
「分からないな。 命の方が狙いかもしれない」
何にせよ判別のしようがなく、とりあえず守ってやるとしか言いようがない。
「おそらく、夜襲が得意な人物に見えた。 夜に出歩かないだけでマシになるだろう」
「そっか、うん。 それで……覗きしたの?」
「俺もある程度は腕に覚えがある。 先は急いでいたこともあり、剣や他の装備をしていなかったが、次からは武装しておくから遅れは取らない」
「うん。 ありがと、安心した。 それで……覗きしたの? 女の子二人も手篭めにしてる人の家って、そういう意味で不安なんだけど……」
「……アロにしかしていない」
「……私に変なことしたら、アロちゃんに言いつけるからね」
「するか、興味ない」
この言い方だと少女にしか興味がない変態のようになると遅れて気がつく。
だが、今までの話で全てバレてしまっていたのか、改めて引かれるようなことはなかった。
よかったと一瞬思ったが、全然よくない。 シチからすると完全に少女に恋愛感情を抱いている変態にしか見えていないだろう。
「……違うからな。 妙な趣味を拗らせてるわけじゃないからな」
「えっ、うん。 分かってるよ。 命の恩人に、そんな無礼なことは考えないから大丈夫」
間違いなく嘘である。
誤解を解きたいが、素直に「アロだから覗いてしまったんだ」と言っても意味がないだろう。
気まずさに顔を顰めながら、アロが早く出てくるのを祈るように待つ。




