月の光は16
アロに意見を求めようかと思ったが、まだ恥ずかしいのか出てくる気配はない。
ニムにも聞こうかと思ったが、俺に任せる気が満々である。 俺に対する信頼がありすぎだ。
「……騎士の三人は何か思うことはあるか?」
「あ、私ですか。 ……まぁ、にわかには信じがたいと言いますか……」
「もしもそっちに預けたいってなると、引き取ってもらえるか?」
「……いえ、それは難しいですね。 王族と判断はされないでしょう。 それに本当に王族の直系の方でしても、亡国であるならば……むしろ、危険を入れることになりますから」
この怯えようを見れば、クーデターなど起こすとは思えないが、まぁ下手に厚遇しても得はなく厄介なものを引き受けるだけになるか。
「……面倒だからと、放り出す訳にもいかないよな」
「そりゃそうだね。 どうするの?」
「どうするって言っても、なぁ。 ……正直なところ、ここに置いておくのも不安が残る。 最悪アロまで巻き込まれかねないからな」
女性は俺とニムの顔を交互に見る。
「うん。 でも……」
「分かっている。 放っておくには危険が過ぎる。 流石に見捨てる気にはなれないからな」
「あの……私は、どうすれば」
「とりあえず、状況が分かるまではこの家にいてもらうことになる。 もちろん、強制はしないし、帰ってもらった方が楽だ」
女性は戸惑ったまま、俺を見る。
「えっと……シチ=シトウです。 私の名前は」
「ベルクだ。 ベルク=フラン。 あっちのは……まぁ有名になっているから知っているだろうが、ニムシャ=ブレイブードだ。 名乗ったということは、そういうことか」
シチは深く頭を下げる。 懸命な判断だが、とりあえず安心したいがために家に帰りたいと言い出すのではないかと思っていた。
落ち着くのも早く、思ったよりも肝が座っている。
評価を少しだけ改めていると、アロが俺の服の袖を引く。
「アロちゃんの許可はいらないの?」
「馬鹿か、あいつが困ったやつを見捨てるわけがないだろ」
「もー、また馬鹿って言う。 それで、どうするの?」
「傭兵ギルドでの任務があるからな。 連れて歩くのも危険、放っておくのも危険でどうにもな。 先の話題にも登った殺人鬼の依頼なんだが……」
最悪、中断という手もあるけれど、そうなると傭兵ギルドのコネが失われてしまう可能性もある。
「……アロと、このシチを一度城で預かっていてもらえないか?」
「んー、流石に難しいかな。 結構厳格だし……。 あー、おっちゃんなら預かってくれるかも。 あっ、宮廷魔術師長のことね」
「そんな気安い人物なのか?」
「まぁ、割とね。ベルくんと話したいって言ってすぐに使いに出してくれるぐらいだし」
「なら、その方向で行くべきか。 半日で解決出来るようにしよう。 それと……その魔術師長は俺と何の話をしたいんだ?」
「あっ、魔法の話みたいだよ。 私に作ってくれた魔法の術式を見て興味を持ったらしくて」
なるほど、と頷く。 それならアロでもある程度話すことが出来るだろう。 主に魔道具作成の方向ではあるが、研究の成果はそこそこ出てきている、あの魔法程度で興味を持つなら、アロの研究成果は関心を引けるだろうし、アロもちゃんとした魔法を習うことが出来るかもしれない。
偉い人であるならついでにコネが生まれるかもしれず、都合の良いことが多い。
問題はシチの方だが……居心地が悪くとも、適当に置いておけばいいか。 客として呼ばれた俺と、勇者のニムがいれば邪険にはされないだろう。
「とりあえず、仕方ないから明日は連れて歩くことにする。 もし殺人鬼を見つけたとしても、手を出さなければ問題ないからな」
「ごめんね? その……任せちゃって」
「城に置くのが無理なのぐらいは分かる。 ……結構遅くなったな」
「あっ、本当だ。 すぐに帰らないとダメだったんだけど……。 また来れるならまた来るね。 もしかしたら、お迎えは別の人かもしれないけど」
「ああ、すぐに俺から会いに行けるようになるから待ってろ」
ニムは騎士達を一瞥して、俺の手を握るだけして立ち上がる。
出来ることならもう一度抱きしめたかったが、仕方ない。
ニムが帰らなければならないとなってからアロが部屋から出てきて、俺の元にトテトテと寄る。
「ベルクさん、大丈夫ですか? その……会えたの、短い時間でしたけど」
「駄々をこねても仕方ないからな。 ……ニムを送ってもいいか?」
「はい。 もちろんです」
「……アロも来いよ。 置いていくのは不安だ」
アロは少しばかり嫉妬深い。 本音では俺がわざわざニムと行くのは嫌だろうし、自分ではなくニムとばかり話すことも不快だろう。
それでも俺のために心配してくれている。
「んぅ、この人も一緒に出ますよね? えっと、服装とか隠した方が……」
「俺の外套でいいだろ」
シチに外套を被せる。
全員で月の光ばかりが頼りの外に出る。 七人ともなれば結構な大所帯で、夜には相応しくないほど騒々しい。
馬車の停めているところまで歩き、ニムは惜しそうに俺を見ながら馬車に乗り込む。
「ベルくん……大好き」
「……知っている。 俺が助けてやるから、無理はするなよ。 逃げてもいい」
ニムは頷いて嬉しそうに笑みを浮かべた。 すぐに馬車が出発し、馬車の横を歩く騎士が俺へと大きく敬礼する。
「城まで、ニムを頼むぞ」
そう言ってから振り返る。 ニムの方があの騎士よりもよほど強いだろうことは分かっていたが、不安のせいで馬鹿なことを言った。
俺の服の袖を摘まんだアロの頭を撫でて、月の光に吐息を溶かす。
「……ベルクさん、僕、頑張りますから……ベルクさんと、ニムさんが一緒にいれるように」
「……お前はお前のために生きてくれ。 俺にお前を利用させてくれるな」
「ベルクさんの幸せが、僕の幸せですから」
嫌になる。 こんないい子を利用して成り上がろうとするのなど。
家に戻って、机の上を片付けてから三人で机を囲んで座る。
「アロ、おおよその察しはついていると思うが、シチ……こいつはここで匿うことにしたい」
「はい。 放っては、おけませんよね」
俺との出会いも行き倒れていた俺を助けたことだ。 心配になるほど人がいいアロが嫌がる素振りを見せるとは思っていないが、本音としてはどうなのだろうか。
自惚れかもしれないが、俺と二人の方が良かったのではないだろうか。
「あっ、シチ=シトウです。 よろしくね……アロちゃん」
「は、はい。 えっと、僕はアロクル=オートダイ……ではなく、アロクル=フランです。 よろしくお願いします」
シチは落ち着いてきたのか、俺とアロを交互に見て尋ねる。
「あんまり似てないけど、ご兄妹なの?」
「いや……違う」
妻だ。 とハッキリ言おうかと迷ったが、流石に言いにくい。
当然のことながら、十歳やそこらのアロを指差して「俺の嫁」というのは世間からは酷く白い目で見られることだ。
昔から俺にべったりでベタ惚れのニムでさえ引いていたほどで、普通の女性であるシチならば尚更だろう。
しかし、言わなければ……それはそれで面倒だ。 アロは察して合わせてくれるだろうが、それも不満になるだろう。
俺としても家の中でアロとの会話や触れ合いが楽しみだというのに、それが制限されるかもしれないのは避けたい。
「……妻だ。 結婚している。 甲斐性がないから、式やら指輪は渡せていないがな」
「えっ……妻って、えっ、子供だよね?」
「……ああ、好き合っていて、結婚した」
明らかに引いている様子のシチは、それでも俺と仲良くするためか、急いで話題を変えようとする。
「あっ、勇者様と仲がいいんですね。 勇者様をあんなに近くで見ただけじゃなくて助けてもらって話が出来たなんて、一生自慢出来るよ。 どんな関係なの?」
「ニムは幼馴染で……婚約者だ」
「ええ……」
シチは今度ははっきりとドン引きしたような声を出す。
子供と結婚しているうえに二股をしているとなると、そんな反応になっても当然だろう。
「べ、ベルクさんは浮ついた人じゃないですからね! その、ちゃんと僕のこともしっかり愛してくれてますからっ! 夜も、約束してますし」
アロは俺を庇うために言ったが、この流れでそのような言い方をすれば、どう聞いてもそれを指しているようにしか聞こえない。
シチは俺を見て明らかに引く。 衛兵を呼んでもおかしくないぐらいである。
アロの言葉だけは誤解されて取られているだろう。 一緒に住むのだから、誤解は解いておくことにした。




