月の光は14
飛び出したはいいが、剣を持ってくるのを忘れた。
舌打ちと共に駆け出し、声の聞こえた路地裏で曲がる直前に手を後ろに出す。
一切の減速もなく受け取った剣をそのまま振り上げ、月明かりで見える女性と剣を握っている男を視界に入れる。
女性にへと振り下ろされた剣に向かって脚を滑り込ませ、剣の刃を骨が受け止めたところで男の手に向かって剣を振るう。
俺の脚に刺さっている剣をあっさりと諦めたらしく、男は手を離して後ろに跳ねた。
「ベルくん! 大丈夫!?」
「ああ、怪我はさせていない」
下手をすれば脚ごと女性が斬られていたと思ったが、太刀筋は素人同然だったようだ。 その割に反応は早く正確……不気味な奴だと、距離を取っている男を見つめる。
「少し、気をつけろ。 そいつ、早いぞ」
男は腰にしていた短剣を引き抜き、追ってきたニムと騎士を一瞥する。
「……二人か。 随分と手薄だな」
二人ではなく五人いるのだが、夜目が悪い種族なのかと疑いながら、手に持っていた剣を投げてニムに返し、脚に刺さっている剣を引き抜いて男に向ける。
「多勢に無勢で悪いが、押し通させてもらう」
男が懐から何か丸いものを取り出し、振り上げたのを見る。
球形、振り上げる仕草……投擲具、いや懐に入れる程度の重さならば……!
「ッッッ!目を閉じて耳を塞いで伏せろ!」
女性の前に出ながら叫ぶ。 煙幕か、爆弾か判断が付かない。
地面に当たった音を聞き、少なくとも爆発はしなかったことを認識して男へと向かう。
煙幕だったらしく、暗い中であることも併せて、ほとんど見えない状態で剣を振るうが、短剣に止められたらしい。
全力で魔力を込めた息を吐き出してから息を止めて地面にへと伏せ、火の付いている煙幕弾を掴んで遠くに投げ飛ばす。
「久遠の彼方よりも永きもの、欠片の想いすらなき魂、冷たき氷よ、その生命を止めて我が敵を封じよ【冷氷縛】! ベルくん!」
伏せた体勢から全力で剣を男に向かって突き出すが当然のように回避されてしまう。 そのまま壁に剣が突き刺さり、俺はその場で跳ねて、壁に突き刺さった剣の上に乗る。
男の足元が凍りつき、男の足を止める。 剣の上に逃れていた俺はその場で男に向かって蹴りを放ち、男の頭を大きく揺らす。
苦し紛れの反撃の短剣を躱して距離を置く。 頭を全力で蹴られて大丈夫な奴がいるはずはない。
「……油断、したな」
「──は……? ッ!?」
首に短剣が突き刺さる。 ……間髪入れずに突っ込んできたようだ。
男の腕が動き、そのまま俺の首を横に刎ねようとして動くが、ニムの剣が視界に入ったことで男はそちらに対応するために腕の動きを中断させる。
手で出血を抑えながら、治癒のために魔力を集中させる。
「ベルくん! 大丈夫!?」
「問題、ない。 悪い油断した」
少しばかり無理が多かったのか、若干魔力の減りを感じる。
補給のためにアロを頼らなければならないことは、頭から振り払う。
俺の蹴りは普通に人の頭蓋ぐらいならば破壊出来る程度の威力はあるはずで、首か頭はおかしくなるまでやったつもりだった。
治癒魔法行きだったはずが、怯みさえなく反撃してくる。 ……それもニムの氷を解いてくるとは思いもよらなかった。
言い訳だ。 俺に向かったから良かったものの、これでニムや他の奴に向かっていればどうするつもりだ。
「……少し、肝が冷えたな」
相手も冷静だったならば、脚を斬られても動いている俺を狙ったはずがない。 蹴られたことで冷静さを失っているのかもしれない。
俺がいようと迷わずに女性に剣を払おうとしたことを思えば、身を守るというより明確な目的があるはずだ。
性格は直情的、プライドが高く、負けず嫌い。
素直に引き下がりそうにはないか。
ニムが凍らせたはずの脚を見ると靴が無くなっており、靴はそのままの場所で凍っている。
だが、靴を脱げば済むような話ではなく、脚ごと凍っているのだから動くには脚ごと溶かすか切り落とすか、どちらかをする必要があるはずだ。
変わらずに靴が凍ったままなのを思うと、溶かしたのではなく、脚を斬り落としたことになるが、どう見ても脚は生えている。
治癒魔法か、俺と同じ吸血鬼の魔法か、あるいはまた別の何かか。
紅い目と視線がかち合う。 吸血鬼……か。
「ニム、俺が相手をする。 女を連れて下がれ」
魔力を隠しながら女へと動いた男に肉薄する。 短剣を持つ腕を掴み、そのまま捻り上げて男の身体を地面に叩きつける。
受け身を取った男は俺の脚を掴み、引き倒そうとして、俺はそれに逆らわずに倒れ、そうしながら肘を男の首に突き刺す。
怯まない男は俺に短剣を突き刺そうとし、俺は男と揉み合いながらそれを避ける。
男の口が俺の肩を噛み付き、鈍い痛みに耐え、男の持つ短剣を男に突き刺そうと動かす。
徐々に刺さっていくが、途中で肉が硬くなるような感覚がして、そこに無理矢理魔力を注ぎ込む。
魔力による防御越しにのみ威力を発揮する技──英雄喰らい。
男の腹が灰のような粉となって朽ち、風穴が開く。
「っ! くそが!」
男の口が俺の肩から外れ、俺はその場から跳ねるようにして離れる。 女性を家まで送ってくれているのか、騎士の一人が姿を消していた。
もう二人は男を見て少し怯えながら剣を構えているが、役には立たなさそうだ。
「ベルくん、大丈夫!」
「……ああ」
魔力の使いすぎで多少フラつくが、明らかに殺す気でいる男を前にニムを前面に出すわけにはいかず、騎士は物の数にいれられない。
女性がこの場から消えたことで素直に引き下がってくれればいいのだが……ニムから剣を受け取り、腰を深く落として構える。
「ニム、詠唱を。 一帯を凍らせろ。 足手まといがいなければ、充分に魔法が使えるだろう。 俺も全力でやれる」
無論、全力は尽くしているし、一帯を凍らせれば被害が大きすぎて出来るはずはない。 つまりはハッタリで、逃げてくれることを期待しているだけだ。
せめて俺に符術の札があればマシで、武装が揃っていれば負ける気はしないが、現状では危うい。 ニムに怪我をさせる可能性もある。
威嚇代わりに魔力を多めに吐き出し、ニムも詠唱を行う。
静かな中で男の舌打ちが響き、月夜の中に隠れるように走って逃げていく。
「……助かったな」
「あ、ベルくん! 怪我! 大丈夫!?」
「ああ、戻るぞ。 アロが心配だ。 怯えていなければいいが」
駆け足で家に戻ると、先ほどの女性に暖かいお茶を用意しているアロが見えて、安心して息を吐き出す。
「べ、ベルクさん! ち、血が!」
「……ああ、服も着替えた方がいいか。 背にも血が付いているだろうから、少し手伝ってくれ」
アロは急いでコクコクと頷いて、水を汲んできて俺と共に寝室に向かう。
「ああ、ニム、その人のことは一旦任せる。 ……いいか、任せたからな」
「えっ……あ、うん。 任された」
もしかしたら戻ってくるかもしれない……戻ってきて、この家を突き止められた場合危ない可能性もあると暗に伝えた。
まぁ、実際のところは相手の男の魔力もある程度減らしただろうし、補給するまでは来ることはないだろうし、この家が突き止められているとも思えない。
何せ、騎士や勇者が平民の家に行っていたなど、考えることもないだろう。
ただ、今からアロとすることを思えば、寝室に立ち入ってほしくないから、女性と共にいるようにしただけだ。
アロから桶を取って寝室に入る。
揉み合いの際に破れた服を脱いで、血が付いている部分を内側にして丸めて床に置く、濡らした布で軽く身体を拭き、鉄の不快な臭いに顔を顰める。
「……ベルクさん、大丈夫ですか?」
「吸血鬼化のおかげでな。 まぁ……怪我をしたせいで、魔力は減ったが」
俺の魔力が減ったという言葉に、アロは顔を少し赤らめる。
聡い子だ。 今からどういうことをすることになるのか分かったのだろう。
「あ、そ、その……ぜ、全然いやじゃないですし、むしろ、何ですけど……その、近くにニムさんや騎士さん達もいるわけでして、見られるかもしれないですから……落ち着いた時に」
「いや、女性から離れないように言っているから大丈夫だ。 ニムは真面目だ。 それに騎士もそれに倣うだろう」
「そうかもしれないですけど……その、歯とか……磨いてから時間経ってて、うがいをしたいです……」
「気にしなくて大丈夫だ」
少し強引に抱き寄せると、アロは顔を赤らめて俺を見つめた。




