月の光は11
食事を終えてから、一通り家事をした俺とアロは軽くひと休みしてから、服を仕立てるために外に出る。
アロ自身、あまり服装には頓着している様子はないのでそれほど注文にも時間がかからないだろうことを思えば、その後の行動もどうするか考えておいた方が良さそうだ。
仕立てにいって、注文してまっすぐ帰るというのは、少しばかり味気ない。 夫婦の逢引というには色気に欠けているように思える。
もっとも、子供でしかないアロと、面白味に欠ける俺が共に出掛けても、どこに行こうが色気など出る筈もないが。
まぁアロが「デートですねっ」とはしゃいでいるので、不得手だが、それらしく振舞ってやろうとは思う。
隣を歩きながらちらちらとこちらを見上げてくるアロの頭を撫でると、人が見ているからと恥ずかしそうに少し避けられる。
「ん、ベルクさんって、色々出来ますけど、村の人ってそういうものなんですか?」
「人によるが、あまり多くはないな。 正直なところ、文字やら算術やら魔法やらと、村での生活ではほとんど役に立たないから、覚えようとしなければ覚えられないな。
薬師や村長はなければならないために文字やらは出来るし、村民はそいつらに聞けば教えてもらうことは出来る。 アロも幼いのに文字や算術が出来るんだな」
「んぅ、お父さんが商人でしたから。 一緒にいるうちに覚えました」
さらりと言うアロに、少し顔を歪めてしまう。 そんなもので覚えられるものではないだろう。 俺もそこそこ苦労をして覚えたというのに……。 ニムにしても、アロにしても、俺よりも基本的に生まれながらの才能が高すぎて、釣り合っていないように思える。
アロがもっと成長したときや、ニムが都会の男と仲良くなったときに捨てられやしないか不安だ。
歩いているうちに少し離れてしまっていたアロの肩を抱き寄せて、軽く腕を掴む。
「どうかしましたか?」
「……いや、迷子になるなよ」
「んぅ? そんなにはしゃいでましたか? 僕」
「少しな」
自分の臆病さの責任をアロに押し付けて、情けなさにため息を吐く。
「あっ、僕なんかより、ニムさんやベルクさんの方がよっぽどすごいと思いますけど……」
「いや、ニムはまだしも俺は大したことが出来ないな」
「ええー、めちゃくちゃたくさんのことが出来るじゃないですか。 すごいですよ?」
本気で褒めているようだったが、半端に色々なことが出来る程度の人間ならいくらでもいるだろう。 才能のなさ故にそうするしかなかったが、根本の非才は変わらない。
生きる分には問題ないが、こうやって戦うには才能に欠けている。
「剣技と符術は独学の我流なんでしたよね?」
「ああ、そうだな。 師匠に言われ、自分で学んでいた」
「……師匠? 何のですか?」
「何のと聞かれても答えにくいな。 ……数年前に、数ヶ月だけ村に滞在していた旅人がいてな。 その人に、学び方や考え方を教わった」
「考え方、ですか?」
「大した話じゃない。
この世には過程があり、それが重なることで結果となる。
望む結果を得るには、正しい過程を経る必要がある。
正しい過程を知るには、過去を思い返してどの過程がどう結果に影響したのかを考えなければならない。
そして過程を直すことで、結果を望むものに変える。
ということだ。 まぁ、普通のことだがな」
まぁ短くまとめれば「失敗から学べ」とのことだ。
「難しいことを習ったんですね」
「普通のことだ。 あの人も特別に優れた人というわけでもなかったしな」
俺がそう言うと、アロは若干だけ表情を歪めた。
「……もしかして女の人ですか?」
「そうだが、何故分かったんだ?」
「いえ、ベルクさんが「あいつ」ではなくて「あの人」と言ってたので。 ベルクさん、女の子に対するほうが丁寧ですから」
「女慣れしてないだけだ。 気にしてくれるな」
ため息を吐き出して、不満げなアロの手を引く。 村でまともに話せていた年頃の女はニムぐらいのもので、そのニムにしてもあまり女らしくはない。 何と言うか、お転婆で少年じみた言動ばかりのやつだ。
普通の娘とはどうしても距離があったというか、そもそも森の中で遭遇しない存在なのでどうしようもない。
「……まぁ、いいですけど。 ベルクさんは僕のですし、女の人と関わることぐらいは絶対にあることですから」
「それぐらいで拗ねられても困るな……」
少しばかり気難しいというか、独占欲が強いというか。
「ベルクさんも僕が男の子と遊んでたりしたら嫌がると思いますよ。 変なこととかないと分かっていても」
「まぁそれはそうだが……。 俺の場合は、既にニムとあれだろう」
「浮気してますね。 いえ、結婚してるので不倫ですか。 別に仕方ないって思ってるだけで、歓迎はしてませんからね」
トゲのある言葉に頰を掻くと、アロは足を止めてつま先立ちをして俺の頰を摘む。
不満げに薄桃色の唇を少し尖らせ、少しだけ早口に話す。
「ん、ベルクさんはワガママです」
「……許せ」
「許します」
簡単に許すのだと思って彼女を見てみれば、口ではそう言っていても不満そうにはしているのが分かる。
誤魔化すように前へと歩けば、目的にしていた服の仕立て屋の前まで辿り着いた。
「あ、ここ、何度か来たことありますよ。 ん、服はほとんど古着でしたけど。 新しいのは高いので」
「裕福だったのに、倹約家だったんだな」
「すぐに買い換えないといけない子供の服を毎回仕立てられるほど裕福ではないですよ……」
そういうものかと頷く。 俺の田舎では布を買って自分達で仕立てるか、お下がりを貰うのが普通だったのでそこらの感覚がよく分からない。
そもそも、金自体にそこまでの関わりを持っていない生活だったので、感覚が少し理解出来ないところがある。 何とでも交換出来る大切なものであるというだけの認識だ。
店の中に入ると店員らしい女性が俺たちに目を向け、アロを見てから俺に視線を移し、怪訝そうに「いらっしゃい」と声を出した。
「この子の服を仕立てたい。 普段使い出来るようなものを数着欲しいんだが」
そう言うとアロが俺の服の裾をちょいちょいと引っ張る。
「あ、あの、一着で大丈夫ですよ。 普通に着る分には古着の方が……新しく買ってもらったのを、掃除とかの時に着て汚したくないですし」
「そうか? まとまった金が入るだろうから気にせずとも……」
「それに、ほら、一つのお店だけじゃなくて、他のお店にも一緒に行きたいですし、ね」
明らかに遠慮している様子のアロの言葉に頷き、言い直して一つだけ仕立てることにする。
女性店員に採寸されるアロを横に、椅子に座り窓の外の景色を見て終わるのを待つ。 古着屋と、あとはどこに行けばいいのだろうか。
適当に食事でもすればいいかと思い、少し視線を上げると荘厳な雰囲気の城が遠くに見える。
ニムはあそこにいるのだろうか。 歩けばすぐに行けそうにも見えるが、おそらく城に近寄ることすら出来ないだろう。
アロといるのは幸福だが、ニムの不幸を思えばデートと浮かれていた気分にも陰りが生まれる。
「ベルクさん?」
「……ああ、夕食に何かを食べに行こうかと考えていただけだ」
「ん、お家じゃダメですか?」
「アロの料理は美味いが、作っている間はあまり話せないだろ」
「ん、んぅ。 そんなに僕が好きですか。 し、仕方ないですねえ」
てれてれと身体をよじったアロを見て、生まれていた焦りが少しだけ薄れる。 問題なく、ニムと暮らす未来に近づけるよう、過ごすことが出来ている筈だ。




