月の光は10
そう遠くもない家までの道を歩いていると、アロは機嫌がよさそうに大きく手を振って俺より少し前に出て振り返る。
そんなに友人と話せたのが嬉しかったのだろうか。
「ベルクさんと一緒になること、応援されましたよっ!」
「そうか。 ……頻繁に会いたいなら、何か方法を考えないとな」
「僕のお家に連れてくるとかはダメですか?」
「まぁ、構わないが……触ったら危ないものとか少なくないだろ。 気をつけろよ」
「……裸の女の人の絵とかですか?」
「あれはもう捨てた」
悲しい記憶を思い出す。 アロの家であることを思えば、隠してもアロの方がよく家の中を知っているせいで見つかる可能性は高い。 それに家にいる時間もはるかにアロの方が長く、現実的に見つからない隠し場所が存在しない。
ずっと持ち歩くにしても、アロと触れ合うためバレてしまうだろう。
泣く泣く捨てるしかなく、きっぱりと諦め、焼いて捨てた。
「まぁ部屋は余っているから、初めからリビングで研究する必要もなかったな」
「とりあえず、物置の部屋の一つを片付けて研究室にしちゃいますか。 ベルクさんは、今日はまたお昼を食べたらどこかに行くんですか?」
「いや、とりあえず予定はないな」
「じゃあ、明日からその作業に取り掛かります」
「重いものもあるだろうから、俺がいる時の方がいいだろ」
「……ベルクさんには休んでほしいですし、一緒にお話をしたいので、いない時に一人でやります」
「重い物を一人で運ばせるのは不安だ。 それに、片付けをしながらでも話せるだろ」
アロは不満げに頰を膨らませるが、可愛いばかりで怖さは全くない。
頭を撫でて、頰をむにむにと触っていればいつのまにか家の前にまできており、ゆっくりと中に入った。
アロはパタパタと動いて料理を作りに向かい、俺は椅子に座ってアロの後ろ姿を眺める。
彼女の着ている服は非常に簡素なもので、洒落っ気がない。 けれど、買った時から成長したのか、少し服が小さく彼女の細い身体の線がよく見える。
じっと見つめてしまっていることに気がつき、目を逸らす。
「アロ、とりあえず昼から服を買いに行こう」
「ん? どうしてですか? まだ着れますよ?」
「いや、少し小さいだろ」
「大丈夫ですよ。 それに、時間があるならベルクさんと引っ付いていたいです」
「……正直、身体の線が見えていて目のやり場に困る。 俺としてはそれで嬉しいが、他のやつには見せたくない」
アロが目をパチクリとさせて、自分の格好を見つめる。
そんなあからさまに小さいというわけではないが、少し小さいのは間違いなく、顔を赤らめて頷く。
「へ、変な目で、見ないでくださいっ」
「夫婦だから少しはいいだろ」
「は、恥ずかしいですからっ。 ……言われなければ、こんなの気にならないのに……」
「……気にしろ。 買いに行くか」
アロは料理をしながらチラチラとこちらの様子を伺い、片手を後ろに回して、服の裾をを引っ張って小ぶりな尻を隠そうとするが、恥ずかしがって動いている姿が嫌に扇情的だ。
「いい加減見るの、やめてください。 お料理に集中出来ないです」
「……分かった」
「分かってないのは分かりました。 ベルクさんのえっち、ばかっ」
恥ずかしそうにしているのは可愛いが、嫌われるのも嫌だ。アロから目を逸らし、水を注いでそれを飲む。
「……買いに、行きましょうか。 ベルクさんがえっちな目で見てきますから」
説得が出来たかわりに不名誉な印象をアロに与えてしまったように思える。アロは恥ずかしそうにしながら料理を机に並べていく。
「……ニムにはこのこと言うなよ?」
「言います。 密告して怒ってもらいますから」
「本当にやめてくれ……。 アロに欲情していると言ったとき、本当にすごい顔で見られたんだからな」
「自慢も兼ねて、です。 ところで、欲情ってなんですか?」
「意味のない自慢をするな。 あれだ、そういう目で見るという意味だ」
「ベルクさんはえっちです」
それは否定しようもない。 というか一般的な男なら好いている女子がエロい格好をしていたらどうしても見てしまうだろう。 むしろ見ない方がおかしいといっても過言ではない。
「まぁ、見るなというなら、控えるが」
「……んぅ、そうは言いませんけど」
「嫌なら、俺もやめておきたいと思っている」
「べ、別に嫌じゃないです。 恥ずかしいですけど……そ、その、ドキドキして、嫌ではないですから」
「お前もよっぽどだな」
「よっぽどってなんですかっ!」
出会った当初はもっとクールというべきか。 賢く落ち着いた印象だったのに……今は俺にべったりである。
それはそれで嬉しいが、あの頃の怯えながら俺を助けてくれようとしていたアロも懐かしい。
「ご飯食べましょうか。 どうぞ、あ、お水入れますね」
「ああ。 ありがとう」
いや、世話を焼かれているのは今も変わらずか。
クールに見えたのはただ人見知りをしていただけか、あるいは今がデレデレとしているだけか。
「父母や友人にも、こんな風に接しているのか?」
「えっ、何がですか? ご飯の用意とかは手伝っていましたが」
「いや、そうではなく、よく触れ合うとかのことだ」
「……いえ、ベタベタしたりはしないですね。 ベルクさんとだけですよ。 普通、ベタベタなんてしないじゃないですか?」
「まぁそうだが」
その普通ではないから尋ねているのだが、アロは不思議そうに首を傾げている。
「ん、また嫉妬しちゃったんですか?」
「していない。 気になっただけだ」
「でも、友達とベタベタしてたら、嫉妬しますよね?」
「……ほっとけ。 今日は機嫌がいいな、友人と話したのが楽しかったか?」
アロは食事を並び終えて、にこりと笑みを浮かべて俺の隣に椅子を運ぶ。 アロの身体に対して椅子が大きく少し不安定に見える。
「んー、それもありますけど。 やっぱり、ベルクさんへの想いは恋って分かったからですね。 恋愛の達人である友達に聞いたので間違いないです」
「あの子がか? お前と同じぐらいに見えるが」
「ん、すごいですよ。 なんと五回も男の子を好きになったことがあるそうですよ!」
「……それ、五回も失敗してるんじゃないのか?」
「……!! 確かにそうですね。 ……あれ、むしろ一回目で両想いになって新婚生活をイチャイチャと満喫している僕の方が恋愛が上手いのでは……?」
嫌な気づきを与えてしまったかもしれない。
口元に運ばれて来た料理を、アロの手からスプーンを取って食べる。
不満げに俺を見るアロにスプーンを渡して、深く溜息を吐き出す。
「僕のことを恋愛マスターって呼んでもいいですよ?」
「呼ばない。 あとスプーンから手を離せ」
「僕もスプーンないと食べれませんから」
「こっちにもあるだろ。 これはオレが口を付けた後だ」
「ん、気にしませんから」
「俺は気になる。 ほら、離せ」
「んー、間接キスを気にするなんて、ベルクさんはむっつりスケベです」
「わざわざそれをしに来たがるお前は普通のスケベだな」
「ち、違いますよっ!」
アロはふいっ、と首を動かして俺から目を逸らす。
もう一つのスプーンを手に持って、パクパクと料理を食べ始める。
これで俺もゆっくりと食べれると思っていると、アロがこちらに顔を向けた。
「あ、僕の服、ベルクさんが選んでくれませんか?」
「俺が選ぶと言っても……」
女の服など分からない。 まぁ服を仕立てる店員に聞くなりしたらいいと思い俺も料理を食べていく。




