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魔王を殺す方法

 安物の酒を飲む。 味も匂いも酷いが、酔うことは出来るのでそれでよかった。

 あれからニムに一度も会えていない。 活躍を耳にしているので、彼女も生きているのだろう。


 握っていた手の感覚を忘れようと、血が出るほど強く握り締めて痛みで忘れようとするが、それも叶わなかった。


 俺がこうして捕まらずに昼間から酒を飲めているのは、おそらくニムが言って助かったのだろう。

 勇者はどうやら下手な貴族よりも上の立場らしく……結婚どころか会うことすら出来なかった。


 演説をしている姿を一目見ることは出来たのだが、結局は見ずにこうして酒を飲んで誤魔化すばかりだ。


 勇者が現れたことにより開催された祭りで浮かれている奴らを見るたびに殺したくなる。 ニムの近くにいたかったから、会うことも出来なくとも王都に滞在していたが、そろそろ限界も近い。


 絡んできた男を無視していると頭から酒が掛けられる。 笑う数人の声を無視して、そのまま安酒を煽る。

 吐きそうなほどに不味い。


「あー、つまんねえ奴だな。 プライドってもんがねえのかよ」

「プライド……か」


 少なくともこの国にはそんなものを持っている奴はいないのだろう。 だからニムが戦うことになっている。


 そう思うと急に苛立ちが増してくる。 いつものことだが、適当に殴れば苛立ちも収まると思い、近くにいた笑っている男の首根っこを引っ掴んで何度も顔面を殴りつけ、すぐに飽きて適当に放り投げる。


「クソが」


 何が間違っていたのか……これなら、死んだ方がマシだった。


「ニム……」


 愛していた。 守りたかった。

 だが、結局は何も出来ずに守られている。


 死にたい。 死んでしまったら幾らか楽になれる。


 安物の酒をひたすら飲んでいれば、先程殴った男がいつの間にか目が覚めたのか、剣を持ってこちらに歩いてきていた。

 殺してくれるらしい。 都合がよかった。


 男が怒りのまみ振り上げ、振り下ろす。 死ねるのだ。 そう喜んだ瞬間に酒瓶がその剣を受け流し、ゴツい拳が男を吹き飛ばしていた。


「ったく、こいつは俺の店を血で汚す気かよ。 おい、衛兵呼んで取っ捕まえさせておけ!」


 元々フラついていた男は簡単に捕まって、たまたま近くにいる衛兵に引っ張られいっていた。


「っと、お前は助けられといて礼もなしか」

「……酒」

「お前みてえな奴があれば、辛気臭くなって売れるもんも売れねえよ。 金だけ払ってとっとと出ていっちまいな」

「酒を出せ。 次の酒場に行くまでに切れるだろ」

「アル中かよ。 っほら、金はらえよ」


 言われた金額を支払う。 瓶を片手に持ち、ニムのことを思い出さないように酒を継ぎ足していくせいで、意識も朦朧としながら歩く。

 千鳥足だが、それでも思い出して動けなくなるのよりかは幾分かマシだった。


 不慣れな酒にもそろそろ慣れた。 死にたいと思うのも、慢性的な体のダルさにも、ゆっくりとだが慣れてきた。


 思ったよりもニムは大切な存在だったのかもしれない。 会えなくなっただけで、守れなくなっただけで俺を殺すのには十分だった。

 適当に歩いていると街の端が見えて、久しぶりに街の外に出ることにする。 ニムを追って王都にきたとき以来だ。


 魔物でもきたらいいが、街の近くにはいないのだろうと思って酒を飲みながら歩く。

 どちらの方向か、どこに行くかも決めずに歩く。 眠い、何日寝れていないのかも覚えていない。 ゆっくりと力が抜けて、そのまま地面に倒れる。


 冷たい石畳は存外に心地よく、立ち上がる気も起きない。

 目が覚めなければいい、そう思いながら、目を閉じた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇


『ベルくん! やっぱり戦うのなんて私には無理だよ……。 一緒にいようよ』


 恥ずかしそうな顔でニムが俺へと手を伸ばす。


『ああ、俺が守ってやる。 絶対、守るから……だから──!!』


 ニムの手を握る。 彼女の手にしてはヤケに小さい、そう不思議に思っていると、その手がニムの物ではないことに気がつく。


「ひゃ、ひゃい!」


 びくりと動く小さな手、その手の先には白い髪と紅い目をした少女がびくりと身体を震わせていた。


「誰だ……いや、ここは?」


 周りを見渡すが、ニムの姿はなく、少女趣味の部屋と少女が見えるだけだ。

 怯えた様子の少女の前に、立ち上がって酒臭い息を吐き出す。


「あ、貴方が倒れていたので……」


 何故助けた。 そんな言葉を吐きそうになり、飲み込んで誤魔化す。

 彼女には何も落ち度はなく、本来なら感謝をしなければならない。


 今にも罵倒してしまいそうな口を噤み、少女に頭を下げる。


「迷惑を掛けた」


 一応は彼女の親にも礼を言った方がいいと思ったが、物音はなく、部屋の扉を開けて廊下を見てみるが人がいない。


「……礼を言いたいのだが、親は」

「……いません」

「子供一人を放ってか。 ……まぁいいか、宿代だと思って受け取ってくれ」


 サイフに残っていた金を渡そうとして、受け取りを拒否される。


「いえ……そんな、何もしていないので受け取れません。 そ、それより……お腹空いてるでしょうから……」

「いらん」


 棚の上に金を置いて、横に立て掛けてあった俺の剣と大鉈を手にする。 金銭で誤魔化すのはよくないのだろうが、親もいない中で何かをしてやるのもよくないのだろう。


 長居するのも迷惑を掛けるだけだ。 そう思い出ていこうとしたら、少女に手を掴まれて止められる。


「……その、今は夜ですから、開いてるお店もないので、お腹空いてしまいます……」


 外を見れば確かに真っ暗で、土地勘もないので開いている店を探すのも面倒だろう。 そもそもここがどこかも分からない。


「……それに、食べなくても……明日の朝まで保たないでしょうから、捨てることになってしまいますから」


 どちらにせよ面倒を掛けるのも、金を掛けるのも同じなのか。

 少し子供の頃のニムに似た、臆病ながら優しく強情な姿。 少女にかつての幼馴染の姿を重ね、思わず頷いていた。


 並べられた料理は特段美味いようなものではなく、年相応の子供が頑張ったというような……少し荒さを感じるものだった。


 皮の残った野菜のスープを口に含む。 若干芯が残っているが、雑に噛んで飲み込む。

 不安そうな表情をしている少女を見て「美味い」とだけ伝えれば、彼女の表情は少し明るいものに変わる。


 形の悪いパンを食べ、妙なことに気がつく。


「ご馳走様。 ……家族はいないのか?」

「えっ、あっ……どうして、ですか?」

「パッと見は数人で住んでいるように見えたが、あまり高いところの掃除が出来ていなかったり、物の磨耗具合を見ると、子供が動いた痕ばかりだ」


 水を口に含んでから、続けて言う。


「まぁ、詮索をする気はないが……。 呑んだくれて生き倒れている奴などろくな奴がいないからな」


 量も少女がいつも食べているのと同じなのか、幾分か足りない。 酒も残っているようだったが、流石に彼女の前で飲む気にはなれなかった。


「貴方も?」

「俺もだ。 強盗されるかもしれなければ、暴力を振るわれるかもしれない」

「されてないですけど……」

「何にせよ、危ないからするな」


 酔いも残っているが思考も戻ってきた。 酷い後悔が押し寄せる。

 田舎に戻るべきなのかもしれないが、なんとなくそういう気にならない。


「……分かりました」

「分かってねえだろ。 どう見ても」

「……強盗されるのも、お金もうあんまりないから大丈夫」

「どうやって生きていくつもりだよ」

「分からないです……。 大切なものもないから……いいかなって」


 その言葉を聞くと、もう会うことも叶わないニムのことを思い出す。

 俺と同じなのかもしれない。 彼女も、俺と。


 だからか、俺と同じ気持ちの奴だから、救ったら俺も救われたような気持ちになれると期待しているからか……。


 この少女は酒の代わりにはなるのではないかと思う。


「一宿一飯の恩義がある。 助けてやるよ」


 見ることは出来ないが、その時の俺は酷く醜悪な笑みを浮かべていたことだろう。

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