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月の光は6

 玄関に向かったアロを少し引き止めながら、アロを後ろにして玄関へと向かう。 街中で余程のことはないだろうが、アロと過ごしてきて初めての来客なので多少の警戒心が湧く。


「レイさんでしょうか?」


 あいつは死んだので、それはないだろう。 モモの可能性、ソドエクス……ニムが来た可能性もあるか、多少の期待を寄せながら扉を開けると──知らない中年の男女が立っていた。


「……誰だ?」

「ん? 誰だあんた」


 眉を寄せると、中年の男性もこちらを見て眉を顰めた。

 何かしらの勧誘かと思っていると、後ろから俺の服の裾が握られる。


「あ……ラクレリアさん……」

「あ、アロクルちゃん! よかった元気そうで。 こちらの方は……」


 ああ、アロの知り合いか。 若干の安心を覚えるが、ラクレリアと呼ばれた二人は俺を見て訝しむような表情をしている。

 アロが突然のことで戸惑っていることに気がつき、追い返すわけにもいかないと思い、中に入れることに決めた。


「……とりあえず、中で話を聞く。 アロも大丈夫だよな」

「は、はい。 父母のお友達の人ですから。 お、お久しぶりです」


 緊張はしているようだが、怯えた様子はない。 子供は親しくない大人の前では緊張するものだろう。

 とりあえずリビングに通して、ラクレリア夫妻には椅子に座ってもらう。


「あ、僕……お茶の用意してきますね」


 一人にされても多少気まずいが、アロも緊張しているようなので、俺が代わりにというのも酷だろう。

 夫妻を放ったらかしにして二人で用意をするのも、茶を出さないのもまずいので仕方がない。


 俺を怪しんでいる夫妻を見て、まぁ敵というわけではないと考えて名乗ることに決める。


「ベルク・フランだ。 訳あって、ここでアロと二人で暮らしている」

「ああ、家に住み着いているのか」


 どこか棘のある言葉に目を細めて男の顔を見る。 隠す気もない不信感と猜疑心を不快に思いながらも、アロのことを思っているのだろうと流すことにする。


「その君が住み着いた訳とはなんだ」

「たまたま知り合い、アロが父母を失くして生活に困っていることを知った。 誰かが面倒を見る必要があるだろ」


 まさか行き倒れていたところを拾われて結婚したと言えるはずなく、嘘にならない範囲で男に話す。


 アロが丁寧にお茶を机の上に置いて、俺の横に座った。


「えと、お久しぶりです。 ……あの、何のご用事でしょうか?」

「友人の娘が生きていたことを知ったから様子を見にきた。 昨日、近くに寄ったら人の気配がしていたから来た」

「あ、そ、そうですか。 ありがとうございます」

「その男はなんだ」


 その男という言葉にアロの眉が寄る。


「ベルクさんです。 ……何か問題でもありますか?」

「いや、そういうわけじゃないんだけどね、私達もアロクルちゃんが心配で……」


 女性の声を聞いて、アロは嫌そうな表情をして俺に目を向ける。


「もしアロが一人だったらどうするつもりだったんだ?」

「親友の娘だから、私達で育てようかって思ってたの」

「それは今もそうするつもりか?」


 女性は困ったような表情をしてアロの方を見る。


「ウチには同じ年頃の娘と息子もいるしね、ここで暮らすのよりか幸せになるかなぁって思ってはいるかな」


 やんわりとだが、手を引けと俺に言っているのだろう。

 まだ会ったばかりだが、普通の人に見える。 彼等には普通の家庭があるのだろう。

 アロにとって、普通に過ごすことが出来るならばそれに越したことはないだろうと思う。

 俺との暮らしでは、どうしてもまともな生活にはならない。 普通の女の子のように家事の手伝いや子供同士の遊びという生活ではなく、研究と家事全般をすることになる。

 明らかに今の生活より負担が減りそうたった。


 アロを見ると、彼女は迷う様子もなく首を横に振る。


「ベルクさんと一緒にいます」

「その男はまだ若いようだ、生活も安定しないんじゃないか」

「その男ではなく、ベルクさんです」


 アロの意思は固いように見えるが、それはアロのためだろうか、と疑問に思う。


「アロ、俺のために、と考えるのはやめておけよ。 生活も今より楽になるだろう。 昼間に一人で待つことも減るはずだ」

「ベルクさんといたいんです。 だから、ベルクさんと一緒にいます」

「別に、会えなくなる訳じゃないだろ。 この近所なら、近くに宿を取るから、いつでも会える」

「いつでも会えるじゃ、やっ、です。 いつも一緒がいいですから。 それとも、ベルクさんは、僕と一緒は嫌なんですか?」


 そんなはずはない、と言うと、俺たちのやり取りを静観していた二人にも、アロが俺に好意を抱いていることが伝わったらしい。


「……嫁入り前の娘が、男と同棲などしていれば貰い手がいなくなるだろう」


 すでに結婚しているとアロが言うかと思ったが、彼女は首を横に振って誤魔化す。


「大丈夫ですから」

「俺はあいつの友人として、その残した娘を得体の知らない男に預けておくことは出来ない」

「そ、そう言われましても。 ……ぼ、僕としては、ラクレリアさんとは面識がほとんどありませんし、ありがたいですけど、お断りさせていただきたいです」


 アロは既に考えは決まっているのか、考える素振りも見せずに断る。


「でも、確かに嫁の貰い手が……ね、アロちゃんも女の子だしね」

「そ、それは……」


 アロが俺の方をチラチラと見る。 もう結婚しているとはっきり言えば楽だと考えているのだろう。


「……父母がいなくなり、アロには寄る辺がない。 父母の知人とは言えど、ほとんど知らない数人と共に暮らすというのは酷だろう。 不安の方が大きいのは当然だ」


 机の下でアロの手が俺の手を握り込み、仕方なく断ることに決めて話す。


「子供の頃に男に育てられたからと嫁の貰い手がいなくなるということもないだろう。 アロは頭も良く、勤勉で器量もいい、何にせよ引く手数多だ、気にする必要はないと思うが」

「……君はここに住んでいるようだが、都合良く利用しているということはないのか」


 アロがふんっと怒ったような表情をして、俺は近くに置いていた鞄から、商人ギルドに渡すための紹介状を取り出す。


「これを見ろ。 ああ、封は開けるなよ。 騎士の書いた紹介状だ、身元の保証には充分だろう」


 納得したのか、していないのか、特に反論出来る部分もなくなったが、俺のことを信用しきれていないのだろう。


「そろそろ夕食の時間だが、食って行くか?」

「いや、今日は帰らせてもらおう」


 あまり失礼にならないように帰るよう勧め、ラクレリア夫妻は立ち上がった。


「土産も持たせられなくて悪いな」

「さ、さようなら」


 家から出て行く二人を見送ったあと、不慣れなことに対する気疲れで思わずため息を漏らすと、アロはべたりと俺に身体を寄せる。


「どうした? アロ」

「ん、んぅ……いえ、その、ベルクさん、僕が邪魔なのかと思いまして。 説得……しようとしていましたから」

「あれは、アロの幸せを考えると、現状よりいいのではないかと思っただけだ。 お前が嫌なら、離れることはない」

「本当ですか? ニムさんとイチャイチャするために離れたりしません?」

「するはずがないだろう。 もしお前があの二人について行くと言っても、可能な限り時間を割いて会うつもりだった。 それに、結婚してもおかしくない年齢まで待つつもりもある」

「……もうしてますけどね」

「流石に言えないだろう」


 歳も結構離れている。 アロはまだまだ子供で、背も低く胸や尻も膨らんでいない。

 多少でも大きくなっていれば、まだ大丈夫かもしれないが……。

 性知識がないことを思えば、まだ二次性徴というものがきていないと思われる。 来ていれば、親も話していただろう。


「言ってくれたら嬉しいですけどね」

「……善処する。 言っても問題なさそうな相手にならな」

「んぅ、口約束だけだと、不安ですから」

「分かった」


 アロの言葉に頷く。 まぁ、結婚と言っても、何もしていないので、俺と同様でその実感はないのだろう。

 その証拠となる人がいてほしいという考えも理解出来る。

 次に会ったときには結婚していると言おうと思いながら、夕食の準備をはじめる。

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