舌打ちを幾度か6
ニムが寝ているうちぐらいしかアロの体液を摂取するチャンスはない。 実質的に無制限の許可を得たことと、彼女が恥ずかしそうにしていることを思えば、今もいいということだろう。
アロの身体を抱き寄せる。 掴んだ肩も小さく、触れることが恐ろしいほどに軽い。
怯えた様子を見せながらも、無抵抗で俺に掴まれている。
小動物じみた姿は嗜虐心をそそり、その白い首筋に歯を押し当てたくなるのを感じながら、頰に唇を押し当てて少しだけ舐めた。
「ん、ひゃう……」
身体を縮こませるが逃げるような様子はない。
村にいた猫が獲物を動けなくしていたぶっているのを見て残酷だと思っていたが、その猫の気持ちも分かってしまう。
背筋を伝うように喜びの感覚が現れて、アロの身体を強引に抱きしめる。 少ししてから腕の中で息苦しそうにしていることに気がついて離すと、アロはぼうっとした目でこちらを見る。
「……ベルク、さん?」
「可愛いな、お前は」
舐め回すのは時間もかかれば、狭い密室では臭いがするかもしれないと思えば、欲を満たすために取れる道は一つだった。
正面からアロの顔を見据えると、彼女はびくびくとしながら、目を閉じて少しだけ首を上へと傾ける。
「……嫌なら、やめるが」
「きゅ、急だから……その、いやというわけでは……」
抱きしめたまま彼女の頭を何度か撫でる。
「その、ごめんなさい。 好きなのに、出来なくて」
「いや、俺が急いていただけだ。 ほんの数日前まで、恋人どころかほとんどそういうことを意識していない関係だったのにな」
「僕は、ちょっと期待してました」
「それも旅に出る前はそこまででもなかっただろ。 急ぎ過ぎただけだ」
手を出して良いと言われて、がっついてしまった。
アロは申し訳なさそうに目を伏せて、俺から少しだけ距離を取る。
「ごめんなさい。 その、好きです。 でも……ベルクさんが、その、怖くて」
「……そうか」
「あ、いえっ、普段のベルクさんは優しいんですけど、さっきのベルクさんは、その、狼? とかの肉食獣みたいで……」
アロはそう言いながら、頭を下げる。 謝るようなことではないだろう。
性欲のことを獣欲と呼ぶが、まさにその通りなのか……アロに欲情をしていた俺は、アロから見れば獣じみたように見えたらしい。
上手いこと獣性を隠すなり出来れば良いのかもしれないと思ったが、アロにキスなりをしようとすると、その身体の柔らかさや小ささ、可愛らしい容姿や仕草に夢中になってしまい、それを隠すだけの余裕はなかった。
人間といっても、対面を取り繕うだけの余裕がなく、欲情して性欲という本能に支配されていれば獣と何も違わないのだろう。
俺もどうにかしようかと思ったが、異性に対する欲求自体が村の娘には少しだけ、ニムにはなんとか理性と保護欲が勝つ程度、であり、我慢出来ないほどの欲求は初めての経験のために我慢の方法が分からない。
どうにも性やら恋やらは不慣れである。
「……まぁ、否定はしない。 あと、あれだな、戦闘時の昂りが収まりきっていないせいもある」
「昂り、ですか?」
「ああ、生存本能が刺激され、しばらく続くと聞いたことがある」
「生存本能?」
子孫を残そうとする、などと言おうかと迷い、言わずに誤魔化す。
少々、悶々とした感覚が残り、二人と共にいるとそれを煽られるが我慢する他ない。
「……寝るか」
とりあえず寝て気分を誤魔化すことにする。 散々働いた後なので、しばらくゆっくりとしていてもバチは当たらないだろう。
何日かして少し大きな街に辿り着き、ソドエクス達がこの街の騎士などに事情の説明をしている間に、観光まがいの散歩を行うことになった。
「んー、こうしてると二人で逃げてた時のことを思い出すね」
「街並みなんて規模と風土が近ければ似通うだろ」
「そりゃそうだね。 ……結局、帰ったらどうするの?」
「アロと魔法や魔道具の研究、商人と交渉して技術を売る、傭兵ギルドに入って武功を立てる、魔術師ギルドに入り勉強する、金を稼いで教会に寄付、鍛治などの物作りが出来る人材を探す……まぁ色々だな」
「忙しいね」
「お前も似たようなものだろ。 ……早く一緒になれるように、急ぐから待ってろ」
「うん、ずっと待ってる」
二人で話しているとアロが俺の手を握ってつねり、それを甘んじて受け止める。
満足してつねるのをやめ、手を離そうとしたアロの手を握り、指先で軽く撫でた。
「ん、んぅ……」
「はぐれても困るだろ」
「はぐれませんけど、はい……その、ベルクさんが心配なら」
軽く手を引き寄せると、アロは恥ずかしそうに頷く。
「どこか行くところ決めてるの?」
「いや、どこに何があるかも分からないから適当だな。 アロの服が汚れているから新しいのを買ってやりたいが、仕立てるにしても時間がかかるだろうことと、帰るまでの荷物になるのもどうかと思っているところだ」
「ボロボロ具合ならベルくんの方がよっぽどだけどね」
「女は着飾りたいと聞くが」
「……その、僕は……別に、です。 お洒落しても、可愛くないですから」
「いや、そういうのはいいから。 面倒だ。 まぁ仕立てるのにも時間がかかるから帰ってからか」
「ねえねえベルくん、私には何かないの?」
「お前は自分で買え。 そもそも財布が別だろう。 俺が見栄を張るためにアロとの共有の金を使えるか」
ほんの少しだけ不満そうに、ニムは唇を尖らせる。 金なら俺たちよりもよほど持っているだろう。
「まぁあんまりゆっくりも出来ないから仕方ないよね……。 べ、別にプレゼントなんて期待してないしね」
「ならいいか。 とりあえず、宿を探すか。 何日かは滞在することになりそうだからな」
「ソドさん達に言わなくていいのかな?」
「兵舎の近くなら大丈夫だろ。 ……ニム」
「どうしたの?」
「特別なことをせずに、以前のようにゆっくりと過ごしたい」
「うん、そうしよっか」
兵舎の近くの宿を取り、荷を下ろして三人でゆっくりと休んでからソドエクスに宿の場所を伝えて、夕食を食べに向かう。
普段食べているものより少し塩辛いことに顔をしかめていると、ニコニコとしたニムが自分の食べていたものを食べるように勧めてくる。
アロや他の客もいるからと拒否をすると、伸びてきたスプーンはアロの口元にいく。
断りきれずにアロはそれを食べて、頷く。
「あ、美味しいですよ、これ」
「なら追加で頼むか?」
「そんなに食べれませんよ。 ……ニムさんこれも美味しいですよ」
「んー、ちょっとちょーだい」
気を使わせて、無理に仲良くしているのかと思ったが、ニムはあまり気を使わないので彼女の方は本当にもう気にしていないのだろう。
「ベルくんはそれだけでいいの?」
「ああ」
「少食になったの?」
「……まぁ多少な」
「そういえば、なんで目が紅くなってるの?」
「今更か。 ……魔法だ、回復魔法の影響でなっているだけだ。 気にするな」
「へー、すごいね。 回復魔法使えるようになったんだ」
「自分にしか効かないから当てにはするな」
ニムは頷いきながら、スプーンを俺に向けて伸ばす。
「はい、あーん」
「……だから、それは」
仕方なく口を開いて食べると、ニムは嬉しそうに笑う。
恥ずかしさに目を逸らし、水を飲む。
あと、数日もこうしていられないのかと思えば、食べた味が嫌に不味い。
もしかすると、俺の人生で一番幸福な時間が、今になるのかもしれなかった。
数日後街を出て、都の石畳を馬が踏む音が、ニムと共にいれる時間の終わりを告げた。




