表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

61/97

舌打ちを幾度か4

 ニムが寝静まったのを確認しベッドから降りる。

 アロは細く目を開けて、うすらぼんやりと俺を見つめ、俺の手を引く。


「どこ、行くんです、か?」

「いや、その、なんだ」


 アロを起こす手間が省けたのはいいが、面と向かって答えるのは気恥ずかしい。

 どうしても、妙なことであるのは間違いなく……正面から言えることではなかった。


「あっ……その、はい……」


 俺の様子に気がついたのか、アロは目を逸らしながらもぞもぞと布団から出て、ニムが退かしていた布団をかけ直す。

 ゆっくりと二人で部屋から出て、掠れさせた小声で彼女に声をかける。


「アロ、いいか?」

「……その、ニムさんに言われて寝る前に身体を拭いていたので……血の方が、いいかもしれません」

「いや、なら……諦めた方がいいか。 怪我はさせられない」


 ただでさえ、アロは全身が打撲で傷ついているのだ。 俺を助けに来た時も無理をしていたようだし、これ以上、怪我をさせるわけにはいかないだろう。


「仕方ない、寝るか」


 俺がそう言って戻ろうとすると、アロが俺の服の袖を掴む。


「……少し、お話しませんか?」


 幼いながらも整ったかんばせは不安そうに少し歪み、縋るように俺を見ている少女を見ると断るという選択肢は失われていた。


 父母が健在であったなら、俺のようなちゃらんぽらんのダメ人間に捕まえられることはなく、幸せに過ごし、幸せに生きていたのだろう、と容易に想像がついた。


 頭も良く、性格も柔らかで、器量のよい娘だ。 少し年月が経てば、嫁にしたいというものは幾らでも出るだろう。


「ああ、ここでは声も小さくしか出せないだろう。 外に出るか?」

「いいんですか?」

「……聞き返してくれるな」


 頷いたアロと二人で家から出て、月明かりを頼りに、あるいは互いの歩みを寄る辺にして、時間を惜しむように小さな歩幅で地面に足を擦らすように歩いた。


 話をしようと言ったのに、話すことなくゆっくりと歩く。 不思議と心地は良かった。


「……お前には、頭が上がらない」

「僕、迷惑かけてばかりです。 ……ニムさんに、身を引こうと、思ってたんです。 本当は」


 村の周りをゆっくりと進む。 交わす言葉は謝罪やら、懺悔やらばかりだ。


「怪我をさせた。 傷も残るかもしれない」

「僕が、勝手なことをしたからです。 だから、危ない目に遭って」


 しばらく歩けば村を一周してしまった。

 ルシールの家の前で立ち止まる。 少し疲れた様子だったが、まだ話し足りないようだったので、上着を脱いで地面に敷いた。


「……汚れますよ?」

「これからはあの外套を着るから、あまり着ないだろうから気にするな」


 アロはおずおずと敷いた上着の端に座る。

 明らかに俺が座る場所が残されていて、そこに腰かければ、アロの肩や脚と身体が触れ合ってしまう。


「……僕、ベルクさんのこと、好きなんです」

「ああ、聞いた。 ……正直、騙すようなものだと思っているが」

「騙されてないです。 ダメなところも、分かってるつもりです。

 ……でも、やっぱりニムさんとの方が、お似合いです。 譲るべきだったって、分かってて」


 嫌いではなかった。 謝り合うのは、腹を見せて負い目を晒し合うのは、甘い味がした。

 多分、アロもその通りなのだろう。 離れる気など、サラサラと言っていいほどなかった。

 少女の吐息が首筋にかかり、食欲と情欲をないまぜにした感覚が頭を支配する。


 それを振り払いながら、彼女の頭を撫でた。


「でも、諦められないので、ベルクさんが、はっきりと断ってください。 僕と一緒にはなれないって」


 弱々しいアロを愛おしいと思った。


「星、綺麗ですね」

「……服、少し上げてもいいか」

「はい。 ……えっ、ダメです。 なんでですか」

「いや、怪我の様子が気になった」

「……恥ずかしいので、嫌です。 大したことないですから」


 アロは首をふるふると横に振る。


「ニムは、さ。 強いかもしれないが、普通の女の子だから弱い。 だが、勇者だからと誰からも守ってもらえない。 だから俺が守らないとならない」

「はい。 分かってます」

「アロには守られてばかりだな」


 アロの身体を抱き寄せる。 彼女の顔を見つめ、赤らんでいるのが可愛らしく、見惚れてしまう。


「依存してくれるな。 俺はロクでもない」

「もう手遅れです。 自分からは、離れられません」

「俺も無理だ。 ……今更すぎるだろう」

「だって、取られると思って怖かったですもん」


 可愛いと思う。 愛おしいと、強く。

 華奢な身体を引き寄せる。 あまりに軽く、強く持てば折れてしまいそうだ。

 月明かりに照らされた彼女の黒髪は、単純な黒色ではなく、うすらと光を反射してほんの少しだけ青色を思わせる。

 烏の濡れ羽のような、深い艶のある黒だ。


 いつものようにボサボサとしていないのは、アロの言う通りに、ニムへの対抗心でほんの少しだけだけれどお洒落をしているのかもしれない。


 白い肌はシミやシワもなく、頰を触っても引っかかりを感じない。 声は甘えるような高い声だが、不思議と耳には触らず心地よい。


「お前がいないと、何度死んでいたか、知れたものではない」

「足引っ張って、ばかりです」

「そうじゃないんだ。 ……生きたいと思えたから、生きている。 アロがいたから生きたいと思ったんだ。

 ニムのためなら死ねると、命を捨てようと思っていた。 だから……死ぬときは諦めていただろう」


 誤魔化す言葉ばかりが口から吐き出される。


「ありがとう」


 などと、半分は本音でも、もう半分は誤魔化しているだけだ。


「……言わないと分からないか?」

「なにがですか?」


 分かるはずもなく、伝わるはずもない。

 乾く喉を唾を飲み込んで少しでも潤わせるが、舌の根からカラカラとひどく乾く。 言ってもいないのに、羞恥に死にそうだ。


 アロは立ち上がって俺と家に戻ろうとして、俺は彼女の手を掴んで止める。


「……どうか、しましたか?」

「アロ、一度言うだけだ」


 アロは首を傾げて、俺を見るが、俺の口は上手く動かない。

 勢いに任せて言うのは出来ても、冷静に顔を合わせて言うのはあまりに気恥ずかしい。

 いや、アロや生の希望に合わせる形ではなく、俺が乞うかたちだからかもしれない。


 クリクリとした黒い目が俺を見る。 こて、と首が傾げられる。


「えっと……何が……」

「愛している。 結婚してくれ。 頼む、お前がいないのは……死ぬことよりも辛い」


 目を大きく開いたアロの頭を抱きしめて、ひどく熱くなっている顔を見えないようにする。

 もごもごと抵抗するアロの力は少しずつ弱まり、俺の背に手が回された。


「……いいんですか?」

「ニムに叱られるのは、甘んじて受け入れる」

「……嫉妬深いです、僕は」

「我慢してくれ。 可能な限り善処する」

「……依存しますよ」

「すまない。 俺が騙した」

「……まだ、子供です」

「変態呼ばわりぐらい、諦める」

「……結婚してあげます。 そこまで、言うなら」


 改めて、とアロは付け足す。 受け入れられると分かっていたが、ひどく緊張して心臓が大きく早く動いていた。

 赤くなった顔を隠そうと抱きしめたが、そんなことをしたせいで余計に心臓の音をよく聞かせてしまったかもしれない。


 彼女の頭を話すと、アロはえへへ、と可愛い顔を緩ませる。


「ベルクさん、すっごくドキドキしてました。 僕のこと、本気で好きだって、すごく分かりました」

「……うるさい」

「こんな子供口説いちゃって、ダメですよ?」

「……言うな。 俺も戸惑っている」

「ニムさんと、経験豊富なんじゃないですか?」

「そんなわけあるか。 ……本当に、ただの幼馴染だったから、好意やら結婚やらは、最近のことだからな」

「……初恋は僕ですか?」

「ニムとは近すぎて分からないだけだ。 好いてはいた。 自覚していないだけかもしれない」

「むー、そこは「アロが初恋だ」ぐらい言って欲しかったです」


 彼女から目を逸らす。 そう言えば、彼女くらいの歳なら既に好いた人がいてもおかしくないと思うが、彼女のように「初恋」について尋ねるのは羞恥が過ぎる。


 もしかしたらアロと同年代の男児に本気で憎しみやら嫉妬を覚えてしまうかもしれない。


「……ベルクさん怖い顔してますけど、僕の初恋が気になってますか?」

「……知らん」

「分かりやすいですよ。 ん、ベルクさんが初めてですよ、好きになったの」


 思わず眉間のシワを減らしてしまい「よかったですね」とアロに付け足され、本気で安堵していることがあまりに恥ずかしすぎた。

 立ち上がって敷いていた服を回収して、逃げるように家に入る。 アロはクスクスと笑って、ついて入る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ