舌打ちを幾度か3
ソドエクスとの会話が終わり、互いに舌打ちをしてから同時に剣を引き抜く。
示し合わせたわけではないが……なんとなく不快であるこいつと仲良しこよしと話して終わるのは気分が悪い。
「ご教授願えるか? なんだかんだと、お前との二度の戦闘は特に手こずることさえなかったからな。 今になって、本当にニムに教えられるかが疑問に思える」
「はっ、田舎者の蛮剣使いが何をどう言っている。 二度ともお前が途中で尻尾を巻いて逃げ出しただろうが」
ニムがアロを持って離れたことを開戦の合図として、ソドエクスと剣がぶつかり合った。
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「ははは、これだから田舎者は、愚かな」
「っ! 何、剣の勝負で魔法使って飛んでるんだよ! どう考えても卑怯だろ! 降りてこい!」
「お前が魔法を組み合わせた戦いを教えろと言い、それが出来るかを確かめるための戦いなのだろ。 ならば私が魔法を使って戦うのは必然だ」
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「おら、こいつの命が惜しけりゃ降りてきて武器を捨てな」
「き、汚いぞ! 模擬戦で人質を取るなど!」
「戦いってのはお行儀よくするもんじゃないんだよ。 やれることをやらずに制限するなど模擬にも訓練にもなってねえよ。 おらっ、とっとと武器を置いて這い蹲りな!」
「キャー、ソドサンタスケテー」
「勇者様っ!」
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「ふん、こう囲まれればお前も逃げられないだろう。 手こずらせてくれたな、下郎!」
「部下を使ってんじゃねえよ! 一対一で戦え!」
「騎士というのは隊を率いてこそもの。 彼等は私の一部であり、全員で一つだ」
「屁理屈にもほどがある!」
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夜風に当たりながら疲労感が取りきれない身体を引きずって部屋に戻ると、ルシールがつまらなさそうに溜息を吐き出していたのが見えた。
「起きていたのか」
「あ、ベルクくん。 まあね、ベルクくんの荷物とか纏められてるみたいだけど……」
「明日か明後日には出る。 もう魔物が頻繁に襲ってくるということはないだろうし、いつまでも世話になっていると食料の問題が出てくるだろ」
「そんなに急がなくても、ベルクくんが狩ったお肉の量の方が多いよ?」
「いや、また今度に国の調査隊が森……はもうなくなったが、異界の森だった場所にくるだろうからな。 食料などの協力が求められるだろう。 騒がしくして悪い」
小さく微笑むルシールはアロの頭を撫で、アロは困ったようにしながらも抵抗をせずに受け入れた。
そのまま小さくお辞儀をして、ルシールの表情を伺う。
「お世話になりました。 その、ご迷惑をおかけして」
「ベルクくんとアロちゃん……あとニムシャちゃんお国の人だったの?」
「いや、ニムだけだ。 あいつらとはちょっとした縁で知り合っただけだな。 ああ、金は払うから何かしらの日除けになる傘や布とかないか?」
軽く溜息を吐き出す。 そういえば、まだ行商の少女はいるのだろうか。 吸血鬼化している身体で日中に歩くのは少しばかり辛いので、前に払った金で馬車に乗せてもらえないだろうか。
「えーっと、布ならそこら辺ので……あっ、そういえば、いいのがあった」
ルシールはランプの火を持って移動し、ガサゴソとクローゼットの中を動かして、大きい布を取り出した。
「これ、昔、服を作ろうと思って買ってたんだけど、結局作らなくてさ」
「……いいのか?」
「使ってないって」
「いや、大切にしているように見えたからな。 確かに少し古く見えたが、見すぼらしくはない」
「……そうかな」
布を受け取り、ハサミと針と糸を借りて作業をしようとすると、ニムが首を傾げる、
「……なんで、外套を作るの?」
そういえば吸血鬼になったことを伝えていなかったか。
言おうかとして、アロが首を横に振ったのを見て口を閉じる。 あえて言って心配させる意味もないだろう。
「お洒落だ」
「えっ、あっ、そうなんだ。 ……私しようか? ベルくん疲れてるだろうしさ」
「なら頼むか」
ニムが作業をしている横で装備の手入れをしていると、ニムは俺を見てクスクスと笑う。
「結局休んでないね」
「お前を働かせて寝るのは、少しな」
黙々と月明かりで作業をしていると、二人の間でこくりこくりと眠たそうにしているアロが、思い出したように尋ねる。
「そういえば……妊娠って、赤ちゃんが出来ることですよね?
なんでベルクさんと一緒にいたら出来るんですか?」
「……いや、それはな。 ……アロ、分かってて言っているのか?」
「何がですか?」
「いや、子供を作る方法というか、そういうことをだ」
「知ってますよ? 常識じゃないですか。 夫婦で教会に行ってお祈りしたら、神様が授けてくださるんですよ」
ニムの方に目を向けると、彼女は首を横に振る。
「どうかしましたか?」
「いや、なんだ。 まぁ、ほら、あれだ。 ……俺もニムも熱心な信徒だからな。 一緒に教会に行ってしまうと思ったんだろ」
「まぁ私もベルくんも日に三度は行くからね」
「へー、そうなんですか。 ……なら、ベルクさん、一緒に……行きます?」
「ん? ああ、行っても──」
俺が頷こうとすると、ニムに腹を小突かれて止められる。
「ベルくん、それ、子供が欲しいって意味だからっ」
ニムは耳元に小声で言い、俺も遅れて気がつく。
頷くのは簡単で、実際に行くことも難しくはない。 まぁ子供が出来るはずもないが……。
問題は「夫婦です」と言われるのでさえ世間体が危ないというのに「子供を作ってます」「お腹に赤ちゃんがいます」などと言われれば、流石に世間の目が恐ろしい。
「……少し、早いんじゃないか?」
「何を耳打ちされたんですか。 ……ニムさん、止めるのはフェアじゃないです」
「いや、止めたわけじゃなくてね」
「どう見ても止めてました。 頷いてましたもん。 ね、行きましょうね、ベルクさん」
「俺もお前も若い、急がなくていいだろう。 貯金もないから、子供にひもじい思いをさせることになる」
俺がそういうと、アロは仕方なさそうに引き下がる。 頭が良く、理性的なおかげで説得がしやすい。
「じゃあ、ちょっと後ですね」
「そうだな。 甲斐性がなくて悪い」
「いいんですよ。 ちょっと節約していったほうがいいですね」
「……そうだな」
「えへへ、楽しみですね。 可愛いでしょうね、ベルクさんに似たら嬉しいです」
「ああ……そうだな」
どうしようか。 ものすごい速度で話が進んでいる上に、止めにくい。
えへえへと嬉しそうにしているアロの頭を撫でる。
「ベルくん、ダメだからね?」
「ニムさん、止めないでください。 ……三人のルールとか決めますか? 妻同士で、揉めるかもしれませんから」
「うーん、どうだろ。 状況とか結構変わるしなんとも……。 それにアロちゃんはまだ子供だし……結婚とかは早いような……」
「10歳ですから、もう結婚してる人ぐらいいますよ。先先代のお姫様の一人も、それぐらいだったはずです」
会話をしながら作業を終えて、ニムに簡素な外套を渡される。
「結構丈夫そうだな。 着心地もいい」
「時間がないからかなり簡単に作っただけだから、また別の街とかで材料を買って改良していくね」
「助かる」
「いいよ。 ベルくんも出来るの知ってて、私がしたかっただけだから。 じゃあ、寝よっか」
ニムはそう言い、俺の手を引いてベッドに行こうとする。
そろそろアロの体液を摂取しなければ辛い。 意識しないようにしても、ニムに対抗してか、べったりとくっつかれていて、どうしても意識してしまう。
ニムが寝静まった後にアロを連れて廊下で隠れて舐めればいいだろうか。
幸い、二人の間で目を閉じても、一切眠れそうになかったのでそこは辛くはなかった。




