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幼馴染が勇者だった6

 明らかに熱くなった気温の中、息を荒げながら走る。

 幸いながら龍はこちらではない方向に向かっている助かった。 荷物は捨てなければいけないが、またやり直すことが出来る。


「ニム! 街から出るぞ!」


 狂ったように逃げる人の中で俺もそうしようとしたが、彼女が立ち止まる。


「行くぞ! いつこちらを向くか分からない!」


 引っ張っていこうとするが、彼女は動かず、龍の方向を見るばかりだ。

 逃げる人々の顔が見えるのは、それに逆らうように身体を向けているからである。


「ティナちゃん……」


 その言葉に、ニムの真意が分かってしまう。

 龍の頭が向く方には、いつも止まっている宿屋があった。 彼女は当然そこにいるだろう。


 救いたい気持ちは分かるが、否定する。


「無理だ! あんな化け物に勝てるわけがない!」

「でも! ティナちゃん達が! 奥さんは足が悪いし、このままだと!

倒せなくても、運ぶだけなら!」


 彼女はそう言って俺の手を振り払おうとする。 身体能力でもニムには負けており、このままだと振り払われてしまうが説得も出来そうにない。


「ッ! 危なくなったら逃げるぞ!」


 彼女の手を引いて流れに逆らって走る。 普通に走れば人が邪魔だと判断し、ニムを屋根の上に投げ飛ばし、ニムに上から引っ張られて屋根の上に乗り、屋根を伝って跳んで走る。


「馬鹿が! 人のために死ぬ気か!」

「ベルくんには言われたくないよ!」


 龍に向かって走り、突然龍の動きが止まったのを見る。 いや、あれは息を吸い込んで……!


「久遠の彼方よりも永きもの、欠片の思いすらなき魂、冷たき氷よ、その生命を止めて我が敵を封じよ!!【冷氷縛】!!」


 ニムが魔法を放ち、遠くにいる龍の口元が氷に覆われてあげられなくなる。 吐こうとしていた火は止められたが、代わりに龍の目がこちらに向く。


 懐から札を取り出し発動させる。


「符術【幻影を見る】。 ニム、俺があの龍の足留めを少しでもするから、あいつらは頼む」

「ベルくんでも無理だよ!」

「生き残るだけなら得意だ。 全員死ぬより、俺に賭けろ」


 龍の熱のせいか、ニムの魔法が解ける。 俺は龍へと走り、ニムは納得してはいないだろうが指示に従って屋根から飛び降りる。


 札を投擲具に付ける。 【空を切り取る】の防御力では防げるはずもない。避けるしかない。

 龍の目に向かって投擲具を投げつけて、刺さるはずもないので途中で発動させる。


「符術【携帯する太陽】 二連!」


 叫びながら火を噴く龍を見ながら、先ほど発動させておいた【幻影を見る】の札を適当に放ってから屋根を降りて全力で走る。

 こういうときは、魔力が低くて助かる。 魔力を見ることに長ける魔物からすれば俺の魔力の少なさは透明に近いのだろう。


 持っていないという弱さ(ツヨさ)。 それに感謝しながら、新しい札を投擲具に付け、一瞬考える。


「あいつ、耳何処だ」


 俺の戦術である五感を奪う策は相手のそれが何処にあるかが分かってこそだ。 そもそも、【空を切り取る】以外の三つは全て五感を奪うためのもので、それ以外に出来ることなんてほとんどない。


 普通の魔物なら一撃で仕留められるニムの【冷氷縛】を喰らっておいて、数秒で立ち直ることを思えば剣で倒すのは不可能だろう。


 適当に龍へと投擲し、適当な位置で発動させるが、驚かせただけで終わる。

 もしかしたらない可能性も考えたが、あの龍は鳴き声をあげている。


 鳴き声とは基本的に同種同士のコミュニケーションか周りの危険などがないかを探るためにあるもので、耳がなくては声帯を持つ意味がない。

 鳴き声があり、声帯があるのならば耳もあるはずだ。


 蛇のような埋もれた耳がだと【祝歌を遮る】の効果も薄く耳も見つけにくいが、鳴き声をあげる生物なのだったら、聞こえにくい裏などに埋もれた耳を持っているとは思えない。


 穴。 穴、あれの穴を見つけてそこに打ち込む。 熱気と火に炙られながら駆け回り、龍が視力を失っている間に側面に回り込む。


 ──見つけた。


 自然と頰が上がり、そこに投擲具に付けた札を投げつけて発動させる。


「符術【祝歌を遮る】!」


 鼓膜や眼は鍛えようのない部位だ、巨大であろうとダメージには変化がない。

 鳴き声を叫びながら暴れ回る龍に背を向けて走ると、金色の髪が見える。 それと、血に濡れて倒れている大男もだ。

 見覚えのある服、わんわんと甲高い少女の鳴き声、すぐにその男の素性に気がつく。


「シドソデル!!」


 駆け寄って彼の身体を触る。 まだ暖かい……だが、脈も息も感じられない。


「お父さん! お父さん!」


 ティナが泣いている。彼女を慰める言葉はない。 見れば分かった、ついさっき怪我をしたのだろう。 駆けつけるのが数秒でも早ければ、結果は違ったのだ。


 ニムを止めていなければ生きていただろう。 俺が殺したようなものだ。 札を投げる。


「符術【空を切り取る】」


 飛んで来た破片を受け止めていると、数人の衛兵が見えた。

 逆走をしながら避難誘導をしているようだった。


「ニ……アリア、行くぞ」


 ニムに声を掛けるが、彼女は立ち惚けて暴れ回る龍を見ている。


「……ねえ、ベルくん」

「逃げるぞ」

「倒そうよ。 倒そう。 このままだと、また、こうなる。 避難しても、絶対に逃げ遅れる」

「勝てないだろ!」


 万が一、勝てたとしても……こんな目立つ場所で戦ってしまえば、素性が割れてしまう。

 ニムはそれも分かっているのだろう。 だから、衛兵がいる前で俺のことを「ベルくん」と呼んだのだ。


 彼女は何かに誘われるようにフラフラと前へと歩く。 爆ぜるように燃えていた家の残骸は、ニムの道を作るかのように一人でに割れていく。


 あり得ない光景。 まるで奇跡を起こす前準備のような、幻想的なすがた。


「ニム! 逃げよう!! 俺と結婚してくれるんだろ!!」


 人のために生きようとしないでくれ。 そんな俺の身勝手な言葉は届かず、彼女の口から聞いたこともない詠唱が紡がれる。


「────。 来て、聖剣」


 見たことない剣が握られる。 それを見れば、無理矢理にでも理解をさせられてしまう。

 凡夫の俺が、どうやっても届かない存在なのだと。 選ばれたものであり、俺はただの人であることを。


 彼女は疾風のように駆け、龍が振り下ろした腕を聖剣で受け止め、そのまま切り裂く。


 衛兵が呟いた。


「……勇者、様?」


 ああ、その通りだ。 ニムは、ニムシャ=ブレイブードは勇者だ。

 何の否定しようもない、人のためにならば怖くても戦える。


 力が抜けて、崩れ落ちる。


 逃げることは、不可能だ。 そのまま暮らすなんてことも出来ない。


 龍が吹いた火を氷魔法で受け止めて、その氷は炎を打ち破ってなお突き進み、龍を凍らせる。 彼女は一足で跳ね飛び、龍の首を断ち切ってトドメを刺した。


 逃げ遅れた人間が、隠れていた彼等が口々にさわぐ。


「奇跡だ」「神の使いだ」「勇者だ」「祈りが届いた」


 俺はニムを連れ去ろうと走って行ったが、多くの人や衛兵に囲まれているニムへと辿り着くことが出来ない。


「ニム!! ニム!!」


 俺の声は、歓声や感謝の声に遮られる。


「俺もお前が好きなんだ!! ニム!! 聞こえてくれ!!」


 届くはずもない。 彼女が手を伸ばしてくれたら、そう思っても、多くの人に遮られて届かない。

 こんな奴らどうでもいいだろう。 お前が身を削る必要なんてないはずだ。


 いくら叫ぼうが、俺の言葉は彼女に届くことがない。



「皆さん、安心してください! これからは私が守ります!! みんなが不幸にならないよう!!」



 お前が不幸になる幸せなどいるはずがない。

 誰か、気がつけ! 歓声を上げるな!


 人を傷付けることが出来ないような、人の悪口さえ言ったことがないような、結婚だとかに憧れている、花が好きで子供に優しい。


「ニムに……戦わせないでくれ………」


 ただ、普通の優しい女の子を戦わせるなど……おかしいと、誰か口にしてくれ。

 届かない。 想いも、言葉も、祈りも。

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