迷いの森突破1
荷物を一通り背負い、多少術式から離れたところに立つ。
「モモ、もう少し離れておけ、どうなるか分からん」
「ここにいたらフランくんが危なくても運べるからここでいいよ」
「……まぁ、お前が死んだら死んだで悪くないか」
発動した瞬間にどれほど吐き出すのか分からない。 最悪一瞬で死ぬ。 最後の符術になることも考えながら、湯を吐き出し続ける術式の名前を呼ぶ。
「符術【迷森を絶やす】」
口にした瞬間、息が出来なくなり、視界がぐちゃぐちゃに掻き回される。 モモに首を掴まれて引っ張られていることが分かったのは施設から出てからだった。
「っ! 助かった!」
「逃げるよ! というか、お湯の量ぐらい調節出来なかったの!?」
「どれだけ魔力が噴き出てくるか分からないからな。 って、うおおおお!?」
あれだけ堅牢だった施設の天井が、俺の開けた穴を壊し広げるようにして熱湯が吹き出す。
一瞬で20メートル近くの湯の柱が生まれ、降ってきた湯に服を濡らされる。
全力で走っていると、後ろから湯気が溢れて夕焼けの日が隠れていく、振り返れば先程よりもまだ高くなって、30メートル近いところで吐き出すのが止まっているのが見えるが、すぐに湯気のせいで見えにくくなる。
しばらく走って霧のような湯気の中、モモと二人でトレントの影に隠れる。 まだ大丈夫だが、また中心部から離れる必要があるだろう。
黙っているモモが気になり様子を伺う。 予想外の量が噴き出ているので怒っているのだろうかと思っていれば、ずっとあまり変わっていなかった表情が、大きく歪んでいた。
「はっ! あはははっ!! 何あれ!無茶苦茶すぎるよ! すっごい! というか、こんなめちゃくちゃよく思いつくね! フランくん最高!!」
「……ふざけてやったことじゃねえよ。ここまでになると思ってなかったからな」
「あははっ、いや、本当に馬鹿みたいだけど、あれは中に入りようもないね!
私でもどうしようもないような勢いだし、水生系の魔族も熱湯には入れないからね! 完璧だよっ、あははっ!」
トレント達も熱湯から逃げるように動き始めたのか、森全体が祭りのように騒がしくなる。 俺たちが隠れようとしていたトレントも動き始めたので、隠れることも出来ずにひたすら中心部から離れようとして、日光がやけに当たり、トレントが俺たちを避けていることに気がつく。
「バレたね」
「そりゃな……」
問題はどこからくるか、あるいは来ないかが分からないことだ。
湯気の中、散り散りになっているトレントを見ながら、魔力のおかしな反応がないかを探る。
空気を裂く音が聞こえて後ろに飛び跳ねると、短剣が俺の立っていた場所に突き刺さる。
「っ! モモ、場所分かるか?」
「いや、どうにも、明るいからあんまり目が効かないし、湯気のせいで見にくいね」
役に立たない。 飛んできた方向に目を向けるが見当たらない、目を凝らしていると背に何本もの短剣が突き刺さる。
……複数人か? 背に刺さった短剣を引き抜いてありがたくもらっておく。
片手に短剣、もう片方に剣と、ニムに教えた形に似ている武器で、使い心地は悪くなさそうだ。 後方から飛んできた短剣を剣で打ちはらい、間に合わない分は横に跳ねて躱す。
「っ、どこにいる」
「……その短剣、木で出来てるね」
俺の背に刺さっていた短剣を引き抜いたモモはそう口にする。
「まさか?」
「……トレントが飛ばしてきたっぽいね」
そりゃ、どこからでも飛んできて姿が見えないわけだ。 隠す気もなく飛んでくる木の枝の短剣を弾き、避けるが、トレントに寄ろうとしても逃げられ、それどころか他のトレントが周りを囲みだしたせいで攻撃が激化してくる。
「フランくん大丈夫?」
「っ! ジリ貧だ! 操ってる奴を探してくれ!」
「トレントの処理じゃなくていいの?」
「集まってきているんだお前が保たないだろ!」
一足で跳ねて何処かに向かったモモを横目にしながら飛んでくる攻撃を弾き、避ける。
時々、弾き漏らしてしまった短剣が身体に刺さるが、こういったときは吸血鬼のクソみたいな身体が便利だ。 痛みがあっても動かないということはない。
徐々に手数も増えてきて、俺の体力もきつくなってくる。 湯気も濃くなり、攻撃が見えにくくなる。
数本刺さりながら懐に手を入れて、札を取り出す。
「符術【幻影を見る】」
それと同時に息を止めて魔力の放出を可能な限り抑える。
足音をかき消す為の札を投げる。
「符術【祝歌を遮る】」
爆音に紛れて湯気の濃い中心部の方へと駆ける。 そちらの方が幾分かはトレントも少ないだろうと思ったからだ。
すぐに身代わりに気がついたトレントが攻撃してくるが、足元が温い湯でぬかるんでいるところにまで来たら随分と数も減っており、囲まれている状況ではなく、一方向からの攻撃へと変わる。
湯気が濃いせいで見えにくいが、トレントにとっても同様なのか狙いが荒くなっている。 飛んで跳ねて駆けて弾いてと防ぎ、時々身体に刺さりつつも後退していき、湯の柱へと近づいていく。 いや、徐々に追い詰められていく。
足元がぬかるんで動きにくい。 湯はかなり冷めているが、これ以上近寄れば火傷してしまうだろう。 だが、徐々に近寄ってくるトレントに向かうのは自殺でしかなく、後退するしかない。
足元が湯に浸かってきて、動きが鈍くなってくる。
「っ! 符術【宙を駆ける】!」
集中砲火を覚悟して、空に逃げるために靴の術式を発動させようとするが発動しない。 どうやらお湯に術式が溶けてしまったらしい。
嫌な感じがして懐を確かめると、札が湿気て滲んで使い物にならなくなっていた。
「っ! これ、死んだなっ!」
何度目かになる死の確信。 どうしても手数が足りず、後ろに下がっていくが、もう膝まで湯に浸かっていて動くことが難しくなってきた。
手先の技で攻撃を弾くのはいいが、いつまでも耐えられるはずはなく、全身に刺さってしまう。 相手も体の一部を射出しているのだが、いかんせん数が多く、弾切れに期待は出来ない。
少しずつ下がっていくが、腰の辺りまで湯に浸かり出し、動けないどころか、少しでも力を抜けば波に流されて反対向きに動いてしまいそうだ。
それに、ここまでくると非常に熱があり、熱されているせいか脚が固まってきている。 魔力が異常に取られているので、既に感じてはいないが人間であれば死ぬ程の火傷を負っているのだろう。
腹に刺さった短剣を引き抜き、その血液で術式を服に書き込んで、服を脱いで術式を発動させる。
「符術【硬化】!」
その場に固定された服の上に乗り、トレントの攻撃を受けながら脚に【宙を駆ける】の術式を書き込む。
「直符術【宙を駆ける】」
馬鹿らしいほど魔力を消費するが、あのまま茹でられるのよりかはマシだ。 全力で魔力を振り絞ってトレントと反対方向に向かい、暑い湯の柱の横の空中を駆け抜ける。
反対方向にはトレントはいないらしく、追ってきてもいないことに安堵しながら魔力切れで朽ちる脚を抑えて地面へと落ちる。
湯のおかげで身体が潰れることはなく、熱湯の流れに逆らわず泳ぐようにして中心部から離れ、脚に魔力が戻り、足先が治ったのを確認してから立ち上がる。
魔力の欠乏が分かるが、補給の方法がない。 全身がハリネズミのようになっていることを思い出して抜いていくが、明らかに治りが悪く、そろそろ限界なのが分かる。
助かるのは夜のお陰で太陽がないことか。 遠くで土砂崩れのような土の暴力が見え、対抗するように火が放たれて……土砂崩れが負けるのが見えた。
あの化け物のようなモモが負けているらしい。
「……クソ」
剣を引きずって、爆音のする方へと向かう。




