懇願9
俺は少しばかり惚れっぽい。
そう思う。 いや、モモに好意を抱いたわけではないが……多少助けになるぐらいならいいかとは思っている。
あまり良いことではないのだろうし、安請け合いするべきではなかった。
剣を握って振り回す。 魔物を殺し終えて、壊した穴の中に放り込む。 これで適当に食っていてくれるだろう。
どうするべきかという策だが、やはりトレントをどうにかするのがよいだろう。 相手が延々とこの場所を狙うのだから人の手を入れて守れる体勢にしなければならない。
それには遅かれ早かれトレントを全滅させる必要がある。
「……地道にやるか」
インクを手に持って、トレントに【火は喰らう】の術式を書き込む。順に書き込んで行きながら進んでいくことにする。
これで、書き込んだトレントが死ぬなどしたときに発火してくれるはずだ。
まぁ、俺や生き残った兵士も山火事で死ぬかもしれないが、得られるものの方が多いだろう。
命を賭けて助けようとしている奴を殺すような真似をしていることに気がつき、モモの言葉を思い出す。
現実的な理想主義だったか。 否定出来ないかもしれない。
ある程度書いたところでインクが切れたので書くのを中止する。 先に雨などで流れてしまうかもしれないが、あれほどの大雨が降ったのでしばらくは大丈夫だろう。
これから他に出来ることはあるだろうかと思いながら、魔物を狩っていく。正直なところ、魔物を狩っていてもラチが開かない。 俺の狩れる量では、これから増えなかったとしても全ての魔物を狩り尽くすのに数ヶ月はかかりそうだ。
そんなに悠長にしていれば飢え死ぬし、ニムも来てしまうだろう。
やはり一番はトレントか……。 普通に剣で殺すには硬すぎるだろうし、大きさでいうとかなり大型の魔物だ。
「トレントを枯らす方法か……」
一応考えるが、難しそうだ。 モモに頼ればなんとかなりそうだが、そうなると魔力を無駄に使わせることになる。
血の補充が出来ない以上、モモには頼っても飢え死ぬだけだ。 最終的な手段としてはありだが、頼るのは可能な限り後回しだ。
燃やすのは魔力の不足で不可能、枯らすのはそのためのしおなどの物質が足りない、あるいは水を不足させることが出来ない。
手の出しようがないか……と思いながら、何かを忘れているような気がする。 必死に頭をひねって、思い出す。
「……そういえば、あれがあったな」
あれ、敵が狙っている術式【天地返し】だ。 もちろんそのまま使えば敵が得するだけだが……あの馬鹿げた魔力を引き出せる場所だ。 利用しない手はないだろう。
どんな風に使うべきかだ。 魔力があっても最大魔力保有量が低ければ大した魔法にはならない。
【火は喰らう】のように規模が大きいが威力が低い魔法が限界か。
規模が大きく、威力は低くとも効果的……単純に火を放つのでも悪くはないか。 だが、火が回ればまだ生きている可能性もある兵士が死ぬ可能性はある。 それにモモと俺も日光を遮るものがなくて死ぬだろう。
流石に山火事の中心部に立てこもっていたら焼けて吸えなくなった空気で死んでしまう。
「……そんな都合のいいものがあるだろうか」
中心部から広がって兵士達を外に追い出せるようなものがいい、かつ、日光を遮ることが出来る……というのは少し無理があるか。
ため息を吐き出して、少し暗くなった空を見上げる。
「……雲か。 …………雲?」
これは……いけるかもしれない。 斬り殺した魔物を引きずって、モモのいる地下の施設に戻る。
「おい、モモ」
「ん、フラン? どうしたの?」
「まずはこの森を消す。 術式を書くのに向いた高級なインクとかないか?」
「そんなんないよ……。 術式とか使わないしさ」
「それを作るところからか。 少し手伝え」
インクとは言ったが、実際にはインクである必要はない。 普通の術式なら魔物の血液で事足りるし、液体ではなくとも砂などを使っても問題ない。 書くことが重要で、その術式で使う魔力に耐えられるものならなんでもいい。
最悪、モモの血を煮詰めて使うなどを考えていたが、その必要はなさそうだった。
この施設に使われている魔力を倒しにくい石材の保有限界は非常に多い、そもそも【天地返し】に耐えられる素材なので、これをそのまま細かく砕いて混ぜて固めれば十分だ。
砕く作業はモモに任せる。 俺の筋力だといつまでやっても欠けさせる程度だが、モモの腕力だと握り潰すことさえ出来る。
「んー、術式で何かするのは分かったけど、何するの? 燃やすとか?」
「それだと残っているかもしれない兵士を殺すことになる。 それにお前も死ぬだろ」
「フランくんも死ぬよね」
「これが成功しても、敵と戦うことになるんだから俺は火を使っても使わなくても死ぬのは変わらない。
まぁ、発想としては同じだけどな」
モモが細かく砕いているのを見ながら使う術式を頭の中に組み立てる。
「どんなことをするの?」
「水を無限に生み出させて、それを熱する」
「えーと、つまり、お湯を沸かすの?」
「そうだ。 トレントは死ぬかバラバラに散るだろう。 中心部から広がるのだから反対向きに逃げれば兵士達も助かる。 俺たちも湯気で日が隠れるから太陽で死ぬことはない」
「なんかすんごい馬鹿らしいと思えるんだけど……」
「防ぎようがないだろ。 馬鹿らしく単純なのは効果的だ。 まぁ圧倒的に無駄が多いから本来なら良い手ではないが、魔力を無限に使えるならな」
アロがいればより良い術式を組めただろうが、俺の場合は単純化することしか出来ない。砕いて砂のようにした物に魔物の血液を混ぜてから、地下の部屋に書いていた術式を流用して用いる。
現れた湯に溶かされないように、同じく地下から引っ張り出した魔力で術式自体を【硬化】するように術式に組み込む。 圧倒的な無駄遣いであるが、いくらでも魔力があるならそれでいい。
「……こんなのでどうにかなるの?」
「魔族側の【天地返し】はこれよりも簡単なものだろ。
重要なのは魔力を用意出来るかどうかだ。 ……多分、お前達が術式を扱えないからここに来るのを止めなかったんだろうな」
「どういうこと?」
「それらは俺の存在がないと思っていたからミスをした、というだけだ」
「ひゅー、かっこいー」
「馬鹿にしてんのか。 ……今日の夕方に術式を発動させる。 寝るなら今のうちだ」
「すぐにしないの?」
「熱湯が溢れ出して住処を追われるが、それでよければ今からするが」
日光は俺たちにとって凶悪な敵だ。可能な限り避けたいので、日光が避けられる夜の間にことを済ませる方がいいだろう。
「ところで、お湯って何度ぐらいなの?」
「出たところでは100度は超えるが、すぐに冷めるだろうから中心部以外は大した温度にはならないだろうな。 地面に染み込むだろうし」
「つまり適当ってこと?」
「俺一人だとどうにもな。 アロがいればよかったんだが」
「アロ?」
「もう一人いただろ。 アイツと協力すれば術式でも細かい調整が効くが……」
「そう言えば一緒にいないけど死んだの?」
「生きている」
そういえばアロのことも殴っていたな。 ……思い出すと少しばかり腹が立ってきた。
まぁ、協力はするが。
俺の言葉に従って目を閉じて横になっているモモを見ながら、壁に背を付けて目を閉じる。
体内に集中し吐息などから魔力が漏れないように【隠形】を使う。 摂取しにくい人間としての魔力の消費が少しでも減ると期待する。
本当に失敗せずに発動出来るのだろうか。 もう一度術式の確認をしに向かった。




