懇願7
日の光をコンパス代わりに森を歩く。
この森の性質上、トレント達は森から逃げにくいように森を作るので、出ようとすると身体に負担が掛かるような道になる。
魔物が多く出ることも含めて、長くない筈の距離だがどうにも遠い。
また陽光が出た時の緊張感で胃が痛むようだ。
森の中の魔力量が減っていることに気がつく。 吹き出していないようだから、空気中に散っていったのだろう。
陽光は直さないのだろうか。 血液をインクに途切れた部分を直せばいいだけだが……まさか、術式の知識がないのか?
だとすれば、何故ここにきたんだろうか。
レイのように吸血鬼の仲間のために他の魔族と敵対……いや、レイが死んでいたからそうではないだろう。
この森の主人も陽光のようだったので、直せるのに直さない意味がある分からない。 なら直せないのかも思ったが……だとするとあの術式の修繕跡はなんだ。
陽光以外の敵がいるのか? 組織立って動いているのはおかしなことではないが、違和感が拭えない。
「どうかしたのか?」
「いや、どうにも妙だと思ってな。 何か思い違いをしているようでならない」
「何がだ」
「あの敵……あの魔族は本当にこの森の主人だったのか、と」
兵士の一人、ルークという名前の男は俺の言葉に首を傾げた。
「……それ以外に考えられるのか?」
「……どうだろうか」
下手に吸血鬼の情報を言って吸血鬼化を悟られたくはない。
……疲れからか、俺の目が変わっていることにも気がついていないようなので、大丈夫だとは思うが細かいことを相談は出来ない。
アロがいてほしい。
……考えてみれば、本当にあの吸血鬼に敵意はあったのだろうか。 俺達が戦おうとしたから交戦しただけの可能性もある。
同族であるはずのレイが殺されていたことにも疑問が残る。 陽光がいくら光に耐えられるからと言っても……他の同族が耐えられないのであれば意味がないだろう。
ならば……敵ではないのだったら、トレントが道を開けたのは何故だ。 主人ではないのであれば……。
馬鹿らしい、と溜息を吐き出す。 臆病風に吹かれて戦わなくとも良いようにと考えているだけだ。
手の先が日に当たり、焦げたように黒ずみ、それを隠す。 戦う、戦わない以前に……森の外に辿り着けるまで体が保つかも分からないな。
「大丈夫か?」
「……放っておけ。 それより、お前ら、村までの道は分かるな。 もう森の外に出るが」
「えっ、嘘だろ」
「そう広い森じゃない。 迷うようになっているだけだからな」
しばらく歩けば森の外が見えて、トレントの数が減ったせいで日に直接当たってしまう。 彼等を森の外に出す。
「ありがとう、お前は戻らなくていいのか?」
「もう少し森の中を見回っておく。 ……村にアロがいる、この森については彼女から聞いてくれ」
魔力が足りないのか、日に当たった指がポロリと炭化して焦げる。 見られないように靴で取れた指を踏み砕く。
「……あと、愛していたと伝えてくれ」
「……縁起でもない」
少し中に歩いて、日の光が遮られる場所で蹲る。
頭が痛む。 空腹が酷く、全身に倦怠感がある。
魔力の不足のせいか、身体が動きにくい。 少し入ってくる日光で肌が崩れていく。
検証不足だった。 分からないまま飛び出すべきではなかったが……俺一人で五人救えたのなら数としては充分か。
満足して目を閉じる。 腹が減った生きるのが辛い痛いのはもう嫌だ。
結局、成せたことは今の五人を助けられたぐらいだろう。 ニムは守れなかった。 アロも同じだ。
だが、もう身体が治らない。 動かなければどうしようもない。
勝てると言ってきたが……結局、戦うまでもなく、身体が弱ってしまった。
まぁ……いいか。 無駄死にではない。 ゆっくりと眠るぐらいは許されるだろうと、目を閉じる。
その瞬間にアロの泣き顔を思い出して、無理矢理身体を立ち上がらせる。 太陽光に焼かれた目が酷く痛む。
「……馬鹿らしい」
考えろ。 どうしたら生きれる。 今から実験をする時間も魔力も材料もない。
考えれば考えるほど絶望的だ。 魔物の血を吸っても魔力を補充出来ない。
肉を食らっても同様だ。 ……直接魔力をぶち込んでみるか。
インクで近くのトレントの枯れ枝に書き込み、俺の手に直接魔力を送り込む術式を書き込む。
異様な魔力が体内に入ってくる感覚に、あまりの気持ち悪さを覚えて口から飲んでいた血を吐き出す。 入れた腕の周囲の肉が赤くぶつりぶつりと盛り上がり、爆ぜて肉と血を撒き散らせて、日の光に当たって炭化する。
完全に失敗だ。
こそげ落ちてしまった部分を抑える。 他の物質の魔力を取り入れることは出来ないらしい。
消化、吸収する必要があるということか。早速打つ手がない。 魔物ではなければと近くの石の魔力を試して同じ結果に終わり、ならばと内臓に魔力を入れて、口から血を吐き出す。 腹の中が完全に潰れた。
片腕が殆ど動かず、脚も動かない。 これは本当にどうしようもない状況になったと思いながら……脚の魔力をすべて内臓に回す。 脚が朽ちていくが、腹はマシになる。
「考えろ、考えろ、考えろ……」
どうすればいい。 生きる方法は──ある。
腕を動かして札を取り出し、投擲具に付けて上へと放る。
「符術【祝歌を遮る】」
もう一度、時間を置いてから同じように繰り返す。
何度も繰り返し行う。 下手をすれば、ただの自殺でしかない。 いや、十中八九はただ死期をを早めるだけだ。
だが……俺の考えが間違っていなければ……。かつ、運に恵まれていれば、生き残れる。
俺が背にしていたトレントが動き、全身が日に晒される。 そのすぐ後に人の陰に、太陽の光が遮られる。
「……ははっ」
「まだ生きてたんだ」
「おかげさまでな」
死にかけであっても感じられる恐ろしい魔力。 視界の端で俺の吐いた血液を白い指で汚すのが見えた。
「魔物の血かな。 あんまり飲みたいと思わないはずなんだけど……よっぽど人の血を我慢したのかな?」
金の髪に赤い目。 あまりに恐ろしい女性は、冷めた目で俺を見る。
「……声が出ない、生きるのも限界だ。 ……助けろ」
「いやー、私に得がないしね? なんかない? お宝とか持っているとかさ」
「……敵の魔族を、殺してやる」
赤い目が見開かれて、面白そうに俺を見つめる。
「……へー?」
◇◆◇◆◇◆◇
白い粉が口に入り、咳き込む。 真っ白な部屋……いや、以前に見た……中心部の地下にあった部屋か。
手足があり、動くのを確かめる。 ニヤニヤと笑っている女性、陽光を見て溜息を吐き出した。
「あっ、感じ悪い」
「……一応言っておくと、レイを殺したのは俺じゃないからな」
「第一声がそれかぁ…….。 というか、よくわかったね」
「確信したのは今だ。お前が味方だった、とは考えもしていなかったからな」
「ふーん、そうなの?」
「ここの術式を直していなかった。 それを元に考えた。 直す気があれば途切れた場所を繋げばいいだけだ。 それに、修繕した跡はあったのに、直せる人員がいないのも疑問が残る。
つまり、お前にはそもそも直す気がなかったということだ。 だからレイと同じく味方……と考えれなくもない。 同族だしな。
確信できるほどではなかったが」
口の中に血の匂いが残っている。 なんとなく人の血であることが分かった。
「それの中で一番疑問に残るのはお前に道を譲るようにトレントが分かれたことだが、あれは道を開けたのではなく、お前に対する攻撃だったのだろう。 死にはしなくとも魔力を使う、魔力を失えば、それを補充するのが難しいだろうからな」
「それで?」
溜息を吐き出した。
「お前は俺を殺せない。 何故ならば、一人では詰んでいるからだ。 俺と同様に飢えを凌ぐことが出来ない。 外を動くだけで死に近づく……相手からすれば待っているだけで殺すには充分だからだ」
陽光はパチパチと手を打った。
「私達はあまりに弱いからね、戦争が始まればどうしようもなく……死ぬしかない。
生きるためには魔界にある魔力の多い食物と、上にある人の血が必要だ。 どちらが滅びても簡単に死ぬ」
転がっている血液の入った瓶を見て、それがもう半分を切っていることが分かった。
吸血鬼という種族は、あまりにも滅びやすい。




