懇願6
剣を引き抜き、魔物を後ろから刺し殺す。
異常な強靭さを見せる剣は無理に使っても刃こぼれの気配すらない。
剣のことを斬れる棒としか扱えない俺にとって、これほど扱うのにやすい物はない。
剣を引き抜き、死骸は無視して森を歩く。 騎士達はもう死んでいる可能性もあるが、まだ死んでいると確証の持てるものはない。
魔物が食い荒らすとしたら服などは残るだろう。 吸血鬼にやられても何かは残るだろう。
見つからないということは、ある程度寄り集まることが出来たのだろう。 村に連れてこられた男のことを思えば、おそらく焼け死んではいないはずだ。
思い出すのは怪我をした兵士のことで、彼を背負って森を脱出するのは至難のわざだ。 人数が多くなればなるほど魔物から発見されやすく、無理矢理の強行での脱出は難しいだろう。
希望的な観測に過ぎないが、俺がいれば脱出が可能だと思える。 あいつらよりも森の内部での行動は熟達しており、吸血鬼化のおかげで夜目が利くので移動も安定して出来る。
迷いの森だろうと、俺自体の脱出は可能だ。 先導することも不可能ではないだろう。
森を歩いていると感じられた濃い血の匂い。 情況を考えると、強力な魔物か、騎士達か、兵士達か。 飯のための焦げた匂いで判別したいが、その匂いは元々森中に広がっていて分からない。
どれか分からないが、行くしかない。 避けていては体が弱るだけである。
そう覚悟を決めて森を歩いていると、複数の魔物が食い荒らされた姿のまま放置されていた。
歯型を思えばそう大きな魔物ではないようだが、殺されている魔物はそこそこ巨体だ。 これを捕食出来る中小型魔物──そう考えたと同時に、パキリとトレントの枯れ枝が折れる音を聞き、全力で横へと跳ねる。
俺の服を擦るように後ろから襲いかかってきたのは、以前に見た鎧狼。 当然別の個体だ、多少以前のものより小さいが……簡単に勝てる相手ではないのは間違いなかった。
以前では多少深くまで来なければいなかったはずの中級の魔物だが、森が縮小したことで生きている場所が崩れたらしい。
内臓のみを食い荒らしたらしい鎧狼は逃げようとする俺を追う。
あれ、そもそも何故、中級の魔物は中心部にしかいないのか。 普通に他の弱い魔物を食った方が楽で死ぬ心配もないはずだが……。
内臓のみを食い荒らしたことを思うと自ずと答えが見えてきた。
栄養が足りないのだ。 中級の魔物は低級の魔物を食うことで得られる魔力の量では、消費する魔力の量に見合わない。
内臓のみを食うのは死にかけの魔物が生命の維持のために魔力を内臓へと、生きるために集中させるからだろう。 そのために魔力が濃くなった部分を食う。
消化能力には限界がある。 魔力の摂取が少ないものを食えば腹は満たされてしまい、生きるために必要な魔力を得られなくなってしまう。
人で言うと水で腹を満たしたところで意味がないのと同様だ。
中級の魔物は低級の魔物を食って生きることが出来ない。
そんな情況で、この魔物は何日いた。 間違いなく栄養失調。 俺よりも脚が速いはずが追いつかれていないのが何よりの証拠だ。
小さく息を吐き出し振り返ると同時に剣を振り上げる。 魔物の鱗に剣が当たり、パキリと音を立てて打ち上がるが、肉が切れた感触はない。
飛ばされながらもトレントの幹を足場にしてこちらへと狼は跳ねる。
回避と同時に剣を振り抜き、異様に硬い鱗に阻まれる。
以前に首の後ろの鱗を突いたときは、この剣より形状も斬れ味も悪く、俺の力も乗り切っていなかったのに刺さったことを思うと、魔物ながら魔力を操作して、当たる部位に魔力を集中させることで防いでいるらしい。
天然の魔道具を持っている。 そう言って過言ではないだろう。
非常に厄介、だがそれは弱点でもあった。 以前の同種の魔物がそうだあったように油断をしていれば硬化はせず、粗雑な短剣であろうと突き刺さる。
鎧狼へと垂直に剣を振り降ろすと同時に後ろへと跳ねて剣を空振らせる。 後ろに下がっても相手も向かってきているために距離が開くことはなく、そのまま剣を上へと突き上げる。
手には慣れた感触。 首に剣が刺さろうとまだ動くのが魔物だ。
引くのと同時に横へと払い、魔物の首を飛ばす。 狼の頭がトレントの幹に噛み付くのを横目に見ながら、残った身体がのしかかろうとしてきたので蹴り飛ばして距離を取る。
身体が動く、いつもよりも調子がよく、意識と動きのズレが極端に小さい。
吸血鬼化というものの恩恵は大きいことは確かだ。
動かないことを確認した後、剣を地面に突き刺して血を拭い、土を払ってから布で脂を少しでも落とす。
丁寧に手入れをするだけの時間はないので魔物の血を飲んだ後すぐにその場から動く。
低級の魔物を食うだけでは飢えることが事実であれば、中級の魔物は人を狙うだろう。 急いだ方がいいことには変わらないが、それ相応の覚悟は必要だろう。
状況は以前よりも遥かに悪い。
痕跡が追えない。 同じところを回ってしまっている可能性もある。 外と内は分かりやすいが、それ以外は昼間では難しい。 普通に歩いているのならまだしも、戦闘中には移動した距離を覚えていられない。
何度もある戦闘のせいで、迷いの森の特性の凶悪さがより一層に増していた。
木漏れ日の光が、肌を焼く太陽の感覚に顔を顰める。 魔力が不足しているらしい。
中級の魔物が低級の魔物を食って得られる以上の魔力を必要としているとすれば……俺は魔物としてどの階級に位置している。
空腹を我慢出来ているようでいて、その実……ただ弱っていっているのを放置していただけかもしれない。
少なくとも以前よりも日の光が辛く感じる。
中級の魔物の血液は腹がいっぱいになるまで飲んだはずだが、まさかそれ以上なのか?
いや、アロの魔力は中級の魔物よりも低かった、それに飲んだ体液の量も少なく、そもそも血液ではなく汗だったが、それでも満腹感と身体が満たされる感覚があった。
考えられる理由としては、飲んでも吸収出来ていないか。 いや、アロの魔力を吸収出来ていても到底足りていないはずだ。
……決定的に整合性が取れない。 弱った身体を直したいと思うが、理屈が分からないと対処が難しい。 アロがいれば話は早いが、いない、いても我を忘れてしまいそうだ。
夜になればマシになると思いながら盛りを歩いていると、再び濃い血の匂いに辿り着く。
剣に手を当てる。 強くは握り込まない、力を入れれば筋が固まって、素早い動きに対応出来なくなる。
パチリ、と火が爆ぜる音を聞き、息を吐き出す。
「人がいるのか? いるなら返事を頼む」
少し待つと力のない返事が聞こえ、進むとトレントの幹を背にして傷だらけで汚れきった集団がいた。
「……ああ、ベルクか。 よく生きていたな。 ……まぁここまでだろうが」
「ああ……これで全員か?」
死んだのか。 とは聞けなかった。 襲ってくる魔物の肉だろうが、最低限の食事は取れているらしい。
いるのは数人だけで、死んだとも思えないが……ソドエクスの姿はなかった。
「ああ、始めに逸れてから合流出来たのはな」
俺が以前に見つけた奴等の中でも欠けているのは、怪我をしていたあの男がいないのは……想像に難くない。
「一度脱出して村に避難していたが、お前達の仲間が村に運ばれて、まだ脱出出来ていない奴がいると聞いてもう一度きた。
村までは無理だが、森の外までなら案内出来る」
「……ああ」
若干抵抗が感じられる返事。 他の兵も納得したようには見えなかった。
諦めろ、とは口に出来なかった。




