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懇願4

 即決即断。 ニムシャの行動は考えのないものがするのと同等ほどに、非常に早いものだった。

 場所が分かったのなら会いに行く。 それは以前から思考を巡らせて決めていたことだ。


 考えなしの即決即断ではなく、あらかじめ考えていた、決めていたからこその迅速な行動である。


「ありがと」


 と簡潔に伝えたあと、ヒラヒラとした長いスカートを抑えながら窓の外に飛び出し、純粋な魔力を足元で固めて空中での足場として使用して一足で二階上の自室の窓に入り込む。


 着地するよりも前に空中でカーテンを閉めて、着地と同時に服を脱いで、予め用意していた服を着る。


 旅支度を済ませた鞄を持って、一昨日から書いていた置き手紙を置く。


 そして旅に出る。 ここまでが報告を聞いてから10秒足らず出来事だった。


 そしてまた部屋の窓から飛び降り、走って向かう。 あまりに早すぎる行動であり、人間離れをした速度について行けるものはなく……向かった先が分かりやすすぎたために見失うということはあり得なかったが、彼等は勇者を取り逃がした。


 単に思い付き、一人で旅をするのは無謀であるが、彼女は勇者としての責務を果たせるだけの能力がある。 単純な体力や戦闘能力は三日三晩寝ずに戦い続けたところで尽きるということである。

 

 且つ、野営に必要な知識はベルクから与えられており、ただまっすぐ向かうこと程度には何の難もなかった。


 一応報告にあった日時から幾らか経っていたこともあり、村や町に寄りながらベルクがいないことを確認してからまた歩く。


 異界化した森の近くの村に寄り、ニムシャは気がつく。


「……ベルくんの匂いがする」


 正確には彼の作った札に使われている乾いた魔物の血液の匂い。 その匂いは一つの家に強く感じられて、早足でそちらへと向かう。


 もし会えたら……ニムシャは髪を整えて、服装におかしなところがないかを確かめる。 旅装束のため洒落てはいないけれど、少しでも綺麗に見られたいため手で砂を払う。


 扉を叩き、返事がないけれど人の動きが感じられ、少し待ってからもう一度戸を叩く。


「……はい。 今、行きます」


 枯れた声変わりする前の少女の声、風邪でも引いているのかと思っていると、扉が開いた。

 思ったよりも小さな身体、ボサボサとした短い黒髪に、目元や白目が酷く充血して、鼻や唇も赤くなっている。


 泣き腫らした……そう呼ぶには、あまりに程度が過ぎている。 泣き過ぎて横隔膜が痙攣したのか、幾度もしゃっくりを繰り返していた。


 真っ先にベルクのことを聞こうと思った彼女だったが、異様にも思えるほど泣いている童女を見れば、それどころではなかった。


「……えっと、ごめんね、突然。……大丈夫?」

「大丈夫、です。 何か御用でしょうか」

「いや、流石にこんなに泣いてるのは無視出来ないよ。 何があったの?」

「……用がないのだったら、失礼します」


 泣き腫らしていた少女は扉を閉じようとして、ニムシャはその扉を止める。


「えっと……あの、何か出来る事があるかもしれないしさ」

「あり、がとう、ございます。 ない、ですから」


 ひっくひっくと言葉を途切れさせながら、少女はそう言い、ニムシャが扉に手を離さないことを察してかそのまま後ろを向く。


「えぇっと……」


 罪悪感にかられるけれど、少女はこれ以上触れて欲しくなさそうだったことや、強くベルクの匂いが感じられたことでニムシャは彼について尋ねようと口を開く。


「……じゃあ、ベルくん……ベルク=フランって人、知ってる?

 カッコよくて強くて頼りになる黒髪の男の人なんだけど……」


 ニムシャは率直に自分の持っているベルクの印象を口にして振り返った少女の顔を見て、口を閉じた。

 怒り、嫉妬心、憎しみ、嫌悪、それに感謝や尊敬、愛情までも加えた、混沌とした表情。


「……ニムシャ=ブレイブード」


 何故、自分の名前を彼女が知っているのか。

 ニムシャは少女に問おうとして、彼女の目を見て悟る。


「ベルくんの……知り合い?」

「……恋人です、婚約者です、家族です」


 あり得ない。 と、思ったけれど、少女の目は酷く濁っていた。

 声は恐ろしいほどに憎しみが込められていた。

 だから、疑いようもなく──目の前が真っ暗になり覚束ない感覚に陥った。


「アロです。 僕の名前は、アロクル=()()()。 初めましてニムシャ=()()()()()()さん」


 少女アロクルに連れられてニムシャは部屋の中に入る。 間違いなく彼が過ごしていた事が分かる、彼が札を作るための道具が多く置かれていて、臭いも染み付いている。


 長い時間過ごしていたことは間違いなく、説得力もあった。


「はじめに……言っておきます。 ベルクさんは多分、もう死んでいます」

「……えっ、そんなわけが」

「あの異界の森に行きました。 信じられないほど強い魔物、魔族かいました。 勝てないでしょうが、挑みに行きました」


 アロクルはニムシャに憎しみが篭った目を向ける。


「挑みにって、なんで……」

「何故、ですか。 貴方がそれを聞くんですね」

「だって、嘘……ベルくんが死んだり……するわけ、えっ、だって」

「もしかしたら、魔族がいなくなって生き残れているかもしれません。 僕は待ちます」

「森にいるんだよね!? 行かないと!?」

「ダメです。 行かないでください」

「何で!?」

「……ベルクさんは貴方が戦わなくて済むようにここまできました。勝ち目がない人に戦いを挑みました。 ……貴方がいけば、無駄死にです」


 アロクルの言葉を聞いたニムシャは、泣いている年下の少女だから優しくしようという考えはなくなり、少女へと怒鳴る。


「命より大切なことなんてあるはずがない!」

「ッッ!! 貴方がそれを言うんですかっ!? ベルクさんは貴方の命を救うためにしてるのに!!

 自分の命ですよ、大切にしてるに決まってるじゃないですか! それでも貴方を守るために無理をして頑張ってるのに、何も知らずに何も言わずに去った貴方が!」


 アロクルは怒鳴りかえす。 何日も泣き続けて痛む喉を抑えて、ニムシャの顔を見る。

 場違いにも綺麗な顔をしているという感想が思い浮かんできて、あれだけ好いていた理由も分かった。


 アロクルは涙を流しながら、ニムシャを睨む。


「……フランの家名は僕がもらいます。 死んだ人の名前をもらうぐらいいいですよね。 貴方は生きている間、ずっと独占してきたんですから。

 だから、死んだなら僕の物です。 この部屋にある遺品は渡しません、僕の家に残っている物も僕の物です。 村に残している物も、もらいにいきます。 遺体も僕が回収させていただきます。 全部、全部、僕のです。 金銭はいりません、お金になるものがあるのならその分お支払いします。

 貴方が勇者でも、婚約者でも、関係ないです」


 ニムシャはアロクルを無視して出て行こうとして、アロクルに手を握られる。


「ダメです。 ベルクさんは貴方が生きるために死にに行きました。 無駄死には絶対にさせません。

 何がなんでも生きてもらいます」

「まだ生きてるかもしれないのに、邪魔をしないで!!」

「貴方はいつもいつも、ベルクさんの気持ちを踏みにじって!!」


 ニムシャは手を振り払って家から出ようとし、アロクルは振り払われると同時に机の上にいくつも並べられていた赤い札を手に取った。


「符術【影を縫い止める】!」


 ニムシャの服に札が貼り付き、周りの空気が固定される。

【空を切り取る】の単純な板状から変化させて、貼り付けた物の周りを覆う空気を固定する符術。


 単純な高効率を好むベルクの物と違い、複雑でより限定的な場面に活躍する符術。


 それは、アロクルがほんの少しでもベルクを救える可能性を上げようと生み出した符術だった。


「行かせません。 絶対に行かせません」


 ベルクの意思は果たす。 とアロクルは憎しみを込めた目で、ニムシャを救うために睨んだ。


「邪魔、しないで」


 ニムシャは感情が冷え、手加減を見せるつもりもない目でアロクルを見る。

 ガラスが割れるような音を立てて、【影を縫い止める】の拘束をただの腕力で抜け出す。


 勇者の力は、アロクルの想像の遥か上を行っていた。

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