懇願3
「……普通に好かれているからって発想はないんですか?」
「いや、お前には情けないところしか見せていないからな……」
「カッコいいところも見てます。 情けないところも見てます」
昔は……ニムの前ではもっと上手くやっていたが、気が抜けているのだろうか。
というか、ここまで恥を晒したのは人生で初めてかもしれない。
我を失って童女に舐めさせてくれと頼んだりと、よくよく考えると死にたくなるぐらいの恥である。
「好きですよ」
「……そうか」
彼女の言葉に頷く。 気まずさに誤魔化そうとしながら、それでも真っ直ぐに見られると誤魔化しようもない。
「俺はニムを好いているから、キスなどは出来ない」
「……根性なしです」
「覚悟が出来たらさせてもらう」
「僕の方を選ぶですか?」
「浮気して怒られる覚悟だ」
「あまりにも情けない覚悟です……」
そう言われても、実際その通りなのだから仕方ない。
「ニムには怒られるだろうな……」
「婚約者を放って勝手に振る舞うのがダメなんです。 そんなのしてるから僕に拾われてしまうんです」
「……アロは怒らないか?」
「会ったら普通に怒りますよ。 浮気は酷いです」
「そうか……」
「しょんぼりしてるのが情けなさを際立たせてます」
何というか、アロには怒られたくない。 見捨てられると今度こそ生きていられない気がしてしまう。
「でも、許してあげますから……一緒にいましょうね」
「……ああ」
あまりにも情けない。 ベッドから降りて、すぐに動けるように身体を解す。 微妙な空気の中、慣れた部屋で朝食の準備をしている途中、外がいつもよりも騒がしいことに気がつき、窓から顔を覗かせようとしてアロに止められる。
「いや、多少だったら大丈夫だが……」
「んーっ、兵士さんが起きたみたいです。 何か揉めてるみたい? です」
「飯食ったら行くか」
「悠長ですね」
途中でどこかに行けば冷めるだろう。 それに緊急時でもないのに、いちいち行っていられない。
適当に腹の中に入れてから外を見ればまだ何か騒いでいるらしく、頭に布を被ってから外に出る。
家から出てすぐ近くにいた人に尋ねる。
「……何があったんだ」
「ああ、フランさんかい。 ……あの兵士さんの仲間が森の方で弱っているらしくて、助けに行こうとしているみたいなんだけどね。 フラフラしている怪我人を行かせるわけにもいかないから……」
「……そうか」
頷いて、兵士の男に近づく。
俺の顔を見て兵士は声をあげた。
「ッッ! ……ベルクっ! 助けてくれ! 俺はあそこに戻らないといけないんだ!」
そう叫ぶ兵士は以前見た時よりも明らかに痩せていて、声も枯れている。 嫌にギラついた瞳は焦燥に駆られており、こちらの心臓の動きを変えるだけの力が篭っていた。
「仲間がいるッ! あいつらが、まだ残っていて、隠れて……! だから!」
「……そんなフラついた身体」
思ってもいない言葉を口にする。
行かないようにと数人に地面に抑えられているというのに、兵士は立ち上がる。 それがこの村に来ようとしていた俺と被ってしまう。
「得などないだろう」
「全員で生き残ることが得だ! 少なくとも俺一人生きればいいというものではない!」
「馬鹿か」
「仲間を救うことのなにが馬鹿だ!」
溜息を吐き出して、立ち上がった彼の首に手を触れて、血管を締めて気絶させる。
「寝かしておけ。 動かないように紐でも付けて」
踵を返してルシールの家に戻る。 大量に作っていた札や武器を集めて、買ってきていた保存食を鞄に詰める。
「……ベルクさん」
「少しだけ予定を早めることにする」
「……僕も一緒に行きます」
「しつこい」
「……だって、絶対死ぬじゃないですか! 手も足も出なかったの知ってるんですよ! 一緒に死ぬならいいです!」
「一度納得しただろう」
「あと数日は一緒にいれると思ってたんです!」
「明確に決めていたわけでもない」
「そういう話じゃないです!」
一通り荷物をまとめ終えて、最終的な確認をしようとしたところ、アロが剣を握りしめていた。
「……それを寄越せ」
「嫌です。 ベルクさんが行っちゃいますもん」
「無くてもいく」
「……脅しには屈しません」
必死に剣にしがみついていて、無理矢理引き剥がそうとしたらアロの治っていない身体が傷ついてしまいそうで力づくというわけにもいかない。
ずっとこうしたいられたら諦めて行くしかないが……どう説得すれば説得出来るのかと考えても答えが出るはずがない。
「死なないために努力してきただろ」
「そんなの、意味がないです。 勝てないです。 あんなに怖い化け物に」
「大丈夫だ。 勝ってくる」
「……本当に勝てるつもりなら、僕を連れていけるはずです
勝てないから、僕だけ逃がそうとしているんです」
「可能性があるから、だ」
「生きれる可能性は万に一つですか、億ですか、それとも兆ですか。 死ぬのはいいんです。 いつか死にます。 思いを果たそうとせずに生きるより遥かにマシです。
でも、それなら一緒に死にたいです」
アロは俺を見る。意見が真っ向から食い違っていて、けれど同じ方向を向いていた。
俺もアロも長生きをすることに頓着していない。 いつ死んでもいいと思っているのは同様で、二人ともどうやって生きて、どう死ぬかを自分で決めたいだけだ。
なら何故意見が分かれてしまうのか……それは俺が相反する考えを持っていて、矛盾したままアロにぶつけているからだ。
俺は長生きを求めていないが、アロやニムには一秒でもいいから生きていてほしい。
わがままを通そうとしているのは俺の方だ。
「無理を言っているのは、分かっている」
「なら、ゆずってください」
「ダメだ。 俺は死んでもいいがお前は生きてほしい」
「わがままはやめてください」
無理を言っている。 俺が反対の立場なら絶対に認められないだろう。
いや……ニムと俺の関係と同じか。 ニムが俺だ、俺がアロだ。
勝手に決めて、自分の価値観を押し付ける。 それで俺は死んでしまいたいと思い……こうやって死ぬ可能性が高い中に行こうとしている。
アロも以前の俺と同様の気分なのだろう。 あの時のニムも今の俺と同じ気持ちだったのだろう。
捨てられる苦しみは分かっていたはずだ。 アロの気持ちだって分かる。 だが、俺は……。
「ニムにも、アロにも、生きていてほしいだけだ」
結局、自分の気持ちばかりを押し付けようとするしかなかった。
「馬鹿っ! 僕の気持ちを分かってて!」
「……ああ」
「大っ嫌いです! ベルクさんなんて大っ嫌い!」
「……ああ」
「帰って来れなかったら僕も死にますからっ!」
「それはやめてくれ」
そう止めても聞いてくれそうにない。 ならなんて言えば俺がいなくなっても生きていてくれるのか。
俺が一生ニムに会えなさそうになって死にたくなった。 ……なら、何故まだ俺は生きているのだったか。
あの時のことを思い出して、馬鹿なことを口走る、
「……結婚しよう。 アロ」
「そんなのっ! ……えっ…………あっ、け、けっこん?」
「生きて帰れたら、結婚して一緒に過ごそう」
「なっ、なんで、そんな……」
ただ単に、ニムと結婚をする約束をしていたからだ。 いつか、幸せな日が来ると思っていたから、酒に溺れながらも死なずにいられた。
アロも多少帰りが遅いぐらいでも生きていてくれるだろう。 多少……何年保つか分からないけれど、生きていたら新しい何かが見つかるかもしれない。
「…………本当に、ですか」
「ああ」
「ニムさんはどうするんです」
「……に、ニムとはニムとで」
「重婚ですか、貴族でもない平民なのに」
「禁じられてはないだろ」
「……約束です」
アロは顔を赤くしながら、目から涙を出しながら睨む。
「結婚、約束です」
「ああ」
「生きて帰ってこないと許しません」
「分かっている」
アロから剣を受け取り、装備が整う。
童女に求婚するというのは、村の奴に知られては思い切り引かれてしまいそうだし、ニムにバレたら困るが……俺としても生きて帰りたいという気持ちが強くなる。
ルシールの家から出ていき、アロも泣きながら着いてくる。
村の端まで来たところで、アロの脚が止まった。
「行ってくる」
「いってらっしゃい。 ……絶対に帰ってきてください」
「ああ、勿論だ」
そう言えば、何故危険を犯してまで面識も薄い兵士のために予定を早めたのだろうか。
泣きながら仲間のために進もうとしていた兵士を思い出し、溜息に紛らわせるように愚痴る。
「俺はどうにも、少しばかり惚れっぽい」




