懇願2
夜中には目が冴える。
ルシールの睡眠の邪魔にならないように外で、剣の手入れや魔物の身体を使った札を作るなどをしていく。
アロは窓からこちらを見ながら、寂しそうに笑う。
「どうかしたか?」
「ベルクさんは、僕と思っていることが違うみたいですから」
「そりゃ違うだろうな」
「一緒にいたいと思ってるのは、僕だけですか」
ため息を吐き出し、手入れを終えた剣を鞘に戻していく。
「決めたことは変えない」
「……わがまま言うと、舐めさせてあげないって言ってもですか?」
「死ぬかもしれないから甘やかすとか……」
「ないです」
「……諦めるよ」
「……そうですか」
アロはつまらなさそうに言うけれど、窓のところから離れる様子はなくこちらをじっと見ている。
剣を鞘に仕舞う途中、月明かりで剣身の一部が光って見える。 よく見れば削られているが文字が彫られているらしい。 ほとんど削られて見えないが目を凝らして読むと、どうやらこの剣の銘らしい。
「永年跨……ね。 見たこともない製法の、見たこともない金属」
疑っていたわけではないが、地下に魔物の世界があるということが酷く現実的に思える。
人より長い時を生きる魔物に合わせて長い時を保つように造られ、名付けられたのだろう。
迷信を思うには都合がいい。
「長く生きる者のための剣らしい」
持ち主だったレイは死んだが、まぁそれは考えないでおく。
「死にませんよね」
「殺す方法は考えている。 死なないようにはする」
考えているだけで思いついてはいないが、言わないでおこう。
「ベルクさん。 ……ニムさんは強いんですよね」
「そうだな」
「ニムさんに任せてはいけないんですか?」
「どちらの方が強いかは分からないからな。 今回勝てても、続けていればいつかは負ける。 それは死だ」
「……いつか負けるのは、ベルクさんもです」
「分かっている」
ありあわせの材料で札を作る作業に入り、術式を用意しておいた赤紙に書き込んでいく。
少し嵩張るが、以前のように使い切ってしまわないよう多めに作ろう。 あと、投擲具がないが……どうしたものだろうか。
この村の鍛冶屋に頼めばいいか。
作業を進めていると、アロは続けて言う。
「……自分の命より、大切なんですか。 ニムさんが」
「ああ、そうだな」
考える必要もなく答える。
そうでもなければこんなところにいるはずもなく、それは訊いたアロも分かっていることだろう。
「でも、ベルクさんは僕が生きるために死のうとしました」
「命よりも大切なものが二つあってはいけないということもないだろ」
「浮気性です」
否定のしようもない。 誤魔化すように言葉を途切らせると、アロは続ける。
「……もし、僕かニムさんかどっちかしか守れないならどうしますか? 例えば、崖に二人とも捕まっていてどちらかしか助けれないとか……」
「アロを引き上げる」
「んっえっ!?」
アロが変な声を出す。
「お前は落ちたら死ぬが、ニムは崖程度では死ななさそうだからな」
「……ですよね。 分かってますもん、僕」
「どちらが大切だとか、あまり困らせるな」
「困ってはくれるんですね」
ため息を吐き出し返事をせずに黙る。
「そういえば、ここ丸一日魔物来てませんね」
「まぁ、結構離れているからな、辿り着くやつはそう多くないだろう」
「お腹大丈夫ですか?」
減っているし乾いている。 けれどここで弱みを見せたら引き止められそうだ。
それにアロとの場合は食欲を満たすのと同時に、性的な欲求を感じてしまうので出来れば避けたい。 いや、理性を抜きに考えれば、非常に魅力的ではあるのだが。
「……ほっとけ」
「今ならベルクさんの大好きアピールが嬉しくて嬉し涙が出ますけど」
「あまり誘惑するな。 俺は欲に弱い」
「運動して汗をかいてもいいですよ」
思わず唾液を飲み込む。 飲みたい。 頭の中が食欲に支配されそうになり、首を横に振って否定する。
「いらない」
「……強情ですね」
「本当に誘惑するな。 我慢が効かなくなる」
「……ね、ベルクさん」
「なんだよ」
「キス、してみませんか?」
顔を赤らめたアロが、モジモジとしながら口にする。
「だ、唾液の方が量も多いですから」
「……馬鹿を言ってくれるな。 最悪でも札を齧ればいい」
血液を利用しているので、口に含めて唾液で溶かせば空腹を紛らわせることが出来る。
味に関しては無視でいい。
「……そうですか。 ニムさんとはするんですよね」
「したことないが、関係ないだろ」
「ありますよ。 ……無理はしないでくださいね。 いっつも僕が我慢してばかりで不満ですけど」
ああ、とうなずく。 無理はしないと約束しても意味がないことは分かっているだろうが、アロはそれ以上言わずにいる。
「ベルクさん、どうやっても戦いに行くんですね」
「ああ」
「……本当は教える予定ではなかったです」
アロは不思議なことを口にしながら窓をよじ登って外に出てきて、指先を俺に向ける。
随分と元気になったことに安心しながら見ていると、落ちていた石を拾い指差してで摘む。
何をするのかと思えば、アロの摘んでいた石がパキリと音を立てて砕け散った。
「……それは」
それから少ししてから、見張りの男に呼ばれて魔物を狩りに行く。 万全に整えられつつある中……ほんの少しだけ、行きたくないと思うぐらいになった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
濡れた吐息がくちびるに触れる感覚で目が覚める。
人より燃費が悪いのか、それとも満足出来るほど飲めていないせいか、目が覚めた時はいつも腹を空かせていた。
そんな空腹感を感じる間すらなく、驚きが頭の中を支配した。
「……おはようございます、ベルクさん」
アロの声が唇に感じられるようなほど、近い。
横向きでアロと半ば抱き合うようにして眠るのが習慣となっていた。 そのせいで多少ばかり彼女にくっつかれても気にならないようになっていたのが仇となっていた。
頰を撫でられて、細い脚で腰を固定される。 ルシールは、そう思ったが既に出掛けているらしく物音が聞こえない。
確実に出かけているか分からないのは視界にアロ以外が入っていないからだ。
思わず息を飲み込み、それをすぐに吐き出すように口を開く。
「な、何をしている」
「後悔しないように、です」
「何がだ」
「ベルクさんは引き止めれません。 どうやっても。 なら、一緒にいれる間に……って」
とろんと潤んだ瞳は俺の目を映していた。 細身だというのに全身のどこもかしこも柔らかいことが不思議だと的の外れた感想が浮かんだ。
「ッ!……俺に媚びる必要はない! 俺を喜ばそうとせずにでも、お前を捨てたりどうでもいいとなったりすることはない!」
そう言いながらアロを引き離す。
ここ最近のアロの行動は度が過ぎている。 俺が言えた義理ではないが、いくら家族を失って寂しいからと、その代わりになりそうな人物を逃がさないようにとこんなことをしている。
それは絶対に良くないことだろうと思っていると、アロが首を傾げた。
「……媚びる……ベルクさんを喜ばせる、ですか?」
「ああ、そんなことをする必要はない。 見くびるな」
アロは「んん?」と口にして、疑問を口にする。
「えっと、何の話ですか?」
「お前の行動の話だ」
「……媚びたりしてますか?」
「明らかにしてるだろ! キスをしようなどと言ったり、しようとしたりと!
……俺を喜ばそうとしているのだろうが、そういうことはそんなことのためにするものではなく──」
俺が軽い説教をしようとしていると、アロが得心がいったように声をあげる。
「ち、違いますよ! ベルクさんでも失礼です!
僕、機嫌取りにキスしようとなんてしませんから! というかそんな風なことをするように思われていたのは心外です!」
どういうことだ。 そう思っていると、アロが少しむっとした可愛らしい表情で言葉を続ける。




