吸血鬼化6
身体を拭い終えて、かなりさっぱりとした感覚に変わる。
少し後回しにしてもいいと思っていたが、こうしてみると心地がいいものだ。少しさっぱりして、えげつない色をしている桶を持って外に出る。
「痛っ……忘れてたな」
「大丈夫ですか?」
「我慢は出来る。 ……と、試してみるか」
体内の魔力を操作して内側より外側になるようにして皮膚に集中させる。 若干痛みがマシになり、しばらくは問題がなさそうだ。
だが、ブレードウルフの牙のように効果を発揮しているので魔力を消費しているだろうから、長く日に当たり続けることは避けて、厚着をするなどの工夫は必須だろう。
「あっ、終わった? めっちゃ綺麗になったね。……怪我は?」
「ああ、治ったらしい」
「治ったって……」
「昔から治りが早い」
適当なことを言う。 まぁアロの方が普通なのと、見た目は二人とも人間なので疑われることはないだろう。
「じゃあ行こっか。 だいたい話は通ってるけどね」
連れられて、辺りで一番大きい家屋に入る。 少し歩いたところで突き当たりの扉を開いて中に通される。
年配と言うほどではない壮年の男性が椅子に座っており、その前に座るように言われ、特に警戒することもなく従う。
「一応確かめるが、君達二人は異界の森の調査にきていて、それで怪我をしたからこの村に避難してきたということでいいか?」
「ああ、俺は治りが早いからほとんど治っているが、こちらの子はまだしばらくはかかるだろうな」
壮年の男は俺の言葉に頷き、言葉を続ける。
「まぁそれは構わない。 ルシールの言葉を聞く限りでは真面目という印象らしいからな。 世話を焼く分だけ働いてもらうが、それは構わないかな」
「ああ、構わない。 おそらくこちらの村に多くの魔物が来ると思うので基本的にはそれを狩ろうと考えている。 いくつか必要な物……魔物を利用して札という魔術具を製作するのには使わせてもらうが、それ以外はこの村に渡そうと考えている。 どこかに持っていくことも出来ないからな」
「それは結構なことだが……魔物が来るというのは異界が燃えているのと関連があるのか?」
「単純に森が焼けて住処を追われた奴が多いだろう。 生木はなかなか燃えないことを思えば逃げ遅れた魔物も多くないだろうから、結構な数がいると思われる。 全部がこちらに向かって来るわけではないだろうが、少なくない数と思われる」
少し思案した様子を見せた後に壮年の男は頷き、もしやってきたら魔物の対処を頼むと口にする。 その代わり、三日のうちにやって来なければ代わりに農業を手伝えということらしい。
それに村の外の見張りも別にしてくれるらしい。 それは盗賊などを招き入れられないためだろうけれど、非常に寛大な措置であると言える。
「すまない、助かる」
「気になさるな。 もしも魔物が大量に現れ、異界の中で生きられるほどの戦士の方がいるとなれば非常に安心出来る」
他に細かいことを話したあと、頭を下げて部屋から出る。 多分、俺一人だと信用されなかっただろうなと思いながら、ルシールの家に戻る。
「しばらく厄介になる」
「んー、まぁどうせしばらく夫も帰ってこないからいいよ。
若い男を泊めるのはあれかもしれないけど、私に興味なさそうだし」
ルシールは俺とアロを見ながらそう言う。 何か勘違いされていそうだが、今になると勘違いとは言えないので諦める。
「えーっと、休む? それとも村を見て回る?」
「一応挨拶だけしようかと思うが、アロは大丈夫か?」
「歩く分には問題ないです。 立ったり座ったりするのは、体勢変えると背中が痛いですが」
なら早目に済ませておいた方がいいだろう。 小さな村なので200人ほどだろうか。
全員に会うことは出来ないかもしれないが、幾らかに挨拶でもしておけばすぐに村の中に広がるだろう。
ルシールに連れられて老人や村長に挨拶をしにいき、人の集まりやすいところや畑に行って顔だけ覚えてもらって、道行く人に名乗りながら歩く。
大した労力でもなかったが、気疲れしたらしいアロはルシールの家に戻ってからベッドに倒れ込む。
「あっ、村の仕事としては魔物だけど、家のことも手伝ってね」
「ああ、任せてくれ。 ……見張りに教えられることを考えると一定の場所にいた方がいいか。 内で出来る仕事でもあればやるが」
「んー、とりあえずいいや。 ベルクくん達もちょっとは落ち着きたいでしょ」
甘い人たちだと思うがありがたく甘えさせてもらうことにする。しばらくして畑に行くと言ってルシールは家から出ていき、アロと二人になる。
「……僕、新しい符術の考案しますね」
「ああ。 そういえば、理由は不明だが、村の奴の血を飲みたいとは思わなかったな」
「僕だけですか?」
「何の差だろうな。 魔力の量ならお前より多そうな奴もいたが」
二人して頭をひねったあと、俺もアロと同じベッドに倒れ込む。 血の臭いがするが、まぁ洗うにせよ話をしてからの方がいいと思い諦める。
「ふむ……不思議ですね。 ほかに何かありましたか?」
「太陽での痛みは魔力を皮膚の近くに集めると減ったな」
「なるほどです」
「あと、アロが身体を拭いたあとの水が飲みたいと思った」
「それは吸血鬼がどうとかではなくてベルクさんが変態だからでは?」
「違う」
アロはごろりとベッドの上で転がり、ぺたりと俺の身体に身体をくっ付ける。
「…………恥ずかしいですけど、必要なら試してもいいです」
「まぁ、また後になるけどな。 同じ体液だしな。 汗も血液から出来ていることを考えると、いけるのかもしれない」
「血液からって言うなら、体液丸々全部そうですね」
それもそうか。別にアロの汗に限らずとも……と思います、他に良さそうな物がないことに気がつく。
「……涙とか出るか?」
「いきなり言われても出せませんよ。 ……唾液、試してみますか?」
ベッドの上ですアロが上目を使って俺を見る。 可愛らしい少女の姿に嫌な心臓が早く鳴り、おかしな恋慕を抱いてしまっていることが嫌でも実感してしまう。 惚れっぽいにもほどがある。
あれを待つようにアロは目を閉じて、顔を紅く染めながら小さな口を開く。
「変なことではないです。 あくまで、血液の代用になるかを探るためですから」
「……いや、これは……その、なんだ、なんというか」
「……ベルクさん、お腹が空いて僕を襲うかもしれないなら、それをどうにかする方法は試した方がいいです」
「それはそうなんだが……アロはいいのか」
小さく目を開けて、アロは恥ずかしそうに頷く。 お嫁さんにしてというほどなのだから、ダメというとは思っていなかったが……。
「だ、だが、俺はニムと婚約しているわけだしな」
「食事だから大丈夫です。 それ、ベルクさんは僕にしました。 あれは浮気だったんですか?」
「それは違うが……」
結局、今俺が戸惑っているのは俺にとって都合が良すぎるからというべきか、恋慕を抱いてしまった女の子にキスをしていいとなると、検証やら食事という行為の前に、興奮やら喜びが先に来てしまう。
正直に言ってしまえば、言い訳などなしでも出来るものならしたいのだ。 だが、だからこそ手を出してはいけないような気がする。
「変なことじゃないので大丈夫ですから」
外堀が埋められている。 唾液を飲まないという選択肢がなくなっていっていて、まさか本心を打ち明けるわけにはいかず……。
理屈も何もなしにアロから逃げるように反対を向くり
「寝る。 昨日、なかなか寝付けなかったから眠いんだ」
「……んぅ、分かりました。 おやすみなさい」
誤魔化すために口から適当に言ったが、事実として眠たかったので問題なく眠ることは出来た。




