吸血鬼化5
ルシールの家で眠ることになったけれど、ベッドが二つしかないらしいので俺とアロは同じベッドで眠ることになった。
しかし、眠気がこない。
すーすーと眠っているアロから離れようとしたが、背中が痛いからと仰向けではなく身体を横に向けて手足を俺の体に乗せて寝ているせいで逃げようとすれば、アロの姿勢が崩れるだろう。
出来る限り痛くない姿勢でいようとしているらしいので離れることも出来ない。
手足を乗せられているだけで感じるほどには柔らかく、特に太っているわけでもないのに、と不思議に思う。
特に香水やら匂う物を付けていないのにいい匂いがするのはいつものことで、俺の胸元に掛かる息がこそばゆい。
夜なのによく見えるアロの顔は整っていて、見下ろすように見える首や、服の隙間から覗く鎖骨を見えて唾液を飲み込む。
とても旨そうだ。
自分が変化している恐怖をアロの頭を撫でることで誤魔化す。
眠れないのは先程まで眠っていたからか、それとも恐怖に囚われているのか……吸血鬼だからか。
眠ろうとするが、胃が鳴って喉が乾く。 それを解決する、欲を満たす方法が分かっているせいで苛立ちが積もる。 アロの首を手で撫でて、その柔らかい触感に心が惹かれる。
多少離れたらこの食欲も収まりそうだが、離れることも出来ない。 眠ることが出来たら誤魔化せるが、それも出来ない。
自分の腕を噛んで誤魔化し、アロを見ないようにと目を閉じる。 結局、夜になるまで一切眠ることが出来ずに、飢餓と渇きに耐え……それ以外の感覚も持っていることに気がつく。
朝焼けのせいで顔が痛むが耐えられないほどではない。 続けて浴び続けたら無理だろうが、少しの間なら大丈夫そうだ。
アロが朝日で目を覚まして目を擦りながら、俺と窓の間に座って日を自然に遮るように動く。
「おはよーございます」
「ああ、おはよう」
女性が遅れて目を覚まして、俺達を見て目をパチクリとさせてから遅れて挨拶をして立ち上がる。
「ん、ご飯食べる? この村は朝ごはん食べる文化ないけど」
「いや、いい。 これからどうしたらいい?」
「顔役の人に会ってどうするかを決める感じかなぁ。 まぁ怪我人を追い出すとかはないから安心してて大丈夫だよ」
「分かった」
「あっ、先に身体拭いたりしたい?」
アロの方を見ると軽く頷いたので頷き、布と水を入れた桶を手渡される。
「俺は部屋の外に出ておくな」
「あ、ありがとうございます。 怖いので遠くに行かないでくださいね」
「分かっている」
窓を閉めてから寝室から出て、少し痛みの残る顔の皮膚を撫でる。
一緒に出てきたらしい女性と二人になり、扉の前で衣摺れの音を聞きながら口を開いた。
「どういう関係なの? 兄妹には見えないけど、親戚?」
「……妹だ」
そう言っておけばアロが否定することはないだろう。 流石に彼女の家に居候している他人というのは不自然に思われるだろう。
「なんだ、変な関係かと思った。 やけに距離が近いから疑っちゃったよ」
「……そうか。 まぁ怖かったようだからそれのせいもあるだろう。 魔物が昨夜に襲ってきたりはしていないよな」
「見張りが見つけてそのまま倒してるかもしれないから分かんないや」
まぁ問題ないのなら大丈夫だろう。 しばらくしてからアロの声が聞こえた。 どうやら身体を拭き終えたらしい。
少し桶や布から旨そうな匂いを感じ……体液ならなんでもいけるという疑惑が生まれる。
「ベルクくんはどうする?」
「臭うか?」
「血の臭いが酷い」
「じゃあ拭くことにする」
気を使ってくれたのか新しい桶を持ってこられ、アロが身体を拭いた桶が持っていかれる。
飲みたかったと言えるはずもなく、恨みがましく持っていかれるのを見続けた。
「……拭くか」
「背中を拭くの手伝いますよ」
服を脱ごうとしたが血が固まってなかなか脱げず、思い切り引っ張って脱ぐと背中に痛みを感じる。
「……皮剥けてないか?」
「剥けたけどもう治りかけてます」
「……あまりいいとは言えないな」
まぁ便利な身体ではあるか。 水で浸した布で身体を擦ると血と垢の混じった物が皮膚から剥がれていく。 擦っても擦ってもそればかりで片腕を清潔にしただけで水がエゲツない色に変わっていた。
「ベルクさん全然体拭いてなかったですから……」
「仕方ないだろ。 流石に隙が大きすぎる。
「いえ、責めてたのではなくて……ありがたいって……」
「……悪い」
「すみません、分かりにくい事を言って」
「俺の気が立っていただけだ」
皮を擦り取るように布で擦る。 多少痛むが力強くやった方がどうせ傷もすぐに治るので手っ取り早い、ゴシゴシと擦っては水に浸してと繰り返す。
「大丈夫ですか?」
「治るなら問題ないだろ。 時間も惜しい」
「やけになってませんか?」
「多少なっている」
「……嫌なことでもありましたか?」
「嫌なこと……まぁ、嫌なことというわけではないが」
まだ幼いアロに食欲と同時に恋慕や情欲を覚えたなどと言えるはずもなく、誤魔化すように黙りこくる。
「どうしたんです?」
「……少しばかり惚れっぽいらしい」
「……ルシールさんですか、レイさんですか」
「どうしてそうなる……。 と、背中頼む」
「……ん? あっ、はい。 一度水変えた方が良さそうですけど」
「一通り落とした後に新しくして拭き直せばいい」
こそばゆいぐらいの力加減で背中が擦られる。 力のないアロが片手でしているので当然だろう。 しばらくこそばゆい力で背中を拭かれ、心地よい感触を誤魔化すように溜息を吐き出す。
「どうしたんですか?」
「自分の馬鹿さに呆れただけだ」
「馬鹿なのもいいと思いますよ。 そのおかげで一緒にいれるので僕にとっては都合がいいです」
「……俺を寄る辺にするな」
「もうしてます」
「……本当に村に預けに行こうかと思っているぐらいだ」
少なくとも俺と一緒にいるのは良くないのではないかと思ってしまう。
今は我慢出来ているが、渇きは少しずつ増している。 精神的なもので耐えられるのかが分からない。
最悪の場合、アロは俺の近くにいない方がいい。
「……僕が勝手なことをしたからですか?」
「それもある」
「……もうしません。 もが何かあるならそれも直します」
「俺を寄る辺にしていること自体が問題だ。 俺がお前を襲う可能性もある。 そうでなくとも守りきれない」
「……それはおかしいです」
おかしい? そう首をかしげるとアロは頷く。
「ベルクさんと僕は利害関係です。 不要であらば守っていらないです。 食べられてもいいです。 寄る辺にしたところで、ベルクさんに損はないはずです」
「……それは」
「僕を大切にしたいということなのは分かります。 でも、それで僕の利がなくなるのは、約束違反です。 一方的なベルクさんの身勝手です」
「俺はお前のための……」
「それは僕が決めることです」
違う、と言えるのだろうか。 結局この時、俺は何も否定することが出来なかった。
それは俺の論理が破綻しているからだったから。 そんなことではなく、またニムのように離れるのが恐ろしかっただけかもしれない。
力さえあれば……何でも出来たというのに。 あるいはもっと心が強ければよかった。
……少しばかり惚れっぽいらしい。




