幼馴染が勇者だった4
乾いた服を着直し、彼女の手を取る。
不安なのだろう。 強く握り返された手をしっかりと持ちながら暗さを深めてきた森を歩く。
二人で手を繋いで早歩き気味で夜の森を歩くのは、彼女が家出をしたときぐらいか。 普段は夜の森には入ろうとすらしない。
ニムも思い出していたのか、彼女は風に揺らされる木の葉擦れの音に紛れるような小さな声を出し、腕をぴたりと俺にくっつける。
「……あの時も、手を握ってくれてたよね」
「手ぐらいなら、いつでも貸してやる」
「じゃあ、怖いから……離さないでね」
怖いのは夜の森か、騎士達か、魔物か……離れ離れになってしまうことか。 不安があるのは俺も同様だった。
本当に国を相手にして逃げ続けることが出来るのか……と考えない方が無理な話だ。
手を握っているのは、この手を離してしまうと彼女が何処かに消えていってしまうのではないからと考えてしまうからだ。 怖いのは、俺の方だった。
魔物の出る地帯での長い休憩は大きな危険を孕んでいる。
人の気配に魔物が寄ってきてしまうのだから、同じところに止まれば留まるほど出会う可能性は高くなる。
当然歩き続けても出会うことはあるが、会う数が減ることは間違いない。
ニムを無理矢理でも寝るように言い、背負って森を歩く。 疲れが来たところでニムを降ろし、俺は木を背にして眠ってニムに見張りを任せる。
時々見つかる食える野草や動物を狩って、ニムの魔法で焼いて食べる。
森の中で塩分が不足するため、血を使った料理もするが……まずい。 栄養が不足する可能性を考え、いつもはまずいからと捨てているようなところも食べて胃に詰める。
余った肉は日持ちもしないが、少しは持つと思い袋に詰めて持っていく。
パンが食いたい。 あと暖かいスープ。 ……スープは森を出て村に着いて少ししたら作ればいいか。
そんなことを思っているうちに森を抜けた。
「……結局狩った魔物は3匹だけか。 まぁ魔石を売れば幾らかにはなるが」
魔石の持つ魔力は非常に有益なエネルギーであり、慢性的な不足のためどこであっても、多少の前後はあるが似たような値段で買い取ってもらえる。
これだと服を買い換えれば残りは一日の宿泊と飲食代ぐらいか。
明らかに足りない。 本来なら皮や肉なども高く売れるので結構な収入になるが、今はそれを運ぶ余裕もない。
「……今日はここで休憩する」
「まだここだと魔物来ない?」
「来たら金になる。 札がないからほとんど任せきりになるが」
「ん、分かった」
とりあえず寝ておけと言って、上着を脱いで地面に敷き、彼女をそこに寝かせておく。
鍋があれば今でも作れる……が、そんなに都合よく鍋代わりになるものはなく、仕方なく肉を焼くことにする。
内臓の類は食い切ったので、何の作業環境も材料もなく皮を加工して作った酷く生臭い匂いのする水筒に生の血液を入れておいたので、それを少しずつ肉に垂らして焼いていく。
血液の焦げた匂いと異様な鉄臭さの肉の串焼きが完成し、それを口に含む。 えげつない不味さだ。 固いし臭いし味も血液でえぐい。
塩分とタンパク質とカロリーだけは摂れるので、まぁ充分だろう。
血を取っておくのに使った手作り水筒は作りが荒すぎて使い物にはなりそうになかったので、適当に森の方に投げておく。
残った串を持ってニムの方に行き、鼻先に近づける。
「ひぃ! ……またそんな臭い肉を……!」
「良いから食え不味いけど栄養と塩分は摂れる」
「……お肉はお肉で美味しく食べて、血は我慢して固めて食べたらいいんじゃないかな?」
「液体の血を調理する器具がないな。 仕方なくこうやっているんだよ」
「うぅ……ベルくんの意地悪」
意地悪ではない。 多少は無理してでも塩を食べなければ脱水で死んでしまう。 ただでさえ連日の運動量が多いのだから、出来る限りのことはした方がいい。
不味い肉に顔を顰めている少女を見ながら、敵方の動きを考える。
人数を考えると俺たちのように森の中で食い物を集めながら進むことは無理だろう。 一度俺たちの村に戻り、食料を集め直してから追いかけてくることになりそうだ。
いや、夜の道中を休みなくくることもないだろうから、村で一泊するか?
ここまではおそらく間違いがないだろうし、それ以外の手は自滅になるだけだろう。
そうなれば出発自体が俺たちより半日遅れたことになる。 馬があるとはいえ森の中だと徒歩と速さは変わらないので、人数が多い分俺たちより半日遅れ、丸一日ほどの差があると思った方がいいか
とはいえ、平地になれば倍の速さで進んでくるだろうから、同じ方向に行けば二日で追いつかれる。
隠してはおいたが、痕跡を辿られれば向かった方向もバレることだろう。
考え事をしている間に森から出てきた魔物を見つけ、下ろしていた剣と大鉈を手に持って立ち上がる。 この程度の魔物なら楽なものだ。
「ニム、予定を変えて、大回りして村とかには寄らずに逃げ続ける」
「えっ、うん。 くるよ!」
小型の魔物を大鉈で叩き斬り、魔石を取り出す。 そのままそれを焼いて食ってから、後処理をしてから荷物をまとめる。
正攻法で村によれば、騎士が村に寄っていくと判断してしまえば追いつかれるが、適当に大回りしながら村や町を無視すると選択肢が増えすぎて外す可能性が高くなる。
当然見つかりにくい分、旅の過酷さは増すが……あれにまた見つかるよりマシだ。
次に見つかれば、また同じように逃げれるとも思いがたい。
ニムとは長年の連れ添いのため、息が合う。 旅には慣れていなかったが、それを余って補えるだけの力はあった。
村を無視し、王都を大回りして、通り過ぎ、まだ歩いていく。
小さな村だと調べられたらバレやすいので、滞在するならある程度の街か。 だが、その前に服装を変えた方がいいと判断し、王都を過ぎてから少しした程度の村に入った。
故郷よりも寂れた村に着いたが、宿の一つもなかったため、服と塩だけ買ってすぐにその村を出る。
「うちの村ってすごい田舎だと思ってたけど、あんなものなのかな?」
「どうだろうか。 本を読めばそのように思うが……本の知識も偏るからな。 うちの村に客が来ないように、客の来ないような村のことは書かられないしな」
「そんなものかー」
「あと、見たことはないが魔族という奴が出現するようになって一部衰退したとかも聞くな」
俺の言葉を聞いてニムが俯く。 握っている状態が常になり始めていて、彼女の手を引き寄せる。
「お前が戦っても死人が増えるだけだ」
「……うん」
「気に病むな。 出来ないんだから仕方ないだろ」
後は街に着いて、二人で暮らそう。 目立つ容姿でもないので、よほどのことがなければバレることもないだろう。
彼女の手を持って町まで歩く。
「……お嫁さんにしてくれるって、ほんと?」
ニムは顔を赤らめながら尋ね、その姿が可愛らしく……思わず唾を飲み込む。
妹分だと思っていた。 思っている。 けれど……彼女からして、俺はどんな存在なのか。
「フリ……な、フリ。 あくまでも」
そう言って誤魔化すと、彼女も顔を赤らめたまま何度も頷いた。
「う、うん! フリ! お嫁さんのフリ! させてくれるんだよね!」
俺がその言葉に頷くと、彼女の身体がべったりと俺にくっつく。
「お、おい! 近すぎるだろ」
「し、新婚さんならこんなもんだよ」
「いや、フリなら、今は人が近くにいないからいらないだろ!」
「練習! 練習だから!」
俺が慌てるのと同様に、自分からやったニムも慌てて言う。
少し距離が近くなったまま歩いていると街道が見えて、街の姿が見えてきた。
ここまできたら、逃げ切れたと言っても過言ではないだろう。




