吸血鬼化3
精神に変調をもたらしているというほどではないけれど、なんとなくだが、自分が変わっていることに気がつく。
分かりやすい身体の変化では紅い眼になってしまったことと、日に当たると痛むようになったこと、それに傷の治りが異様に早いことだろうか。
それに魔力がより感じるようになった、夜目が効くようになったが、代わりに色が見えにくくなった、粥だけしか口にしていないが味も薄く感じる。
何よりの変化は……アロが旨そうに見える。 起きたばかりはなんとなく首筋などに目を引かれる程度だったが、吸血鬼にされたと自覚するにつれて血液を飲みたいと感じるようになった。
それから時間が経つにつれて、食事をしても飢えや渇きを感じるようになり……満たされない感覚に苛立ちが募る。
それをうまく隠すことが出来ていないのか、アロは俺を見て言う。
「ベルクさん、その……辛いようでしたら」
「気を使わなくていい。 俺は人だと思っているから飲まない。
それに、何かの本で読んだが、その土地の物を口にすればその土地から帰れなくなると聞いた覚えがある。 土地ではないが、出来れば避けたい」
「人間に戻れるのでしょうか?」
「分からない。 そもそも簡単に身体が変わっていくとも思えないから魔法の一種のようなものだと思える、あるいはブレードウルフの牙のような性質のように日に弱かったりするのかとも。 だとすれば、魔力を解明していけば完治なり抑え込むなり出来るはずだ」
多分という言葉を飲み込む。
「……でも、それなら飲んでも大丈夫なんじゃないですか? 関係なさそうですよね」
「美味ければ人間に戻りたくなくなるかもしれないだろ」
「……そういう問題でしょうか」
「とりあえず、飲まない吸わない。 気を使ってくれるな」
先程まで意識のなかったアロに無理をさせることはありえない。 そもそも腹が減ったなどと情けない言葉や弱ったところを見せられるはずもない。
自分の見栄張りに溜息を吐き出してから、暗くなってきた窓の外を見る。
「【火は喰らう】によってかなり大部分のトレントが消失した」
「えっ、そんなに威力出ないって話でしたよね」
「実際それだけの威力があったんだろう。 ……トレントが一度燃えれば死に、死ねば【火は喰らう】が発動するからな。 ある程度大規模な森火事になれば普通よりも燃料が多いという状況になるんだろう。 予想外だった」
ベッドから立ち上がる。 不可解かつ納得もいっていないが、体は非常に丈夫になっている。
立ち上がることが出来、口も頭も十分に働く。
「どうしたんですか?」
「トレントが減れば魔物が異界から出てくるだろ。 そうなれば遅かれ早かれ餌の多いこの村にやってくる」
真っ直ぐに向かってきた俺ほどたどり着くのが早いものはいないだろうが、近いうちに何体も押し寄せてくるだろう。
遅かれ早かれではあったが、俺の責任で早まったことは否めない。 無視するだとか丸投げするのは義のないことだ。
「騒ぎが起きていないが、そろそろ魔物が来てもおかしくない」
「僕も行きます」
「……少し休め。 別に今から戦いに行くわけではなく、様子を見てくるだけだ。 五分もせずに戻る」
軽く身体の調子を整えながら、扉から廊下に行き、ゆっくりと玄関から外に出る。
夜の村は存外に明るく見える。 月が大きな日だが、それよりも吸血鬼化されていることが理由として強くあげられるだろう。
大丈夫だ、と自分に言い聞かせる。 人は目的を持って目的に合わせた感情を持てる。
怯えは目的に沿っていない。
夜の心地よい風の中、靴に書いた符術を発動させることで飛び上がった先で着地し、それを何度も繰り返す。
村の中や周りを確認したあと、何もないことに安堵し、夜の闇の中で村の外まで何もないと把握出来たことに、再び溜息を吐き出した。
「俺は誰だ」
もう一度問う。
「俺は誰だ」
大丈夫だ。 俺は俺だ。 魔物にされようと、明らかに今までと違う肉体であろうと、俺は俺で──。
「ニム、お前に会いたい。 会いたいんだ」
だから進め、俺は人間だから会いたいなら戦って勝ち続けて勇者から引きずりおろせばいい。
「分かっている。 分かっている」
殺されかけた恐怖が今になって蘇る。 夜の闇の中、知らない土地が酷く寒い。
結局、世界を救えばニムを救えるというだけだ。
魔族を、魔物を殺して、地中に追い返して、世界を救って、そうすればニムを救うことが出来る。 簡単な理屈だ。
そんな力は俺にない。 ニムの身体能力が恨めしい、ニムの莫大な魔力が妬ましい、ニムが竜を斬り裂いた聖剣が喉から手が出るほどに欲しい。
ないけれど守らなければならない。 弱者でも守らなければならない。
だから俺はこんなところで怯えている場合では──
「僕が貴方を救います」
俺の後ろに立っていたアロがよしよしと俺の頭を撫でた。
「……好きです、貴方のことが、僕は」
「アロ。 俺は……」
「一緒にいます」
逃さまいという意思を示すようにアロは後ろから強く抱きしめてくる。
「何度も言ったが俺はお前の父でも兄でもない」
「弟」
「どうやっても年下にはならない」
「お姉ちゃん」
「性別まで違うだろ」
「お母さんでもおばあちゃんでも妹でも」
「それを上げるより前にもっと他にあっただろ……」
分かっている。 アロの言いたいことは、そんな肩書きの話ではない。
「なんていうか、違うんです。 そうじゃないんです。 僕が言いたいことはそうじゃなくて……」
言葉が出てこないのは賢さのせいだろう。 言っていいことなのか戸惑っている。 あるいは幼いせいでその言葉が思いつかないか。
「……ワガママ言いました」
「……まだ言ってもねえよ」
「気がつかれたなら、言ったのも同様です」
結婚してください。あるいはお嫁さんにしたください。
どちらにしても、俺には頷けない内容であることには変わりないし、というか同じ意味だ。
「……悪い」
「言ってないからフラれてないです」
「妹ということなら……」
「さっきなれないって言ったばかりなのに……」
咄嗟に慰めの言葉を適当に発してしまった。 感情的なのが悪癖なのは、吸血鬼にされても変わらなかったらしい。
「……悪い」
「謝ってばかりです」
「悪い」
「……まぁ、いいです。 これから僕がベルクさんのお姉ちゃんです。 守ってあげます」
「そっちじゃないから、なんで俺が妹なんだよ。 お前がだ」
馬鹿馬鹿しくて少し笑ってしまう。 どうやったら俺が妹という話になるのだろう。
そう思っていると、アロがキョトンとした顔で俺を見る。
「えっと……。 ニムさんってベルクさんの妹みたいなものなんですよね」
「そうだな」
「それで婚約者なんですよね」
「そうだな」
「婚約者って結婚みたいなものですよね」
「まぁ違うが、似たようなものではあるか」
「僕はベルクさんの妹ですよね」
「そうなったな」
「つまり僕は結婚してるみたいなものですよね」
「そうだな……。 んん? そうなのか? いや、違うような気がするが」
「そうなんです。 妹というのは結婚しているようなものです」
それは違うだろう。 だが、俺よりアロの方が頭がいいし……。
「違うな。 やはりそれはおかしい」
「おかしいとしても、僕はアロクル=フランって名乗りますからね。 妹ならいいですよね。
明らかに兄妹じゃない僕が同じ姓を名乗ってたら他の人はどう思いますかねぇ?」
「やめろ……。 変な目で見られるだろうが」
アロはクスクス笑って、俺の頭を撫でた。
「でも、一緒にいてくれるのは決まってるんですよね」
「……当然だ」
「なら、なんでもいいです。 お嫁さんでも、お姉ちゃんでも、妹でも、お嫁さんでもお嫁さんでもお嫁さんでも。 ……お嫁さんでも」
「主張が激しい」
まぁ、なんでもいいなら妹でもいいだろう。
妹と何度も繰り返し言っていたニムと婚約してしまったが……流石に幼いアロとそうなることはないだろう。 大丈夫だ。




