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吸血鬼化2

「吸血鬼になっている」その言葉はあまりにも恐ろしいもので、理屈やらで理解は出来ても、心というべき何かが必死でそれを否定する。


「……ベルクさん」

「……分からない。 少し、落ち着くために休む」


 助かったと言えるのだろうか。 吐きそうになりながら、ベッドに戻って転がる。

 魔物になったと言われて「はいそうですか」と納得出来るような図太い精神はしていなかった。自分で自分を否定する。


 それならば、人類の敵となるのならばそのまま死んだ方が遥かにマシだ。

 いっそ今から死のうとして、アロが俺を見ていたことに気がつく。


 ……何も声に出さずにいて良かった。


「……大丈夫だ。 落ち着いた」

「落ち着いたって……」

「見た目としてはそう変わらないんだ。 厄介な病に罹った程度の考えでいい」


 多少日に弱くなった。 代わりに怪我の治りが良くなったと思えば悪いことばかりではない。

 勿論、割り切れるはずもないが、アロの前では不思議と格好付けてしまう。 安心させたいからだろうか。


「そう、ですか。 すみません、僕が、役に立たなかったから」

「戦闘はお前ではなく俺の領分だ。 怪我をさせて悪い」


 アロの頭を撫でようとベッドからベッドへと手を伸ばすと、アロは身体を少し動かして俺の手に頭を近づける。


「……ともあれ、生き残ったな」

「生き長らえてしまいました」

「せっかく集めた物は全部なくなったな」

「頭の中に入っぱなしです」


 なら問題ない。 結局、中級の魔物の素材も使い道が少ないという話になっていたぐらいだ。 下級の魔物の素材なんて幾らでも手に入る。

 一番大切な情報はアロがちゃんと覚えているとなると、大して重要な物は他にない。


「……そんなどうでもいいことより、アロ、腕とか背中は大丈夫なのか? 打ち付けていたが」

「処置してあるようなので大丈夫です。 後でお礼を言わないと……」

「少し見せてみろ」

「えっ、嫌です」

「ワガママ言うなよ、色々と危ないかもしれないだろ」


 ベッドから動き、アロにかかっていた毛布を捲る。 ほぼ着たままの俺と違って女性用の寝間着を端を折って着せられていた。


 腕は添え木をされてその上から包帯が巻かれていた。 骨が折れているようだが、出血などはなさそうだ。アロの身体を横にさせようとすると、アロが手を振り回して抵抗する。


「んぅ! 処置はされてるみたいだからいいです! 僕だって恥ずかしいんですからやめてください!」


 アロの抗議を無視してひっくり返して服を捲る。 塗り薬の臭い、包帯が巻かれているが、それほど酷くも、跡に残りそうにもない。

 ズボンの腰のところから見えていたアロの下着の端を目にして、思わず目を逸らす。


「……っ、悪い」


 すぐに戻して、毛布をかけ直す。

 顔を赤らめているアロから目を逸らして、頰を掻く。


「その腕だと食べにくいか」

「……それ、ベルクさんに用意された分ですよね。 いらないです」

「俺用にとは言われなかった。 食べておけと言われただけだ」

「屁理屈です」

「屁理屈じゃない。 お前が起きたら食わせるつもりだっただろうからな」


 少なくとも俺が食わなかったからと文句を言われたり反感を買うことはないだろう。 アロは身体を動かして座り、俺に折れた右腕を見せる。


「……口、開けとけ」

「ん、はい」


 小さく口を開けるが、匙が入りそうなほどではなくとても小さくだ。


「もうちょっと開けろよ」

「……ん、でも、はしたないですし」

「今更気にするか」


 顔を赤らめながら、アロは口を開ける。 先程よりかは開いているが、口自体が小さい。

 桃の色をしている唇と、不思議と俺のものよりも色彩の薄い小さな舌が覗く。


 ゆっくりとその口に運ぶと、アロは小さく息を繰り返す。


「ど、どうした!?」

「す、すみません。 ちょっと猫舌で」


 冷ませてから食わせるか。 水を運んでやったあと匙で粥を掬って息を吹きかけて少し冷ましてからアロの口に運ぶ。

 恥ずかしそうに白い肌を赤らめているのは可愛らしく、思わず喉を鳴らした。


 自分が何故、喉を鳴らしたのかが理解出来ずにいるとアロが小さく微笑んだ。


「ん、よかったです。 吸血鬼にされても、ベルクさんは優しいままで」

「……いや、俺は優しくないだろう」


 アロの白く細い首から目が離せない。 透明な肌から少し覗く血管の色が、俺の中にある欲を強く引き出し、内臓がそれを求めていると脳へと知らせる。


 俺の身体は「旨そうだ」などと、決して人に対して思ってはいけないことを俺に考えさせた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ある日の午後、救世の勇者、ニムシャ=ブレイブードは不慣れなスカートに難儀していた。

 スカート自体は履くことは珍しくもなかったけれど、やはりいつもは森を歩くためのしっかりとしたズボンだ。


 大股で歩いてはいけないし、ヒラヒラとした布が沢山あるのは何処かに引っ掛けてしまいそうで怖い。

 マナーとして早く歩いてはいけないことも、ゆっくりと身体を動かすことになって、いつまで経っても近くの目的地に辿り着かない。


 ニムシャにとって、服装ひとつ取っても日常生活は森の中での生活よりも息苦しく辛いものだった。


「……それで、結局ベルくんは?」

「探してはいるのですが、目撃情報もないので……」


 本当だろうか。 ニムシャは疑うように目を細めた。

 何度もいらないと言った婚約者を当てがおうとしたり、妙な政に利用しようとしている節が多く見られており、あまり考えないニムシャにも疑心を生む程度のことはある。


 勇者の婚約者であるベルクが現れるのは面倒だろう。 武力だ追い払うことや襲うことはリスクの高さから避けるかもしれないが、親切に探してくれているかと考えると信用しきれない。


「今日の予定は?」

「午前は剣術の稽古と魔法の講義、午後からは礼儀作法の講義です」

「戦う人に礼儀作法なんていらないよ。 剣術も魔法もベルくんのほうが教えるのが上手いし」


 ニムシャは溜息を吐き出しながら、そんな言葉を口にした。

 事実としてニムシャの方が実力が上であるため、その訓練に必要性が分かりにくい。 筋力などの差があるので技としては劣っているだろうが、それでも深くは考えない彼女からすると説得力が欠けるものだった。


 それに一般的な物事を普通の人に教えるのならば今の先生のほうが優れているだろうが、アロに教える分に関してだけ言えばベルクの方が適していることも間違いない。


 仕方なく渋々と剣術の稽古を受けるが、身が入ることはなく少し雑になっていた。


「ニムシャ様」

「えっ、あっ、はい。 なんでしょうか」


 咎められると思い少し背筋を伸ばしたニムシャは剣の稽古をつけてくれている老兵を見つめる。


「その剣術は一体どこの流派なのですか?」

「流派って言っても……」


 ベルクから習ったものであり、ベルクにしても人から習ったわけではなく、自分で編み出したものだ。


「まさか、我流ですか?」

「いえ……ベルくん……幼馴染から教わったものですけど。 幼馴染の我流のはずです」

「……まさか、ありえませんよ」

「……?」


 ニムシャが首を傾げると老兵は話す。


「剣術とはいかに効率的に動くかの技です。 人は剣を握った何千年前からずっと研鑽を積んで剣術を編み出してきて……。 ぽっと出の普通の人間がそれと同等の技を編み出すなんて……」

「ベルくんはすごいから」


 彼が褒められたことに少し鼻を高くしたニムシャは少し機嫌をよくして剣術の稽古に励んだ。


 それから数日後、ベルクに早く会いたいという気持ちを積もらせていたニムシャの元に一報が届いた。


 ベルク=フラン、異界の森にて発見。

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