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英雄級9

 圧倒的な力。暴力と呼ぶにはあまりに強大が過ぎる。

 化け物だが、そう呼ぶにも馬鹿らしいほど絶対的だ。


 その絶大的な魔法だが、防げる可能性があるものが手の中に一つあった。

 けれどもそれに頼るのはあまりにも不確実で、死を覚悟する必要がある。


 アロの身体を確かめるようにより強く抱きしめて、最後になるかもしれない言葉を探す。


「ベルクさん、生きましょう」

「……気の利いた言葉を言わせてくれよ」


 札を取り出し、俺たちへと迫る大地の津波に向ける。

 俺もアロも名前は決めていなかったが、せめて名前だけでも対抗出来そうなものにしよう。


 小さく息を吐いて、吸う。 アロと手を繋ぎ、何百倍もの質量と魔力を持っている大地の津波を見る。

 不思議と恐怖はなく、成功の予感ばかりが胸中を埋め尽くしていた。


災符術(・・・)【火は喰らう】」


 手に持っていた複雑な紋様の描かれた札が朽ちていき、土の波に小さな紋様を移す。 そのまま紋様が土の中に飲まれていき、次の一瞬には黒い紋様が土の波の中から這い出るように伸びていく。


 土が別の土を飲み込むよりも早くにその紋様は吸血鬼の魔法全体を覆いきり、小さな火が灯る。

 吸血鬼の魔法により大量の魔力が含まれた土砂は一瞬のうちに業火へと包まれる。


 それでも動いていた土砂も次第に動くための魔力をその炎の燃料として吸い付くされていく。


「よし、このまま逃げ──」


 見届ける必要はないと振り返ってアロと共に逃げようと脚を動かし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「なっ!? ぐぉっ!」


 読まれていたのか! 俺たちがこの魔法を防ぎきり逃走することを!

 首を掴まれ、抵抗を奪うように持ち上げられる。 俺の背後にいたアロが吸血鬼へと突進をし、軽く振られた手に当たって近くの木に背を打ち付けられた。


「あ……ろ……」


 俺が首を掴まれながらも動かないアロへと手を伸ばし、届くはずもないその手を吸血鬼に掴まれ、軽く折られる。

 これで両手が使えない状況に追い込まれ、息すら出来ず、首の上へと血も登らない。


 徐々に意識が失われていく、抵抗しようとした脚も動かず、視界も暗転していく。


「驚いたよ。 君なら避けられると思ってたけど、まさか真っ向から魔法を潰すなんて、思いもしなかった。

 初撃を避けたことから始まって、突然死のうとして、反撃して目を潰されたと思ったら、最後には私の魔法まで潰したなんて……。 ことごとく、私の予想を上回る」


 魔力を動かす。 やったこともなかったが、血が足りずに動かない脚を無理矢理魔力で動かして吸血鬼を蹴ろうとし、その服を土で汚すだけで終わる。


「……また、本当にすごい。 殺すのは勿体ないな」


 動かない身体で声だけが聞こえる。 吐息が首にかかり、何かが刺さるプツリとした感触を覚えた。

 血液を吸われ殺されるのだろう。 必死に抵抗しようとするが一切体が動かない。 そう考えていれば、刺された場所から何かが流入される。


 吸われたのではなく、その逆……何かが首筋から体内へと入れられていき、吸血鬼は口を離して俺を放った。


 噛まれた傷口が焼け付くように痛む。 血管の中に何かが入り込んだように全身に何かが巡っていくのを感じ、その何かが通った後の血管が発火するように熱を持つ。


 痛い。 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い──。


 全身が燃え上がるような痛み、気が狂うような、死を求めてしまう痛苦。

 苦痛で気を失うが痛苦で無理矢理覚醒させられる。 のたうち回り誤魔化すことも出来ず、ただ動くことも声を出すことも、息をすることすら出来ずにただ痛みを味わわされる。


「少なくとも人としては死なないはずだから安心して」


 それはどういう意味だ。 ……問いを掛けることも出来ず、ただ、地面に倒れ続けた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 目を覚ます。 死んだのかと勘違いするほど身体は動かず、痛みや苦しさだけが俺が生きていることを肯定する。


 何故逃がされたのかと疑問に思いながらも身体を動かして目を開ける。 嫌に視界が暗く……雨音が響いていた。


 濡れそぼった身体はあまりに冷えており、肺に入り込んでいた水を咳き込んで吐き出す。


「……アロは」


 動かない身体を無理矢理動かして、すぐ近くに倒れていたアロを見つける。 死んでいるのかと思いながら頰に手を当てる。 人の体温とは思えないほど冷たい。


 諦めかけたが、彼女の口からヒューヒューと小さな音が鳴っていることに気がつく。


「まだ……生きて……」


 だが、どうやったらいい。 どうやったらアロを生かせる。

 この雨の中で火が付くはずもなく、雨をしのげるような場所もない。 このトレントの下がまだマシなぐらいだろう。

 このままでは死ぬ。 どこかに運ぼうとしても死ぬ。


 見捨てるという選択肢はなかった。 俺が生き残れば、ニムを守ることも出来るかもしれないというのに。


 彼女の小さな身体を覆い、雨から庇うように抱き締める。 俺自身の体温でせめて、少しでも……もしアロがこのまま死んでしまうとしても、せめて少しでも暖かく。


 馬鹿なことをしていた。 ああ、喉が乾く。


 何時間か、丸一日以上か。 雨が降り止むまでアロの身体を抱きしめ続けた。 雨が降り止み、彼女の身体を抱きしめて温め続けていると、少しずつ彼女の体温がマシになってきて、息も正常なものに変わっていった。


 近くに落ちていた鞄から雨で濡れ切った肉を取り出して口に含み、咀嚼して唾液を混ぜて柔らかくしてからアロの唇に口を押し当てて喉奥に流し込ませる。


 幾らか自分でも飲み込みながら、無理矢理アロに飲み込ませた。


 雨は止んで、周りを見渡せば鬱蒼とした森林は半ばからなくなっていた。

 災符術【火は喰らう】の余波に巻き込まれてトレントが燃えただろう。 ここが燃えなかったのは、先に土砂が燃えていたお陰で燃料となるものが減って届かなかったからだと推測出来る。


 雨が降っていたのは火災積雲のせいだろう。 完膚なきまでに敗北した。

 アロを背負い、吸血鬼の女が通ったらしい道を歩いて森から出ようとする。


「……生きるぞ」


 そう決意して歩けば、道の半ばにドレスを着た死体が見つかった。

 いつまで経っても加勢に来ないと思っていたら、俺たちがあの吸血鬼と相対するより前に、争って殺されていたらしい。


 陽光を背に浴びながら歩いていた吸血鬼……。 名前は分からない。 【陽光】嫌に印象に残っている陽の光からその名前を仮に付ける。


 レイの遺体の近くに落ちていた彼女の剣を拾う。 遺体を漁るのは気分が悪いが、とやかく言える場面でもない。

 腰に挿して、アロを背負いながら夜の森から逃げるように歩き続ける。


 仲間は一人死に、もう一人も死に掛けている。 俺もこのままだと野垂れ死にそうだ。

 森を抜けたが近くの村まではまだまだ遠い。 生き残れるとは思えない。


 無理矢理歩いて苦しむより、倒れてしまった方が楽だ。


 あまりに魅力的な堕落を拒むことが出来たのは……ニムを守るため、ではなかった。 ただ、ただ……俺は背にしている少女を救いたかっただけだった。


 少なくとも、その時はアロのことばかりを考えていた。


「生きましょう」


 初めて出会ったあの日の少女からは、信じられないような言葉だ。

 だから、俺も生きよう。 生きたい。 生きる。 二人で生き残る。


「俺たちは、生きるぞ」


 意味のない宣言、ただの体力の消費。 けれど、一歩……足が前へと進んだ。

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